海上保安レポート 2021

はじめに


TOPICS 海上保安の一年


特集 現場「第一線」


海上保安官の仕事


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 治安の確保

2 生命を救う

3 青い海を守る

4 災害に備える

5 海を知る

6 海上交通の安全を守る

7 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

7 海をつなぐ > CHAPTER II. 諸外国への海上保安能力向上支援等の推進
7 海をつなぐ
CHAPTER II. 諸外国への海上保安能力向上支援等の推進

主要な物資やエネルギーの輸出入のほとんどを海上輸送に依存する我が国にとって、海上輸送の安全確保は、安定した経済活動を支える上でも極めて重要です。

しかしながら、世界的にも重要な海上交通路であるマラッカ・シンガポール海峡やソマリア沖・アデン湾では海賊事案が発生するなど、航行の安全を脅かす事案が発生しています。

海上保安庁では、東南アジアをはじめとした周辺国に対し、海上保安庁が有する知識技能を伝え、各国の海上保安能力の向上を目指した支援を通じ、海上輸送の安全確保に貢献しています。

「自由で開かれたインド太平洋」の着実な実現へ向けて

(前略)我が国とASEANを結ぶ海上交通の舞台となるインド太平洋では、自由で、誰にでも開かれ、法の支配が貫徹されて、初めて、地域の平和と繁栄が実現すると思います。(中略)海上保安庁の豊富な経験と実績を活用し、人材育成に大きな役割を果たします。

菅内閣総理大臣 尼・越訪問における内外記者会見での発言

(令和2年10月 インドネシア)

菅内閣総理大臣

出典:首相官邸HP

令和2年度の現況
1 インド太平洋沿岸国への支援

海上保安庁では、インド太平洋沿岸国の海上保安機関に対する海上保安能力向上支援のため、国際協力機構(JICA)や日本財団の枠組により、制圧、鑑識、捜索救難、潜水技術、油防除、海上交通安全、海図作製分野等に関する専門的な知識や高度な技術を有する海上保安官や能力向上支援の専従部門である海上保安庁モバイルコーポレーションチーム(MCT)を各国に派遣しているほか、各国の海上保安機関の職員を日本に招へいし、研修を実施しています。

フィリピンに対する支援

海上保安庁は、フィリピン沿岸警備隊(PCG)に対して、平成12年から、海上保安行政全般に関するアドバイザーとして、長期専門家を派遣しているほか、平成14年から平成24年までの10年間、長期専門家を追加派遣し、海難救助、海洋環境保全・油防除、航行安全、海上法執行、教育訓練の分野における人材育成支援のためのJICA技術協力プロジェクトを実施しました。平成25年からは、海上法執行実務の能力強化支援のためのJICA技術プロジェクトを実施しており、長期専門家に加えてMCT等を派遣して、法執行訓練、船艇の維持管理・運用の研修等を通じた支援を実施しています。令和2年11月にはオンライン形式にてMCTによる海上法執行に関する研修のほか、海上保安大学校教授による国際法に関する講義を実施しました。

インドネシアに対する支援

令和2年1月からインドネシア海上保安機構(BAKAMLA)を中心とする同国海上保安関係機関の新たな能力向上支援のためのJICA技術協力を開始しており、海上保安庁ではMCT等を定期的に派遣して支援を実施しています。

令和2年7月及び令和3年1月にはオンライン形式にてMCTによる海上法執行に関する研修を実施しました。

マレーシアに対する支援

海上保安庁は、マレーシア海上法令執行庁(MMEA)に対して、その設立準備段階であった平成17年から長期専門家を派遣し、組織体制作りや人材育成のためのJICA技術協力プロジェクトを実施しています。平成23年7月からは、海上法令執行、海難救助、教育・訓練の分野での能力・体制の強化ために長期専門家を派遣し、組織犯罪等の情報収集・分析・捜査や特殊救難技術に関するセミナーや講義等を通じた支援を実施しています。

