海上保安レポート 2006

●はじめに


■TOPICS 海上保安の一年


■特集1 国際展開する海上保安庁

■特集2 刷新図る海保の勢力


海上保安庁の業務・体制


■本編

治安の確保

生命を救う

青い海を護る

災害に備える

海を識る

航海を支える


海保のサポーター


海上保安官を目指す!


語句説明・索引


図表索引


資料編


本編 > 生命を救う > 1 海難救助
1 海難救助

目 標
 海上保安庁では、海難及び船舶からの海中転落による死者・行方不明者数を、平成17年までに年間200人以下に減少させるという目標値を設定し、死者・行方不明者をできる限り減少させるように努めてきました。
平成17年の現況
ライフジャケットの着用指導
▲ライフジャケットの着用指導
 平成17年は、ライフジャケットの着用率の向上と緊急通報用電話番号「118番」の周知などレスポンスタイムを短縮させるための施策を実施しました。特にライフジャケットの着用率については、50%以上に向上させるべく強力にキャンペーンや指導などを行った結果、平成16年の着用率が33%であったのに対し、平成17年は37%と4ポイント向上しました。
 以上の施策を実施した結果、平成17年における海難及び船舶からの海中転落による死者・行方不明者数は276人であり、目標値をオーバーしたものの、前年と比べ41人減少しました。
 このことから、実施した施策に、死者・行方不明者数を減少させる効果がありました。

ライフジャケット着用率(航空機からの目視調査による)
ライフジャケット着用率(航空機からの目視調査による)

死者・行方不明者数の推移
死者・行方不明者数の推移
今後の取組み
 海上保安庁では、海難等による遭難者を一人でも多く救助するために、海難等の発生から救助に至るまで、次のとおり迅速かつ的確に業務を実施し、目標値の達成に向けて取り組んでいきます。

(1)海難情報の早期把握

GMDSSの運用
▲GMDSSの運用
 海難等が発生した場合、遭難者を迅速に救助するために最も重要なことは、発生した事故についていかに早く情報を入手できるかということです。事故の認知が早ければ救助までの時間が短縮されるからです。  そこで海上保安庁では、GMDSSに対応した遭難警報を24時間体制で聴守するとともに、緊急通報用電話番号「118番」を導入しており、引き続き海難情報の早期把握に努めていきます。

(2)海難現場への急行

海難現場に急行する巡視船
▲海難現場に急行する巡視船
 海難等の発生を認知した後に次に重要なことは、どれだけ早く現場に救助勢力を投入できるかということです。
 海上保安庁は、海難等の発生に備え24時間体制で即応体制を確保するなど万全を期しており、また船舶の安全を見守る日本の船位通報制度(JASREP)を運用しています。
 実際に海難が発生した場合には、巡視船艇・航空機を現場に急行させるとともに救助勢力を最短時間で到着させるために、高精度な漂流予測を実施し迅速かつ的確な救助活動を引き続き実施していきます。

(3)救助能力の向上

 救助勢力が現場に到着した後は、遭難者を迅速かつ安全に救助するための救助能力が必要です。
 このため、海上保安庁では困難な条件下においても救助する能力を有する特殊救難隊員や潜水士、さらに救急救命処置を行うことができる救急救命士の養成を継続していきます。特に救急救命士については、ますます進む救急救命処置の範囲拡大・高度化に対応するため、実施する救急救命業務の質を医学的観点から保障するメディカルコントロール体制を構築していきます。
 また、海難及び人身事故の約95%は沿岸20海里以内(約37km)の海域で発生しているため、沿岸海難が多発する海域を管轄する航空基地に機動救難士の配置を拡充することにより沿岸海域での人命救助体制の強化を図っていきます。
特殊救難隊による訓練
▲特殊救難隊による訓練
機動救難士による吊り上げ救助
▲機動救難士による吊り上げ救助

(4)ライフジャケット着用の推進

 海中に転落した遭難者が生還するためには、浮いて救助を待つことができるライフジャケットの着用が必須です。
 特に海中転落による死者・行方不明者のうち約5割が漁船によるものであることから、特に漁業関係者に対するライフジャケット着用の推進を重点的に実施していきます。
さんま漁船第三新生丸に対する衝突転覆海難

