海上保安レポート 2021

はじめに


TOPICS 海上保安の一年


特集 現場「第一線」


海上保安官の仕事


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 治安の確保

2 生命を救う

3 青い海を守る

4 災害に備える

5 海を知る

6 海上交通の安全を守る

7 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

2 生命を救う > CHAPTER II. 救助・救急への取組
2 生命を救う
CHAPTER II. 救助・救急への取組

海では、船舶事故や海浜事故等により、毎年多くの命が失われています。

海上保安庁では、一人でも多くの命を救うため、救助体制の充実強化、民間救助組織等との連携・協力に努めており、実際に海難が発生した場合には、昼夜を問わず、現場第一線へ早期に救助勢力を投入して、迅速な救助活動を行っています。

また、沿岸域での海難を防止し、万が一海難に遭遇しても悲惨な事故とならないよう、関係機関とも連携・協力しつつ、自己救命策確保の周知・啓発等に取り組んでいます。

海上保安庁の海難救助体制
1 海難情報の早期入手

海上保安庁では、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号「118番」を運用するとともに、携帯電話からの「118番」通報の際に、音声とあわせてGPS機能を「ON」にした携帯電話からの位置情報を受信することができる「緊急通報位置情報システム」を導入しています。

また、令和元年11月1日からは、聴覚や発話に障がいをもつ方を対象に、スマートフォンなどを使用した入力操作により海上保安庁への緊急時の通報が可能となる「NET118」というサービスを開始しました。

さらに海上保安庁では、世界中のどの海域からであっても衛星等を通じて救助を求めることができる「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)」に基づき、24時間体制で海難情報の受付を行っています。

今後も、これらのツールを有効に活用しながら、海難情報の早期入手と初動対応までの時間短縮に努めていきます。

2 海上保安庁の救助・救急体制

〜『苦しい 疲れた もうやめた では 人の命は救えない』〜

海難救助には、海上という特殊な環境の中で、常に冷静な判断力と『絶対に助ける』という熱い想いが必要とされます。

海上保安庁では、巡視船艇・航空機を全国に配備するとともに、救助・救急体制の充実のため、潜水士機動救難士特殊救難隊といった海難救助のプロフェッショナルを配置しています。

潜水士(Diver)

転覆した船舶や沈没した船舶等に取り残された方の救出や、海上で行方不明となった方の潜水捜索などを任務としています。潜水士は、巡視船艇乗組員の中から選抜され、厳しい潜水研修を受けた後、全国22隻の潜水指定を受けた巡視船艇で業務にあたっています。

機動救難士(Mobile Rescue Technicians)

洋上の船舶で発生した傷病者や、海上で漂流する遭難者等をヘリコプターとの連携により迅速に救助することを主な任務としています。機動救難士は、高度なヘリコプターからの降下技術を有するほか、隊員の約半数が救急救命士の資格を有しており、全国9箇所の航空基地等に配置され、特殊救難隊とともに、日本沿岸の大部分をカバーしています。

特殊救難隊(Special Rescue Team)

火災を起こした危険物積載船に取り残された方の救助や、荒天下で座礁船に取り残された方の救助等、高度な知識・技術を必要とする特殊海難に対応する海難救助のスペシャリストです。特殊救難隊は37名で構成され、海難救助の最後の砦として、航空機を使用して全国各地の海難に対応します。(昭和50年10月の発足からの累計出動件数:5,512件(令和3年3月末時点))

全国の救助・救急体制(令和3年4月1日現在)

全国の救助・救急体制(令和3年4月1日現在)

海上保安庁の救助・救急体制(令和3年4月1日現在)

海上保安庁の救助・救急体制(令和3年4月1日現在)
3 救助・救急能力の向上

海上保安庁では、海難等により生じた傷病者に対し、容態に応じた適切な処置を行えるよう、専門の資格を有する救急救命士を配置するとともに、全国各地の救急医療に精通した医師等により、救急救命士が行う救急救命処置の質を医学的・管理的観点から保障し、メディカルコントロール体制を構築することで、さらなる対応能力の向上を図っています。また、平成31年4月1日から、救急救命士を補助する「救急員制度」を創設し、救助・救急体制の充実強化を図っています。

さらに我が国の広大な海で多くの命を守るためには、海面を漂う船等がどの方向に流れていくかを算出する漂流予測が重要となります。

一人でも多くの命を救えるよう、海上保安庁では、測量船等による海潮流の観測データを駆使し、気象庁の協力も得て、漂流予測の精度向上に努めております。さらに海上保安庁においては、気象条件、漂流目標の種類等により、捜索区域を自動で設定する「捜索区域設定支援プログラム」を開発し、当該プログラムを活用することで、より効率的かつ組織的な捜索救助活動に努めています。

