海上保安レポート 2021

はじめに


TOPICS 海上保安の一年


特集 現場「第一線」


海上保安官の仕事


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 治安の確保

2 生命を救う

3 青い海を守る

4 災害に備える

5 海を知る

6 海上交通の安全を守る

7 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

4 災害に備える > CHAPTER II. 自然災害対策
4 災害に備える
CHAPTER II. 自然災害対策

近い将来に発生が懸念されている南海トラフ巨大地震や首都直下地震に加え、激甚化する風水害等、自然災害への対策は重要性を増しています。

海上保安庁では、こうした自然災害が発生した場合には、人命・財産を保護するため、海陸を問わず、機動力を活かした災害応急活動を実施するとともに、自然災害に備えた灯台等の航路標識の災害対策や防災情報の整備・提供、医療関係者や関係機関との連携強化等に努めています。

令和2年の現況
自然災害への対応

令和2年も台風や大雨による自然災害が多く発生し、甚大な被害がもたらされました。海上保安庁では、巡視船艇、航空機による被害状況調査、特殊救難隊機動救難士等による人命救助、船舶交通のための情報提供や注意喚起等を実施しました。

また、被災地域のニーズを踏まえた給水・給電及び入浴支援並びに医療関係者や支援物資の搬送等を実施しました。

令和2年7月豪雨への対応

令和2年7月、日本列島上空に梅雨前線が長期にわたって居座り、所により大雨特別警報も発令された集中豪雨(後に「令和2年7月豪雨」と名称化)によって、九州から山陰、中部、北陸、東北地方の広範囲で河川氾濫、家屋の孤立などの被害が発生しました。

海上保安庁では、海から離れた陸の被災地にも出動。被害が大きかった熊本県人吉市をはじめとする球磨川流域では、ヘリコプターや特殊救難隊機動救難士により、孤立者22名の救助や避難所への食糧等の輸送を行ったほか、熊本県八代港では、大型巡視船による給水支援を行いました。

令和2年7月豪雨への対応-1
令和2年7月豪雨への対応-2
令和2年7月豪雨への対応-3
令和2年7月豪雨への対応-4
東日本大震災からの復旧・復興に向けた取組

海上保安庁では、引き続き第二管区海上保安本部を中心に、東日本大震災からの復旧・復興に向けた取組を実施しています。

令和2年においても、地元自治体の要望に応じ、潜水士による潜水捜索や警察、消防と合同捜索を実施しています。

東日本大震災で被災した航路標識の復旧完了

平成23年3月11日に発生した東日本大震災では、海上保安庁が管理する航路標識のうち、158基が被害を受けました。

灯台の被災事例

灯台窓ガラスの破損

灯台窓ガラスの破損

防波堤ごと傾斜

防波堤ごと傾斜

津波及び火災による損傷

津波及び火災による損傷

海上保安庁では、被災地の復旧・復興活動に欠かせない船舶の航行環境を確保するため、被災直後から航路標識の復旧作業を続けてきました。

令和2年10月20日には、宮城海上保安部が管理する「歌津埼(うたつさき)南方灯浮標」の復旧が完了し、これにより、東日本大震災で被災した155基(3基は港湾形態の変化により廃止)の航路標識全ての復旧が完了しました。

復旧完了までの間、灯台の建て直しにあわせ、被災地の町民から募集した灯台のデザインを採用するなど、地域に寄り添った対応を心がけ、復旧したいずれの灯台も、末永く地元に愛されるものと期待しています。

自然災害に備える体制の強化
航路標識等防災対策

海上保安庁では、台風や地震などの自然災害発生時においても、海上交通の安全確保を図るため、灯台をはじめとする航路標識の強靱化を推進すると共に、走錨に起因する事故を防止するため、航行船舶の動静を把握し危険回避のための情報提供を実施しています。

