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2.海洋情報部が目指すもの海洋情報部は、航海の安全、海洋環境、地震や火山噴火の予測など海洋を巡るあらゆる分野における高度な調査能力を持っています。常に新しく有益な情報を収集し、国民のみなさんに提供します。そして、海洋に関するあらゆるニーズに応えます。(1)航海の安全のための情報提供明治の初め以来、航海の安全のため海図や水路書誌を刊行してきました。また、緊急時には、船舶に最新の安全情報を提供してきましたが、近年発展してきたIT技術の利用により、情報提供の形が変わりつつあります。1)電子海図の整備 平成7年に世界に先駆けて、国際基準に基づく航海用電子海図(ENC*1)を作成し、現在では日本周辺の主要海域の整備をほぼ終わりました。 海洋情報部ではさらに、航海の安全及び効率的な航行を支援するため、リアルタイムに気象・海象、電子水路通報、航行警報等の情報を画面に重ね合わせて表示が可能な次世代型電子海図の検討を行っています。 現在の航海用電子海図を表示するためのシステム(ECDIS*2)は大がかりな装置で大型船にしか向きません。そこで、小型船やマリンレジャーのユーザーにも電子海図をパソコンなどで気軽に使用していただけるよう、小型船用の電子海図を開発中です。小型船用電子海図では、従来の海図の情報に加えて、沿岸の情報を充実させ、潮汐や日出没、マリーナ情報など海のガイドブックとして利用できる機能も付加する予定です。 *1ENC (Electronic Navigational Chart ) *2ECDIS (Electronic Chart Display and Information System ) 【次世代型電子海図システムのイメージ】 【小型船用電子海図のイメージ】 2) 航空レーザーを使用した沿岸測量 小型船用電子海図作成のためには、沿岸の測量データを充実させる必要があります。 海洋情報部では、新技術である航空レーザー測深を導入し、陸域から海域までのシームレスな沿岸詳細基盤情報の整備を進めていきます。航空レーザー測深は、海面で反射する赤外レーザーと海底面で反射する緑レーザーが航空機に届くまでの時間差を計ることにより、水深を測量する技術です。 【航空レーザー測深の原理】 【航空レーザー測深の効果】 3)水路誌等のデジタル化 水路誌は、海上のさまざまな現象、航路の状況、沿岸及び港湾の地形・施設、船舶及び港湾に関する法規等を詳しく記述した海のガイドブックです。海洋情報部では、水路書誌*1の利便性をさらに高め、また、電子海図表示装置やパソコンでも利用できるように、デジタル化の作業を進めています。 【水路書誌の将来】 *1水路書誌 巻末資料35を参照 4)船舶交通安全情報のIT化 海上保安庁では、海図や水路書誌などを変化する現状にあわせた最新のものに維持するための情報や船舶の交通安全のための情報を、「水路通報」という冊子にして毎週発行しています。これは、インターネットでも見ることができます。また、緊急に通報する必要のある情報の提供を行う航行警報は、無線や衛星通信により提供していますが、インターネットや携帯電話でも見ることができます。 アドレス URL:http://www1.kaiho.mlit.go.jp/ 携帯電話 i-mode:http://www1.kaiho.mlit.go.jp/keitai/TUHO/keiho/ EZ-WEB:http://www1.kaiho.mlit.go.jp/keitai/TUHO/keiho/ez/ J-sky:http://www1.kaiho.mlit.go.jp/keitai/TUHO/keiho/js/ 【船舶交通安全通報業務の概念図】
九州南西海域沖不審船対応時の情報提供
〜追跡劇の陰で〜 平成13年12月22日土曜日の未明、水路通報室の休日当直に連絡が入った。 えっ、不審船?!しかも、射撃警告を行うかも? 「おい!すぐ、室長に電話しろ!」 「はい!」 僕たちの仕事は、航行の安全のため緊急に必要な情報を船舶に提供することだ。不審船があらわれた海域付近を航行している船舶に情報提供する必要があるぞ。大変だ! 今日は忙しくなりそうだ。班長は、海図に位置を入れながら関係機関と連絡中だし、同僚もメールやファックスの情報整理に大わらわ。もちろん僕も、緊急航行警報の案文づくりで大忙し。 休日にもかかわらず、執務室に職員が続々顔を出す。さぁ、これで体制は万全だ。 情報収集を続け、想定される状況に対応した複数の緊急航行警報案文を作成する。もちろん、通常の当直業務である定時の情報提供も淡々とこなす。(今日はそんなに一般情報が多くなくてよかった。) 「室長、まもなく威嚇射撃を実施するようです。」 「よし、緊急航行警報案文の3を発出!」 ナブテックス*1、ナバリア*2、日本航行警報*3と順次発出。