海上保安レポート 2004

●はじめに


■TOPICS 海上保安の1年


■特集1 海洋権益の保全とテロ対策

■特集2 海保の救難


■本編

治安の確保

生命を救う

青い海を護る

災害に備える

海を識る

航海を支える

(1)船舶交通の安全を確保するための航行支援
コラム
・ 巡回中の職員、ヒグマと遭遇!

コラム
巡視船に花嫁が突然来船!?

海をつなぐ連携


海上保安庁の業務・体制


海を仕事に選ぶ


海保の新戦力


その他


資料編


 
本編 > 航海を支える > 1 船舶交通の安全を確保するための航行支援
船舶交通の安全を確保するための航行支援
 四面を海で囲まれ、国土面積が狭く、資源が乏しい我が国は、エネルギー関連資源のほぼ100%、食物資源、繊維原料の大半を海外からの輸入に頼るとともに、多くの基幹産業が臨海部に立地し、海上輸送活動が極めて活発です。
 このような中、東京湾などのふくそう海域で、海難に伴う油の流出、火災の発生などで、船舶の通航路が閉そくされてしまったら…。
 人命、財産の損失に加え海上輸送は遮断され、社会経済がまひし、事故現場近くの沿岸の方などへ環境被害が及ぶなど、国民の生活に甚大な被害と影響をもたらします。
 海上保安庁では、このような大規模海難を未然に防止し、これら海上輸送が安全かつ円滑に行われるよう全力で取り組み、安全な航海を支えます。  
目 標

  海上保安庁では、海難を未然に防止し、人命、財産や環境を保護するとともに、国際競争力の強化に向けて輸送効率の向上などを求める社会のニーズに考慮して、安全性と効率性が両立した船舶交通環境の創出を目指しています。このための具体的な目標は次のとおりです。
  1. ふくそう海域*1における航路を閉そくするような大規模海難の防止
  2. ふくそう海域において管制*2を受ける船舶の入港までの航行時間の短縮*3
  3. 死亡・行方不明者を伴う海難船舶隻数の減少
  4. 航路標識の高い運用率*4の維持

平成16年の状況

  1. ふくそう海域では、海上交通センターが巡視船艇と連携し、的確な航行管制や情報提供に努めています。また、視認性や識別性に優れた高機能航路標識などの整備を実施しました。これにより、ふくそう海域における航路を閉そくするような大規模海難を防止するとともに海難に至る可能性のあった15件の事案を未然に防止しました。
  2. 東京湾において、AISを活用した次世代型航行支援システムの運用を開始しました。これにより、航行管制の円滑化や情報提供の高度化が図られ、航行時間の短縮に向け、具体的施策を計画的に推進しました。
  3. 海難船舶隻数は、2,883隻であり、平成15年に比べ150隻増加しました。死亡・行方不明者を伴う海難船舶隻数は84隻で、このうち、漁船が45隻、プレジャーボートが24隻とその大多数(82%)を占めています。
  4. 5,424基の光波標識の運用率が99.8%に達するなど、適切な保守運用を行い、船舶交通の安全を確保するとともに、船舶の運航能率の増進に努めました。

▼浦賀水道航路における緊急回避事例
浦賀水道航路における緊急回避事例


AISを使った海難の未然防止
 平成16年10月9日に非常に強い台風22号が東京湾を直撃しました。
 台風襲来に伴い、湾内の各港で「避難勧告」が行われ、船舶が一斉に避難を開始し、また、湾外を航行中の船舶も台風を避けるために湾内に避難したため、当時、373隻の船舶が湾内に錨泊しました。東京湾海上交通センター等では、これら多数の船舶に対し、レーダーやAISによる監視を行い、無線の交信がふくそうするなか、90隻の走錨船舶に対して、注意喚起や情報提供を行い、船舶同士の衝突や乗揚げなどの海難を未然に防止しました。
 AISは暴風雨などの悪天候に影響されず、常にAIS搭載船の動静を把握できる有効な手段です。

台風22号通過時の錨泊状況(レーダー画像)
▲台風22号通過時の錨泊状況(レーダー画像)



死亡・行方不明者を伴う船舶海難の発生状況

 船舶交通の安全を確保するためには、海難を防止することが重要です。このため、海上保安庁が関与した海難の調査を行い、海難の発生状況や原因を的確に分析し、より一層の効果的な海難の防止対策を講じていくこととしています。ここでは、目標の一つである「死亡・行方不明者を伴う船舶海難」に関して発生状況を見てみます。

