「海」は、美しく懐の深い印象がある一方、時に厳しく荒々しい一面を見せます。
「海」の秩序を乱す者を取り締まり、荒天の中でさまよう者に手を差し伸べることは、まさに「正義仁愛」の精神を礎に築き上げられた海上保安庁の組織としての伝統であるといえます。
海上保安庁の舞台である「海」で、装備を使いこなし、法令を駆使して様々な事象に対峙するとき、最終的には「人」の職務遂行能力が、任務達成の明暗を分けることになります。時に柔軟に、時に力強く立ち向かうことのできる人材が海上保安庁を支え、皆さんの期待に応え得る組織を形作っています。海上での幅広い業務に的確に対応し、我が国周辺海域を取り巻く緊迫した情勢に適切に対応していくためには、「人材育成」は海上保安庁にとって重要な課題であり続けます。
ここでは、海上保安庁の人材育成の考え方や取組みについてご紹介します。
1. 幅広い海上保安庁の業務
海上保安庁では、海難の救助や海上における治安の維持のほか、海洋環境の保全、災害への対応、船舶交通の安全の確保、海洋調査、海洋情報の収集・管理・提供等の幅広い業務を行っています。
このため海上保安庁の職員は、法執行機関として不可欠な国際法・国内法への理解や、船艇・航空機の高度な運行技術、語学力など、様々な知識・技術が必要となります。
我が国の広大な海域で、このような業務を適切に行うためには、高性能の装備や船艇等を充実させると同時に、限られた勢力でこれらを適切に運用する必要があることから、個々の海上保安官の能力を向上させることが必要不可欠です。
2. 求められる海上保安官像
海上での事案への対応は、海上保安官が完結させなければならないため、海上で適用される法令に関する知識、船艇・航空機の運航に関する知識・技能、犯罪捜査や海上警備、海難救助などの諸活動に必要な知識・技能など、「海」に関わる広範な知識・技能はもとより、「海」は諸外国と繋がっていることから、国際法や海洋関係の条約など国際的な知識も身につける必要があります。
これら広範多岐に亘る知識・技能の全てを個人で極めることは大変難しいことです。このため、海上保安庁では、個々の海上保安官が有する知識・技能を集結し、同じ目的意識を持って職務を遂行すること、つまり「組織力」を重要視しています。
さらに、海上には様々な困難が存在しており、海上保安官は、潜水士や特殊救難隊といったスペシャリストのみならず、一般の海上保安官であっても、強靭な精神と身体を備えた上で自らの安全も保ちながら事案に対応していかなければなりません。
様々な恐怖や緊張の中にあっても、責務を全うすることが海上保安官に与えられた使命であり、その使命に応えられる人材が海上保安庁には必要です。
海上保安庁は、第二次世界大戦が終結し、未だ混乱が覚めやらぬ中、戦後初めて、制服を着た組織的な保安機構として創設されました。
創設当初は、職員を広く官民から募っていましたが、これら様々な経歴、思考を有する職員が一致団結して海上保安に捧げる熱い思いを形成するため、大久保武雄初代長官が海上保安庁の精神として「正義仁愛」を掲げたのです。
また、この精神は、時代が変化しようとも海上保安庁の伝統として受け継がれなければならないことから、伝統を築きつつ、団結を固めるために教育を重視するべきとの考えの下、海上保安庁独自の教育制度が確立されました。
このことからも、「正義仁愛」の精神を基本とした、個々の海上保安官の「心・技・体」が確立されて初めて海上保安庁の基礎が固まることが分かります。