第十管区、第十一管区もそれぞれ管区航行警報*4を発出。 「あ、不審船が止まった!」「また逃げた!」位置更新などのため、何度も繰り返し緊急航行警報を発出したら、もう夕方だ。 最前線で不審船を追いかける海上保安官と、後方で付近航行船舶の安全のため情報を提供する海上保安官。それぞれの戦いはまだ終わらない。 【航行警戒・水路通報情報提供区域】 *1ナブテックス NAVTEX航行警報のこと。世界的に統一された航行警報で、各国が沿岸地域 <距岸約300海里内(約600km)>において、航行の安全のため緊急に必要とする情報を自動印字方式により航行船舶へ提供しているもの。我が国は、沿岸域を5つの海域に分割して必要な情報を日本語及び英語で提供している。 *2ナバリア NAVAREA XI航行警報のこと。NAVAREA 航行警報は、全世界を16の区域に分け各区域の責任を担う区域調整国が、区域内の情報を収集して必要な情報を提供しているもの。我が国は第11 区域(XI)の区域調整国となっており、海上保安庁がその業務を担っている。NAVAREA XI航行警報は大洋を航行する船舶の安全のために緊急に通報する必要のある情報をインマルサット静止衛星を利用した高機能グループ呼出による放送で自動印字方式(英語)により提供している。 *3日本航行警報 太平洋、インド洋及び周辺諸海域を航行する日本船舶の安全のため緊急に通報する必要のある情報を、インターネットなどにより提供している。 *4管区航行警報 管区海上保安本部担任水域内で発生した事案のうち、航行船舶に対し交通の安全のため緊急に通報する必要のある情報を、無線電話により提供している。 (2)海洋環境保全への取組み今日、海洋環境に関する問題は、地球温暖化や環境ホルモンの問題など多様化し、人類の存亡にかかわるほど重要な問題になりつつあります。海洋情報部は、こうした時代のニーズに応えるため「環境調査課」を設置し、精力的に海洋環境の保全に取り組んでいきます。1)閉鎖性海域における水環境の改善を目指して 特に大都市を抱え生活排水などが大量に流れ込む閉鎖性海域では、富栄養化により慢性的に赤潮が発生し、また、有機汚濁により生じた貧酸素水塊*1が水産動植物に大きな影響を与えるなど、多くの問題が発生しています。 閉鎖性海域の水環境を改善するためには、陸域から流入する汚染負荷の削減、海域に蓄積している汚染負荷の除去、浄化能力の向上などの対策を効率的かつ効果的に行う必要があります。そのためには、汚染の実態把握と汚染メカニズムの解明が必要です。 そこで、海上保安庁では国土交通省都市地域整備局下水道部、港湾局などに呼びかけて、これらに総合的に取り組むことにしました。とりわけ東京湾については、「東京湾蘇生プロジェクト」として先行的に取り組むことにしています。「東京湾蘇生プロジェクト」は、平成14年度の国土交通省の重点施策とされているだけでなく、都市再生プロジェクト(第3次決定)としても位置付けられており、重点的に取り組むこととしています。 このプロジェクトの中で海洋情報部は、海底堆積物の中のダイオキシン類などPOPs*2の実態把握及びモニタリングポスト*3による常時観測を行います。また、リアルタイムで公表されるモニタリングポストの観測データだけでなく、自治体等の調査データも取り入れて、湾内の三次元の流況の再現、汚濁源となる水域の推定などのための流況シミュレーションを実施することにしています。 *1貧酸素水塊 海水中の酸素濃度が非常に少ない状態。海底に有機物が堆積すると、微生物などにより有機物が分解され水中の酸素を消費するため、海底に貧酸素水塊が形成される。これが海面に上昇すると青潮と呼ばれる現象となり、大きな漁業被害をもたらすことがある。 *2POPs(Persistent Organic Pollutants)残留性有機汚染物質 (1)人の健康や環境に対する有害性、(2)環境中への蓄積性、(3)食物連鎖による生物濃縮性、(4)大気や水を通じての長距離移動性、という4つの性質を合わせもつ有機化学物質。国連環境計画(UNEP)によって、農薬(DDT等)9種、工業化学物質(PCBS)1種、非意図的生成物(ダイオキシン類等)2種の計12種の化学物質が該当するとされている。平成13年5月にストックホルムで調印された「残留性有機汚染物質(POPs)の規制に関する国際条約」において、これらの物質の製造・使用が禁止されており、同条約は50ケ国以上の批准で発効することになっている。日本は現在批准に向けた国内調整を行っている。 *3モニタリングポスト 表層から底層までの流れ・水温・溶存酸素量などを連続観測し、リアルタイムでデータ転送をする観測装置。データの公表もリアルタイムでなされている。 