1.不審船対策

(1)過去の不審船事案

 海上保安庁がこれまで確認した不審船は、平成13年12月の九州南西海域における不審船1隻を含めて21隻です。過去の主な不審船事案には次のものがあげられます。

1) 昭和45年4月に兵庫県城埼郡猫崎沖で、巡視船が無灯火の船舶を発見し停船を命じたところ、同船はこれに応じず巡視船の針路を妨害しつつ高速で逃走しました。途中、自動小銃と思われる火器により銃撃を受けながらも約120海里追跡しましたが、停船させるには至りませんでした。
2) 昭和60年4月に宮崎県日向灘で、宮崎県水産課からの不審船通報により、巡視船艇・航空機を出動させ同船に停船を命じましたが、同船はこれを無視して、一時は巡視船艇の速力に勝る速力で逃走し、約40時間に及ぶ追跡にも関わらず、停船させるには至りませんでした。
3) 平成11年3月に能登半島沖で、不審な漁船2隻を発見したという情報を防衛庁から入手し、巡視船艇・航空機を動員し、両船を追跡、停船命令を発しました。これを無視して速力を上げて逃走を続けたため、巡視船艇により威嚇射撃を実施しました。その後、自衛隊法に基づく海上警備行動が発令され、海上自衛隊の護衛艦等とともに追跡を継続しましたが、停船させるには至りませんでした。

昭和60年宮崎沖で発見された不審船
昭和60年宮崎沖で発見された不審船

平成11年能登半島沖で発見された2隻の不審船
漁船「第一大西丸」に偽装した不審船
漁船「第一大西丸」に偽装した不審船
漁船「第二大和丸」に偽装した不審船
漁船「第二大和丸」に偽装した不審船

(2)不審船事案への対策の強化

 平成11年3月の能登半島沖不審船事案を踏まえ、今後とも政府が一丸となって不審船事案に対応するという認識のもと、内閣官房を中心に関係省庁において検討がなされた結果、同年6月、関係閣僚会議において、「能登半島沖不審船事案における教訓・反省事項について」が了承されました。その中で、「不審船への対応は警察機関たる海上保安庁が第一に対処し、海上保安庁では対応することが不可能若しくは著しく困難と認められる場合には、海上警備行動により自衛隊が対処するとの現行法の枠組みの下、必要な措置を検討」することを基本的な考え方として、具体的には次のような内容がまとめられました。

1) 海上保安庁及び防衛庁は、不審船を視認した場合は速やかに相互通報すること。
2) 状況により官邸対策室を設置するとともに、必要に応じ関係閣僚会議を開催し、対応について協議すること。
3) 巡視船艇の能力の強化など海上保安庁等の対応能力の整備を図ること。
4) 海上保安庁及び自衛隊の間の共同対処マニュアルの整備など具体的な運用要領の充実を図ること。

 これを踏まえ海上保安庁では、不審船を捕捉するために十分な高速性能及び航続距離を有し、目標を自動的に追尾する機能を有した20ミリ機関砲を装備し、防御機能を強化した高速特殊警備船3隻を日本海側に配備しました。また、既存の高速小型巡視船の配属替や、20ミリ機関砲の整備、防御機能の強化を実施しました。

日本海側に配備された高速特殊警備船3隻
日本海側に配備された高速特殊警備船3隻

 さらに、夜間の監視能力を強化したヘリコプター2機を整備し、ヘリコプターに防弾装備を施すなど監視体制及び対応能力の強化を図ってきました。
夜間監視能力強化・防弾装備を施したヘリコプター
夜間監視能力強化・防弾装備を施したヘリコプター

 また、海上自衛隊との連携強化を図るため、防衛庁と海上保安庁との間で、不審船に係る「共同対処マニュアル」を平成11年12月に作成し、海上自衛隊と連携訓練を行っています。
巡視船と護衛船との合同訓練
巡視船と護衛船との合同訓練