グラフ1・グラフ2・グラフ3

 平成16年の海難による死亡・行方不明者数は155人で昨年より5人増加しています。死亡・行方不明者を伴う船舶海難種類別隻数を見ると、転覆、衝突が多く、全体の81%を占めており、海難に伴う死亡・行方不明者を用途別に見ると、漁船が58人と最も多くなっています。
 このため、海上保安庁では、漁船の海難防止のため、各省庁(海上保安庁、水産庁、国土交通省海事局、海難審判庁)連携による初の漁船海難防止強化旬間を実施し、漁業関係者の安全意識の向上を目指したキャンペーンを全国各地で行いました。
 また、平成16年は、台風の上陸が過去最多の年間10個を記録しましたが、台風下においては海難が247隻発生し、これに伴う死亡・行方不明者は36人でした。


四省庁連携による初の漁船海難防止強化旬間の実施
 近年の海難の特徴としては、漁船・プレジャーボートによる海難が7割を占め、死亡・行方不明者を伴う海難は、半数以上を漁船海難が占める現状にあります。
 このため、各省庁(海上保安庁、水産庁、国土交通省海事局、海難審判庁)が実施する各種海難防止施策の連絡と効果的な取組みをめざして、海難防止担当官関係省庁連絡会を設置(平成16年3月)し、関係省庁間の連携強化を推進しているところです。
 漁船海難は、秋から冬場にかけて多発する傾向にあるため、同連絡会の合意のもと、9月21日から30日を「漁船海難防止強化旬間」と銘打ち、漁船海難に伴う死亡・行方不明者の減少へ向け、漁業関係者の安全意識の高揚を目的としたキャンペーンを全国一斉に展開しました。
 本旬間の結果として、全国的な規模で漁業関係者の海難防止講習会への積極的な参加を促すとともに、ライフジャケット着用推進モデル漁協の増加等、漁船海難に伴う死亡・行方不明者の減少へ向けた意識改革に相当な効果をもたらすことができました。
 今後も、海上保安庁は、水産庁をはじめとする関係省庁と緊密な連携を図り、地方においても関係機関の緊密な連携のもと、漁船海難の防止及び海難に伴う死亡・行方不明者の減少へ向けて、漁業関係者の理解を得つつ鋭意海難防止活動を推進していきます。



今後の取組み

 海上保安庁では、目標を達成するために、「安全性と効率性が両立した船舶交通環境の創出」を政策の基本方針として、重点的、効果的かつ効率的な取組みを推進します。
 具体的な取組みは次のとおりです。
[1]主要船舶交通ルートにおける新たな船舶交通体系の構築
 我が国の経済社会を支える主要船舶交通ルートと周辺海域を対象として、船舶航行の安全性と海上輸送の効率性を両立させた船舶交通環境を創出するため、関係省庁と連携し、ハードとソフトを効果的に連携させた「海上ハイウェイネットワークの構築」を推進し、安心かつ快適に通航できる新たな交通体系を構築します。
 このため海上保安庁では、「AISを活用した次世代型航行支援システムの構築」、「船舶交通の効率化に向けた船舶交通体系の検討」及び「航路標識の高機能化・高規格化及び機能維持」をさらに推進します。
(1) AISを活用した次世代型航行支援システムの構築
 東京湾では、平成16年7月にAISを活用した次世代型航行支援システムの運用を開始しました。これにより、巨大船等が航路へ入る際に行わなければならない海上交通センターへの位置通報を省略することが可能となり、通航船舶の利便性が向上しました。また、巨大船等に対する衝突や乗揚げ防止の情報提供サービスが、おおむね500総トン以上のAIS搭載船舶にまで拡大したことから安全性の向上も期待されます。さらには、AIS情報により管制対象船舶の動静を把握することができるエリアが拡大することから、さらなる効率的な航行管制も可能となっていきます。
 平成17年度は、伊勢湾、備讃海域及び関門海域でこのシステムの運用を開始し、名古屋港及び来島海域へこのシステムの導入を進める予定です。