医師と救急救命士が連携した洋上救急活動

医師と救急救命士が連携した洋上救急活動

メディカルコントロール協議会総会

メディカルコントロール協議会総会
4 他機関との協力体制の充実

我が国の広大な海で、多くの命を守るためには、日頃から警察・消防等の救助機関や民間救助組織との密接な連携・協力体制を確立しておくことが重要です。特に、沿岸域で発生する海難に対しては、迅速で円滑な救助体制が確保できるように、公益社団法人日本水難救済会や公益財団法人日本ライフセービング協会等の民間救助組織との合同訓練等を通じ、連携・協力体制の充実に努めています。このほか、大型旅客船内で多数の負傷者や感染症患者が発生した場合を想定した訓練を、関係機関と合同で行っています。

また、遠方海域で発生する海難に対しては、中国、韓国、ロシア、米国等周辺国の海難救助機関と協力して合同で捜索・救助を行うとともに、「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)」に基づき、任意の船位通報制度システムである「日本の船位通報制度(JASREP)」を活用し、要救助船舶から最寄りの船舶に救助協力を要請するなど、効率的で効果的な海難救助に努めています(令和2年JASREP参加船舶2,354隻)。

関係者との合同訓練

関係者との合同訓練

沖縄県石垣島未帰還船事案

令和2年8月22日午後5時30分頃に沖縄県石垣市石垣漁港に入港する予定であったはえ縄漁船「博丸」(7.3トン、乗組員4名)が入港予定時刻を過ぎても港に帰ってこないことから、同日午後9時頃、沖縄県八重山漁業協同組合から第十一管区海上保安本部に通報があり、同本部は情報入手後、直ちに巡視船・航空機を現場向け発動しました。

海難発生当時、沖縄県には台風8号が接近しており、海上は強風と高い波で荒れていたことから、「博丸」は転覆しているなどの最悪の事態が想定され、現場に向かう巡視船・航空機の乗組員達は高い緊張感に包まれていました。

同本部は、「博丸」が最後に確認されたAISの位置情報を基に、気象庁から提供された海潮流等のデータを考慮した漂流予測を実施するとともに「捜索区域設定支援プログラム」を活用して捜索区域を設定し、「博丸」乗組員の無事を祈りつつ八重山漁業協同組合所属漁船とともに巡視船・航空機により粘り強く捜索活動を実施しました。

その結果、台風8号に伴う荒天下にも関わらず、事案が発生してから2日後の8月24日午後4時33分に沖縄県宮古島周辺海域において、海上保安庁航空機が転覆状態の「博丸」とその船底上に生存者1名を発見しました。

発見された乗組員は、船の動揺や打ち寄せる波で海に投げ出されないように必死に船底に掴まっており、事故発生から2日が経過し、体力を消耗していることも推測され、非常に危険な状況でした。

そのため、直ちに航空機に同乗していた機動救難士を同人の救助のために「博丸」に降下させ、迅速に吊上げ救助を成功させました。

その後、残る3名の乗組員を発見・救助すべく、荒天の中、「博丸」船内や発見位置周辺海域の海底を潜水士が潜水捜索しつつ、周辺海域を巡視船、航空機、八重山漁業協同組合所属漁船が捜索しましたが、現時点において行方不明者の発見には至っていません。海上保安庁では、引き続き、荒天等の厳しい状況の中でも、一人でも多くの方を救助することができるよう人命救助を最優先に努めていきます。

機動救難士による救助中の様子

機動救難士による救助中の様子

現場海域の状況

現場海域の状況

吊上げ救助を実施する機動救難士

吊上げ救助を実施する機動救難士

自己救命策確保の推進

海での痛ましい事故を起こさないためには、

(1)ライフジャケットの常時着用

(2)防水パック入り携帯電話等の連絡手段の確保

(3)118番の活用

の「自己救命策3つの基本」が重要です。

船舶からの海中転落者について、過去5年間でみるとライフジャケット非着用者の死亡率は着用者の約5倍となっていることから、海で活動する際にライフジャケットを着用しているかが生死を分ける要素となります。なお、ライフジャケットは、海に落ちた際に脱げてしまったり、膨張式救命胴衣が膨らまないといったことがないように、保守・点検のうえ、正しく着用することが大切です。

海難に遭遇した際は、救助機関に早期に通報し救助を求める必要がありますが、携帯電話を海没させ通報できない事例があるため、対策としてストラップ付防水パックを利用し、携帯電話を携行することが重要となります。

さらに、救助を求めるにも、海上においては目標物が少なく自分の現在位置を伝えることは難しいことですが、携帯電話のGPS機能を「ON」にしたうえ遭難者自身が118番に直接通報することで、正確な位置、迅速な救助につながった事例があります。

また、海に行く際に、家族や知人に行き先と帰宅時間を伝えておくことも、万が一事故が起きてしまった場合に、家族や知人が早く気づくことができ、迅速な救助につながります。

海上保安庁では、海を利用する人が自らの命を守ることにつながるこれらの方策について、地元自治体、水産関係団体、教育機関等と連携・協力した講習会や、沿岸域の巡回時のみならず、メディア等様々な手段を通じて周知・啓発活動を行っています。

講習会の様子

講習会の様子