令和2年11月には、オンライン形式によりMCTによる海上法執行に関する研修を実施したほか、海難救助、国際法に関する講義を実施しました。

令和3年2月にはMCT等による鑑識研修や潜水業務に関するワークショップを実施しました。

ベトナムに対する支援

海上保安庁は、平成27年9月に締結したベトナム海上警察(VCG)との協力覚書に基づき、MCT等を派遣し、能力向上支援を実施しています。

更に、令和2年9月からVCGの能力強化のためのJICA技術協力が開始され、海上保安庁では、MCT等を定期的に派遣して支援を実施することとしています。

令和2年12月にはオンライン形式にてMCTによる海上法執行に関する研修、海上保安大学校教授による国際法に関する講義を実施しました。

スリランカに対する支援

海上保安庁では、平成26年度から、機動防除隊等をスリランカ沿岸警備庁(SLCG)に派遣して、油防除に関する技術協力を行っています。

令和3年2月にはオンライン形式にて機動防除隊等とSLCGが油防除対応事例の共有や今後の支援に関する意見交換を実施しました。

パラオに対する支援

海上保安庁は、平成30年からパラオ海上法令執行部(DMLE)に対して、海上保安アドバイザーを派遣し、更に平成31年からMCTを定期的に派遣し、日本財団から同国に供与されたパトロール艇を活用し、海難救助や海上法執行の分野における能力向上支援を実施しています。

令和3年3月にはオンライン形式にてMCTによる海難救助や海上法執行に関する研修を実施しました。

複数国に対する支援
1 アジア・大洋州沿岸国への支援

開発途上国の海上交通安全を図るため、主にアジア・大洋州を対象に、平成15年からシンガポールにおいてJICA第三国研修を実施しています。この研修は日本とシンガポールとの政府間協定に基づき、海上交通に関する世界的な基準や日本とシンガポールでの取組などを対象国の政府機関等の職員に共有するものです。海上保安庁は、毎年同研修に講師を派遣しており、令和2年度までに、延べ29か国の360名に対し研修を実施しました。

*令和2年度はオンライン研修

2 ASEAN諸国への支援

ASEAN周辺海域は、マラッカ・シンガポール海峡など多数の貨物船が行き交う国際的な海上交通路を有しており、日本に向かう原油タンカーの9割近くが通過するなど日本の生命線となっています。

近年、ASEAN諸国の経済成長に伴う港湾の発展、船舶の大型化・高速化・通航隻数の増加、急激な気候変動による自然災害の増加など、ASEAN周辺海域をとりまく環境が大きく変化しており、海上保安庁は同海域における船舶の安全を守るため、関係機関と連携し様々な支援を実施しています。

●VTS(Vessel Traffic Service)センターの人材育成

ASEAN諸国ではレーダーや無線などを活用して船舶の管制や情報提供を実施するVTSセンターの整備が進んでいますが、一方で同センターを運用する人材不足が課題となっています。このため日本は、日ASEAN交通連携の枠組のもと、ASEAN共同の研修施設として平成29年7月にマレーシアにASEAN地域訓練センターを設立し、ASEAN 10ヵ国のVTS管制官等を育成する研修を開始しました。海上保安庁は、関係機関と連携してASEAN地域訓練センターの設立に主導的な役割を果たすとともに、機材の維持管理、研修内容の調整など運営全般において支援を継続しています。

●航行安全ガイドラインの策定

ASEAN周辺海域では海上交通ルールの整備が遅れている海域が多くあることから、海上保安庁は、日ASEAN交通連携の枠組のもと、ASEAN諸国自らがルールを整備していくために必要な検討事項や国際基準を示したガイドラインを策定しました。ガイドラインは、平成29年からASEAN諸国の海上交通機関と連携して作成作業を進め、令和2年11月の日ASEAN交通大臣会合において最終案が承認されました。

ASEAN地域訓練センターにおける訓練状況

ASEAN地域訓練センターにおける訓練状況

マラッカ・シンガポール海峡共同測量への技術的協力

マラッカ・シンガポール海峡における通航量の増大及び通航船舶の大型化に対応するため、最新技術による同海峡の精密水路測量と電子海図の高度化について、沿岸3か国(マレーシア、インドネシア、シンガポール)からの協力要請を受け、海上保安庁は、関係機関と協力しつつ、水路測量に係る技術的な協力を行っています。本プロジェクトでは、マラッカ・シンガポール海峡の分離通航帯全域を対象とした水路測量の実施及び電子海図の更新を目指しています。