(3)法律の整備

 「能登半島沖不審船事案における教訓・反省事項について」において、「不審船を停船させ、立入検査を行うという目的を十分達成するとの観点から、危害射撃の在り方を中心に法的な整理を含め検討」することとされ、これを受けて関係省庁において検討がなされました。
 不審船は、我が国領域内における重大凶悪な犯罪への関与が疑われています。こうした犯罪を未然に防止するためには、海上保安官による的確な立入検査の実施が極めて重要であり、その実効性の確保が不可欠となります。
 これまでの海上保安庁法では、海上保安官等の武器の使用については、警察官職務執行法の規定が準用され、犯人の逃走の防止又は公務の執行に対する抵抗の抑止等のため必要なときは武器使用が認められるものの、人に危害を与えることが許容されるのは、(1)正当防衛・緊急避難、(2)重大凶悪犯罪の既遂犯及び(3)逮捕状等の執行の場合に限定されていました。
 不審船は、単に逃走を続けるだけで、その外観等からだけでは船内でどのような活動が行われているか必ずしも確認できないため、この(1)〜(3)の要件を満たすとは言えず、不審船を停船させるための船体に向けた射撃は、人に危害を及ぼす可能性が否定できないことから、事実上行えませんでした。
 このため、海上保安庁では、平成13年11月に、繰り返し停船を命じても応じず、なお抵抗又は逃亡しようとする船舶に対し、海上保安庁長官が一定の要件に該当すると認めた場合には、停船させる目的で行う射撃について、人に危害を与えたとしても違法性が阻却されるよう、海上保安庁法を改正しました。
 なお、次で述べる九州南西海域不審船事案では、不審船が確認されたのが我が国領海外の排他的経済水域でしたので、この改正規定は適用されませんでした。

海上保安庁長官が認める要件
1) 外国船舶と思料される船舶が我が国領海内で無害通航でない航行(国際法に違反する航行)を行っている。
2) 放置すれば将来繰り返し行われる蓋然性がある。
3) 我が国領域内における重大凶悪犯罪の準備のためとの疑いを払拭できない。
4) 当該船舶を停船させて立入検査をしなければ将来の重大凶悪犯罪の予防ができない。

(4)九州南西海域不審船事案と今後の取組み

 九州南西海域で起きた不審船事案では、トピックスで紹介したとおり、海上保安庁は、防衛庁からの第1報入手後、直ちに巡視船艇・航空機を動員して23時間にわたって不審船を追跡し、巡視船から上空・海面への威嚇射撃及び威嚇のための船体射撃を行いました。しかしながら、同船は逃走を続け、巡視船に対し自動小銃及びロケットランチャーのようなものによる攻撃を加えたため、巡視船から正当防衛のための射撃を行いました。その際不審船からの攻撃により、対応にあたっていた巡視船「あまみ」「きりしま」「いなさ」が多数の銃弾を受けるとともに、巡視船「あまみ」の乗組員3名が腕などを負傷しました。
 その後、同船は爆発(原因不明)・沈没しました。沈没後、海上保安庁は、巡視船艇・航空機により、付近海域において不審船の乗組員の捜索を行い、2遺体を揚収したほか、北朝鮮の製品と思われる煙草のパッケージや菓子袋など、多数の漂流物を揚収しました。

九州南西海域不審船事案航路図(平成13年12月22日)
九州南西海域不審船事案航路図(平成13年12月22日)

逃走を続ける不審船
逃走を続ける不審船

巡視船あまみ 巡視船みずき 巡視船いなさ 巡視船きりしま
巡視船あまみ 巡視船みずき 巡視船いなさ 巡視船きりしま

【自航式水中カメラによる不審船船体調査の結果】
船首部の「長漁3705」の表記
船首部の「長漁3705」の表記
【不審船が沈没した海域付近で揚収された漂流物】
ハングル記載の煙草のパッケージ
ハングル記載の煙草のパッケージ
ハングル記載の菓子袋
ハングル記載の菓子袋