2)日本周辺の海洋環境を診断する 昭和47年から日本周辺における海洋の汚染状況を把握するため、我が国周辺海域、閉鎖性の高い海域や海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律(いわゆる海洋汚染防止法)で定められた廃棄物排出海域(A海域)において定期的に海水や海底堆積物を採取し、石油、PCB、重金属等の調査を行っています。 さらに、海上保安庁では、大規模油流出事故が発生した際に緊急調査を実施するほか、環境ホルモンの可能性の高い有機スズ化合物等の新たな海洋汚染物質についての調査項目を追加するなど、日々変化する海洋環境問題に対して積極的に対応しています。 調査結果は、報告書として関係機関に送付するとともに、インターネットで公開するなど、国民の海洋環境保全に対する関心を高め海洋汚染の防止に役立てています。 URL: http://www1.kaiho.mlit.go.jp/ 3)地球温暖化などの地球環境問題への取組み 地球温暖化は、各種の地球環境問題の中でも特に大きな問題です。地球表面の7割を占める海洋の状況は、地球温暖化と大きく関連していると考えられており、海洋情報部は、そのメカニズムを解明するために、太平洋沿岸国が実施している西太平洋海域共同調査(WESTPAC)に参加しています。この共同調査では、本州南方から赤道付近までの水温、塩分、海流、海洋汚染などのモニタリング観測を行っています。また、地球温暖化によって生じる可能性がある海面上昇の実態把握などのために、日本全国29ケ所と南極昭和基地での潮位観測を行ったり、日本全国5ケ所で地球重心からの海面の高さの絶対値の計測を行っています。 また、気候変動の予測精度向上を目的とする「高度海洋監視システムの構築(アルゴ計画)」に参加し、野島埼と八丈島に海洋短波レーダーを設置して、黒潮のリアルタイム監視を行っています。 このデータはインターネット等を利用して常時情報提供していきます。 西太平洋海域共同調査(CTD*1の投入の様子) 【海洋短波レーダーによる表層流観測】 *1CTD(Conductivity Temperatur Depth profiler) 連続して電気伝導度(塩分)、水温、深度を計測しながら所定の水深において海水を採取する装置。 (3)自然災害に備えた調査及び情報の整備自然災害への対応には、災害予防、災害発生時の被害最小化、災害復旧・復興という3段階があります。海洋情報部は、調査能力を活かした災害予測と、収集・整備した情報を活かした被害の最小化に取り組んでいます。1)地震発生の予測に向けた調査 我が国は、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート及びユーラシアプレートが複雑にぶつかり合う場所に位置しており、大地震の発生はこれらのプレートの動きにより生じた歪みが原因と考えられています。 もともと地震の多くは海域で発生するにもかかわらず、これまで、海底の地殻変動を観測する手段がなく、地震発生の予測精度を高めるため、その開発が望まれていました。 海上保安庁では、東京大学と共同で海底地殻変動の観測・解析技術を開発し、平成12年7月の三陸沖を手始めに、巨大地震の発生が懸念されるプレート境界に海底基準局を順次設置し、海底地殻変動観測網の整備を開始しました。 これまで、釜石沖から日本海溝南部にかけて約100km間隔で海底基準局を設置しプレート運動に伴う海底地殻変動の観測を行い、また、三宅島の北西方においても海底基準局を設置して、海底下のマグマの動きの監視を行っています。平成14年中には房総沖から東海沖にかけて海底基準局を設置する予定です。 さらに、東海地震とともに発生の危険性が高まっていると指摘されている南海地震の震源である南海トラフについても海底基準局を設置し、南海地震予測の精度向上のためのデータの収得を目指していくこととします。 このような海底における地殻変動の監視は世界でも初めてのことであり、地震発生の予測精度向上のための重要なデータが得られると期待されています。 【海底地殻変動観測の概念】 【海底基準局の配置】 2)海域火山活動の監視 日本周辺には、多くの火山島及び海底火山があります。海上保安庁では、それらのうち活動している31ケ所の海域火山の監視を航空機により行っています。さらにそのうち7ケ所の海域火山については、測量船により海底地形、地質構造の調査を行っています。 海底火山の活動が活発となっている海域では、通常の測量船による調査は、大変危険なことから、高精度な調査機器を搭載した測量船「じんべい」をあらかじめプログラムされた計画に従って無人で操作し、必要とする各種データを速やかに収集します。これらのデータは航行船舶の安全情報として活用されるほか、防災対策の基礎資料として活用されます。 【測量船(じんべい)を利用した海底火山活動の調査概念図】 3)沿岸域情報管理システム 海洋情報部では、油流出時に的確な対応をとるために必要な情報を収集・整備しています。また、そのデータを国及び地方公共団体に提供するための「沿岸域情報管理システム」を運用しています。 沿岸域情報管理システムとは、