 平成17年9月28日、午前5時53分、海上保安庁運用司令センター(東京都)に、
 「根室の南東約45kmで小型船が転覆しており、付近に人影は認められない。
と、付近を航行中のさんま漁船「第15海鷹丸」から118番通報があった。
 午前8時23分、巡視船「かりば」が現場に到着し調査を行った結果、転覆船はさんま漁船「第三新生丸」(19トン、乗組員8名)であることが判明したほか、同船の船体に亀裂や衝突されたような痕が確認された。
船底を叩く潜水士
▲船底を叩く潜水士
船外に脱出した様子
▲船外に脱出した様子
 午前10時4分、救助作業のため転覆船の船底上へ這い上がった巡視船「えりも」の潜水士2名は、水中ナイフの柄で「ガン、ガン、ガン」と船底を3回叩いてみた。すると、まるで返事をするように「ガン、ガン、ガン」と3回の音が船内から返ってきた。
 「生存者確認!
潜水士が叫ぶと周りから歓声が上がった。
 潜水士2名はすぐさま空気ボンベを背負い、ひっくり返っている船内へ進入した。機関室に空気層を見つけ、油の臭いの強い真っ暗な室内で
 「誰かいますか!
と声をかけると、どこからか
 「おーい、ここにいる!
との声が返ってきた。
 生存者がいることは確認できたものの、居場所が特定できない。空気ボンベの残量も少なくなってきた。「すぐに戻ってくるから、がんばれ!」と声をかけ、一旦水面へ浮上した。
 この2人の潜水士が浮上した直後、羽田から駆けつけた特殊救難隊が現場に到着し、救助作業を引き継いだ。
 「海水温度が低い。早く救助しなければ危険だ!
 直ちに、特殊救難隊員2名が船内に進入した。機関室の空気層へ到着した隊員が
 「誰かいますか!
と声をかけたところ、
 「助けてくれ!
との声が聞こえた。
 「助ける!絶対に助けるぞ!
と声をかけたが機関室に生存者の姿はなく、声を頼りに再度水中へ潜り乗組員居住区に進入すると、わずかな空間に生存者が頭だけ海面に出した状態で浮かんでいた。
 居住区内には多くの障害物が散乱していた。また、いつ第三新生丸が沈没し水深1,300メートルの海底へ船体とともに引きずり込まれるか分からない。冷静な判断と迅速な行動が求められる場面だった。
 生存者に近づき手を握ると、ギュッ!と強い力で握り返してきた。捜索中は常に冷静でいようとした隊員も、握り返した強い力に生きようという強い意志を感じ、興奮してくる感情を抑えることができなかった。震えが激しい生存者に対し、
 「もう、大丈夫だ!
と励まし、救助用マスクを装着させて船外に脱出させた。
 生存者は甲板員の藤里さんと判明。巡視船を経由してヘリコプターに吊り上げて救助を完了した。
 残念ながら、この海難で翌日までに船内から乗組員7名の遺体が発見された。
救助直後の様子
▲救助直後の様子
ヘリコプターによる吊り上げ
▲ヘリコプターによる吊り上げ

新型ロープ&専用降下器を開発

 海上保安庁は、特殊救難隊員などをヘリコプターから船舶や磯場へ直接降下させ、急病人や遭難者を吊り上げて救助を行っています。
 しかし、この降下作業は、登山用の器材(カラビナ)に市販のロープを絡ませてその抵抗により速度を調整しており、この方法では降下中に隊員の体が回転して安定しなかったり、降下後、ロープからの離脱がスムーズに行えないなど大変危険を伴います。さらにヘリコプター側の器材に悪影響が出るおそれがあったことから、高々度からの降下が制限されていました。
 そこで、装備等の研究・開発を行っている装備技術部と海上保安試験研究センター(東京都)、そして海難救助現場で活躍する特殊救難隊が共同で、特殊な素材・編み方のロープと、カラビナの代わりにロープからの離脱が安全かつ容易に行うことができる特殊な形状の専用降下器を開発しました。
 この開発により、ヘリコプターからより安全で確実な降下が可能となったことに加え、従来制限されていた高々度からの降下が行えるようになりました。
新型ロープ&専用降下器
▲新型ロープ&専用降下器
特殊救難隊による実験の様子
▲特殊救難隊による実験の様子