 現在、海上保安庁は、鹿児島の第十管区海上保安本部に捜査本部を設置し、漁業法違反及び海上保安官に対する殺人未遂容疑で捜査を進めています。捜査機関としては不審船の国籍特定はもとより、不審船の活動内容を明らかにし、犯罪目的の解明等のためには、不審船を引揚げて船内を詳細に調査することが必要不可欠であると考えています。
 2月25日から3月1日までの5日間にわたり、測量船「海洋」搭載のサイドスキャンソナーを用いた調査により沈没位置付近にエコーを認め、巡視船「いず」搭載の自航式水中カメラを用いた調査により、沈没した不審船の外観、「長漁3705」との船名表記等を確認しました。
 今後、これらの調査結果を踏まえ、4月中旬以降に潜水士及び潜水艇により沈没している船体の外観調査等を実施し、引揚げが物理的に可能かどうかなど船体の状況をより詳しく調査することにしています。
 なお、現場は我が国が事実上中国の排他的経済水域として扱っている海域であることもあり、引き揚げについては、中国と調整しつつ適切に対応することにしています。
 一方、今回の事案では、不審船からの攻撃で海上保安官3名が負傷したこと、政府内部の連絡のあり方等について問題があったのではないかと指摘を受けたことなどを勘案し、内閣官房が中心となって、海上保安庁を含む関係省庁間で、今回の事案の検証作業を行いました。
 この検証の結果については、平成14年4月にとりまとめられたところですが、この中で、特に海上保安庁に関係する点としては、

1) 対処体制を早期に整えるために、不確実であっても早い段階から、内閣官房・防衛庁・海上保安庁間で不審船情報の適切な共有を図る。
2) EEZ*1(排他的経済水域)で発見した不審船を取り締まる法的根拠(武器使用要件の緩和を含む)については、国際法上の制約(EEZでは、沿岸国の権利は、漁業、鉱物資源、環境保護等に限定される。)等を踏まえつつ、さらに検討する。
3) 海上保安庁の巡視船艇・航空機の不審船追跡能力等について、
  • 荒天の影響を受けにくい高速大型巡視船の整備
  • 能登半島沖事案後進めた高速特殊警備船の整備をさらに推進
  • 特殊警備隊を活用して不審船に対処するため航空輸送能力等の強化
を図る。
4) 海上保安庁の巡視船・航空機の情報・通信・監視能力について
  • 画像情報を含む情報通信システムの整備
  • 巡視船艇・航空機の昼夜間の監視能力の強化
を進める。
5) 職員の安全確保について、
  • 巡視船艇等の防弾対策の推進
  • 巡視船搭載武器の高機能化等の推進
を図る。
6) 不審船に対しては、海上保安庁と自衛隊が連携して的確に対処する。この場合、警察機関たる海上保安庁がまず第一に対処し、海上保安庁では対処することが不可能若しくは著しく困難と認められる場合には、機を失することなく海上警備行動を発令し、自衛隊が対処する。また、工作船の可能性の高い不審船については、不測の事態に備え、政府の方針として、当初から自衛隊の艦艇を派遣する。
などが挙げられます。
 また、検証の結果の中では、今後、政府としての武装不審船に対する対応要領を策定することとなっています。
 海上保安庁では、この検証結果を踏まえ、できる限り速やかに、職員の安全確保と海上保安庁の不審船対応能力の強化を図り、今後の不審船事案対策に万全を期すことにしています。

内閣総理大臣へ報告する四船長
内閣総理大臣へ報告する四船長
国土交通大臣から表彰を受ける四船長
国土交通大臣から表彰を受ける四船長


*1 EEZ (Exclusive Economic Zone )排他的経済水域
領海に接続する水域であって基線から200 海里までをいう。この水域では以下の主権的権利が認められている。
(1)天然資源の開発等に係る主権的権利
(2)人工島、設備・構築物の設置・利用に係る管轄権
(3)海洋の科学的調査に係る管轄権
(4)海洋環境の保護及び保全に係る管轄権


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