このうち、ESIは、油が海岸線に漂着した場合の影響の程度(生物の感受性、自然浄化能力及び除去作業困難性)をあらかじめランク分け(指標化)したものです(トピックス「環境脆弱性指標データの整備に向けた取組みを本格化」 を参照)。ESIを沿岸域情報管理システムに組み込むことにより、油流出事故の際、どこの海岸線の油の漂着の防止を優先すべきか判断する材料が提供されることになり、生物環境保護の観点からの最適な油防除計画を策定することが可能となります。 *1ESI(Environmental Sensitivity Index) (4)海洋の総合的利用のための情報収集・提供海洋情報部では、これまで紹介してきたこと以外にも、次のような分野にも力を入れています。1)管轄海域の確定 大陸棚は、海底や海底下の生物・鉱物資源の利用や石油、天然ガスのエネルギー開発などの可能性があります。 国連海洋法条約によれば、地形、地質的条件を満足すれば200海里を超えて大陸棚の限界を設定することができます。そして大陸棚の設定によりその沿岸国には、天然資源等の権利が認められることとなっています。しかし、そのためには、平成21年までに国連大陸棚限界委員会に科学的・技術的資料を提出した後、同委員会の勧告を受ける必要があります。 海洋情報部では、その資料の作成に必要なデータを収集するために、昭和58年から大陸棚調査を実施しており、この調査のために測量船が航走した距離はすでに約64万キロメートル(地球16周分)に達しています。 これまでの調査により、我が国の国土面積の2倍程度の海域について、大陸棚の限界を延長できる可能性があることが判明しています。今後、さらに精密な調査を実施していきます。 【大陸棚の限界が延長する可能性のある海域】 2)海洋に関するすべての情報ニーズに応えるデータバンク 日本海洋データセンター(JODC*1)は、海上保安庁を始めとする国内の海洋調査機関によって得られた重要かつ有用な海洋データを一元的に収集・管理し、国内外へ提供する我が国の「総合的海洋データバンク」であり、海上保安庁が運営しています。 国際的には、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC*2)が推進する「国際海洋データ・情報交換システム(IODE*3)」において日本の代表機関としての役割を担うとともに、IOCの国際的なプロジェクトである西太平洋域共同調査(WESTPAC*4)などで収集された海洋データの管理に責任を有する「責任国立海洋データセンター(RNODC*5)」の業務などを担当しています。 今後は、東南アジア諸国に働きかけて、南シナ海等の海域の海洋データの発掘に努めるとともに、その成果を広く公開することによって、地球環境問題の解明及び海洋環境に配慮した沿岸域の開発などにも貢献していきます。 【国際海洋データ・情報交換システム】 *1JODC(Japan Oceanographic Data Center) *2IOC(Intergovernmental Oceanographic Commission) *3IODE(International Oceanographic Data and Information Exchange) *4WESTPAC(IOC Sub-Commission for Western Pacific Region) *5RNODC(Responsible National Oceanographic Data Center) 3)海の相談室 海上保安庁に常設されている「海の相談室」は、海の情報をどなたでも気軽に利用していただくための窓口です。 日本海洋データセンターが保有する水温や海・潮流、潮汐、水深などの海洋の基礎的データ、海図や水路誌等の海洋情報部刊行物、国内外海洋関係機関の各種の文献・図面等についての閲覧、情報源の紹介を行うほか、潮干狩り、ヨット・モーターボート等のマリンレジャーに必要な情報を提供し、海に関する質問について回答するなど様々なサービスを行っています。 また、インターネットを通じても、「海洋速報」、「潮汐情報(潮干狩情報)」、「日出・日入・月出・月入」などマリンレジャーを安全に楽しむために役立つ様々な情報を提供しています。 URL : http://www1.kaiho.mlit.go.jp/ 海の相談室での相談風景 3.終わりに航海の安全、海洋環境保全、自然災害への対策などさまざまな分野で、海洋情報部が大きく貢献していることがおわかりいただけたでしょうか。今後も世界最先端の海洋調査技術と高度の情報提供技術を駆使して、ますます国民のみなさまに役に立つように努力を続けていきます。 |