3 ソマリア沖・アデン湾沿岸国に対する支援

海上保安庁では、ソマリア沖・アデン湾の沿岸国に対しても、東南アジア諸国への支援の経験をふまえた様々な支援を行っています。

令和3年1月から2月にかけて、国際協力機構(JICA)の協力のもと、「海上犯罪取締り」研修を開催し、アジア・アフリカ等の海上保安機関の現場指揮官クラスを招へいし、海賊対策をはじめとする海上犯罪取締り能力を強化することを目的とした国際犯罪の取締り等に関する講義等の研修をオンライン形式で行いました。この研修は、「海賊対策国際会議」(平成12年4月・東京)の中で合意された「アジア海賊対策チャレンジ2000」に基づき行われているもので、平成13年度の開始から今年で20回目となり、これまでに計33か国1地域、342名を受け入れています。平成20年度以降は、ソマリア周辺海域における海賊対策強化の必要性が高まったことを受け、アジア諸国のほか、中東、東アフリカ諸国の海上保安機関職員を招へいしています。

また、ジブチ沿岸警備隊に対してJICAの枠組で平成25年から、ジブチ沿岸警備隊能力拡充プロジェクトに短期専門家として、海上保安官を同沿岸警備隊に派遣しています。

令和2年度には、オンライン形式にてMCTによる海上法執行に関する研修を実施しました。

研修等の様子

研修等の様子

4 各国水路機関への支援

海上保安庁では、昭和46年から、独立行政法人国際協力機構(JICA)と協力し、アジアやアフリカなどの開発途上国において水路測量業務に従事する水路技術者を対象とした課題別研修を毎年実施し、途上国の海図作成能力を向上させることで、世界における航海の安全に貢献しています。これまでに、44ヶ国から約440名の水路技術者が本研修に参加し、各国の水路業務分野で活躍する人材を輩出してきました。

令和2年は、新型コロナウイルス感染症の世界的流行により本研修は中止となりましたが、同窓生のネットワーク強化を図るため、12月にJICA同窓生ブラッシュアップセミナーをオンラインで開催し、現況報告を行ったほか、今後の研修に関する様々な議論が展開されました。

本研修は、JICAが実施する本邦研修のうち、国際資格が取得できる唯一の研修です。本研修を修了した研修員には、水路測量国際B級資格が付与され、修了者の多くが各国水路当局の幹部として活躍しています。

*各国の教育機関が実施する水路測量技術者養成コースに対し、水路測量等の国際基準を定める国際委員会(IBSC)により認定される資格で、国際A級、B級の2つに分かれる。

JICAブラッシュアップセミナー

JICAブラッシュアップセミナー

5 海上保安政策プログラム

アジア諸国の海上保安機関の相互理解の醸成と交流の促進により、海洋の安全確保に向けた各国の連携協力、認識共有を図るため、平成27年10月、海上保安政策に関する修士レベルの教育を行う「海上保安政策プログラム」(Maritime Safety and Security Policy Program)を開講し、アジア諸国の海上保安機関職員を受け入れて能力向上支援を行っています。本プログラムでは、その教育を通じ、①高度な実務的・応用的知識、②国際法・国際関係についての知識・事例研究、③分析・提案能力、④国際コミュニケーション能力を有する人材を育成することを目指しています。

本プログラム卒業生には、海上保安分野の国際ネットワーク確立のための主導的役割を発揮することが期待され、現在、第6期生(フィリピン、スリランカ、タイ、日本)が、高い知識の習得と共有認識の形成に向け日々研鑽を続けています。なお、本プログラムは、海上保安大学校、政策研究大学院大学、独立行政法人国際協力機構(JICA)及び日本財団が連携・協働して実施しています。

今後の取組

海上保安庁は、各国の海上保安機関設立時の支援や、長官級による会合を主導するなど、地域の海上保安能力向上にも貢献するとともに、これまで東南アジアの海上保安機関を中心に、81か国3地域から延べ1900名以上の研修員を本邦へ招へいし、30か国へ延べ約900名の職員を派遣しています。今後も、海上保安政策プログラムをはじめ、各種枠組を通じた協力・連携を推進し、能力向上支援に関する更なる支援を実施していきます。