運用管制卓のAISの状況
▲運用管制卓のAISの状況

AISディスプレイ
▲AISディスプレイ

(2)船舶交通の効率化に向けた船舶交通体系の検討
 伊勢湾では、平成16年度の中山水道しゅんせつ工事完了や中部国際空港の供用開始等により、湾内の海上交通環境の変化が見込まれることから、入口である伊良湖水道航路の通航方式のあり方をはじめとした新たな船舶交通体系について検討しています。
 平成16年度は、伊勢湾の船舶交通環境の問題点、海域利用者のニーズ、伊良湖水道航路における海難発生時の影響などの検討を進めてきたところであり、平成17年度は、伊勢湾における安全性と効率性の調和のとれた新たな船舶交通体系の提案を目指します。
(3)航路標識の高機能化・高規格化及び機能維持
 航路標識の高機能化、高規格化は、航路標識の視認性、識別性等を向上するものであり、船舶交通の安全性と運航能率の向上に大きな効果があります。
 高機能化については、平成16年度までに445基の整備が完了し、順次ふくそう海域において整備を推進していきます。高規格化については、東京湾から順次整備を推進し、平成16年度までに130基の整備が完了しています。
 また、引き続き、光波標識の運用率99.8%以上を目指して取り組んでいきます。

▼伊勢湾におけるイメージ
伊勢湾におけるイメージ

▼航路標識の高機能化
航路標識の高機能化

[2]地域・生活に密着した安全対策の推進
 漁船、プレジャーボート等の小型船舶の海難などを未然に防止するため、海上交通の安全に関する情報を手軽に入手できるように、ITを活用して情報を提供するとともに、安全に関する啓蒙活動や指導活動を実施します。
(1)航行援助システムのIT化を目指して
 漁船、プレジャーボートなどの船舶運航者のみならず、磯釣り、マリンスポーツなどのマリンレジャー愛好者の人々などに対し、海上保安部から、リアルタイムな情報を提供する「沿岸域情報提供システム(MICS*1)」を運用しています。この情報には、管内の港湾及びその周辺海域の航行危険情報、航行制約情報、気象・海象情報、その他船舶運航に必要な情報があり、テレフォンサービスのほか、パソコンやインターネットに接続可能な携帯電話端末で手軽に入手できます。
 現在51の海上保安部で運用しており、平成17年度は、東京、名古屋などの16の海上保安部で運用を開始します。

▼航路標識の高規格化
航路標識の高規格化

▼航路援助システムのIT化
航路援助システムのIT化

(2)海難防止思想の普及を目指して
 海難を防止するためには、海難防止思想の普及・高揚や海難防止に関する知識・技能の習得、向上が有効です。このため、全国各地で海難防止講習会や海上安全教室を開催するとともに、訪船指導、パンフレットの配布などを行っています。
 特に、毎年7月には、官民一体となった「全国海難防止強調運動」を実施し、海事関係者のみならず広く国民に対して海難防止を呼び掛けています。
 さらに、各管区海上保安本部では、台風や霧による海難の防止など地域の特性を踏まえた「地方海難防止強調運動」を実施しています。
 今後も、近年の海難の特徴を踏まえ、関係四省庁(海上保安庁、水産庁、国土交通省海事局、海難審判庁)連携により、必要な海難防止対策を講じていきます。
[3]地球環境に配慮した事業の推進
 二酸化炭素の排出量の削減のため、航路標識用電源として、太陽光発電を利用するなどのクリーンエネルギー化を進めています。また、これに併せて、従来使用してきた使い捨て電池(特別管理産業廃棄物)の全廃を目指し、環境負荷の軽減にも正面から取り組みます。


ディファレンシャルGPSによる気象通報サービスの開始
 全国各地の灯台等で観測した局地的な気象・海象の現況をインターネットホームページやテレホンサービス等により提供していますが、平成16年11月1日からディファレンシャルGPS(DGPS)の電波を利用した気象・海象の通報サービスを開始しました。
 これにより、DGPS受信機を搭載している船舶では、従来の位置補正情報(誤差1m以下)に加え、全国各地の灯台等で観測した局地的な気象・海象の現況を文字情報として同時に入手できることになりました。
 気象通報を行うDGPS局は、全国27カ所あり、全国84カ所の灯台などで観測した情報を提供します。この気象通報からは、最大6カ所の気象観測箇所からのデータを得ることができます。なお、観測データは5分間隔で提供し、30分ごとに更新しています。