令和2年度においては、平成30年台風第21号、第24号に伴う暴風、波浪の影響により灯台が倒壊したことを踏まえ、施設の亀裂や基礎部の隙間からの海水浸入を遮断するための「海水浸入防止対策」並びに関西国際空港周辺に錨泊していた船舶が連絡橋に衝突したことを踏まえ危険な状況にある船舶への注意喚起及び気象情報の提供を強化するためレーダー及び監視カメラの整備による「海域監視体制の強化」を図りました。

また、平成30年北海道胆振東部地震に伴う長期停電により航行船舶への情報提供が不能となったことを踏まえ、非常時にも予備電源設備で72時間の運用が可能となるよう、「予備電源設備の電源設備の整備」を行いました。

これらについては、「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」(平成30年12月14日閣議決定)により実施したものであり、今後とも平時又は災害発生時における灯台などの安定的な運用を図るための防災対策を推進し、国民の生活や経済活動に必要不可欠な、船舶交通の安全確保に取り組んでいきます。

航路標識の防災対策
防災情報の整備・提供

海上保安庁では、災害発生時の船舶の安全や避難計画の策定等の防災対策に活用していただくため、防災に関する情報の整備・提供も行っています。西之島をはじめとする南方諸島や南西諸島等の火山島や海底火山については海底地形、地下構造等の調査、火山の活動状況の監視を実施し、付近を航行する船舶の安全に支障を及ぼすような状況がある場合には、航行警報等により航行船舶への注意喚起等を行っています。

そのほかにも、船舶の津波避難計画の策定等に役立つように、大規模地震による津波被害が想定される港湾及び沿岸海域を対象に、予測される津波の到達時間や波高、流向・流速等を記載した「津波防災情報図」を整備・提供しているほか、津波浸水想定の設定に活用してもらうため、海底地形のデータを自治体に提供しています。なお、津波防災については、「海しる」のテーマ別マップ「津波防災」にて津波シミュレーションの結果や津波防災情報図等をインターネットにて公開しています。

また、「海の安全情報」において、気象・海象の現況のほか、自然災害時における避難勧告、航行の制限等の緊急情報を提供しています。

海底地殻変動の観測

日本列島周辺では、複数のプレートが複雑に接しています。海溝付近で海側のプレートが陸側のプレートの下に沈み込む際に蓄積されたひずみが、プレート境界面上のすべりとして急激に解放されることで、巨大地震が発生すると考えられています。

海上保安庁では、GNSS測位と水中音響測距技術を組み合わせた海底地殻変動観測を平成12年度から行っています。この観測では、将来の海溝型地震の発生が予想される南海トラフや、東北地方太平洋沖地震後の挙動が注目される日本海溝において、海底に観測機器を設置してプレートの動きを調べています。

この調査により、プレートの沈み込みに伴う地殻変動や地震時及びそれに引き続く地殻変動が検出されます。調査結果は、地震のメカニズムの解明やプレート境界の固着分布の推定に役立てられ、海溝型地震の予測に貢献します。

令和2年度においては、南海トラフにおいてプレートの沈み込みに伴う地殻変動の観測を、日本海溝において東北地方太平洋沖地震後の経時的な地殻変動の観測をそれぞれ継続して実施し、政府の地震調査関係機関に海底地殻変動データの提供を行いました。

*GPS等の人工衛星から発射される信号を用いて地球上の位置等を測定する衛星測位システムの総称

海底地殻変動観測でのゆっくりすべりの検出

ゆっくりすべりとは通常の地震のように断層が急激にすべることなく、数日から数年かけてゆっくりとすべる現象で、通常の地震のように揺れを感じることはありません。

南海トラフ巨大地震の想定震源域周辺では、陸域の観測網によってゆっくりすべりが検出され、想定される巨大地震との関係性についての研究が盛んに行われています。一方、海での観測の難しさから、海域におけるゆっくりすべりの詳細は未だよくわかっていません。

今回、海上保安庁が実施している海底地殻変動観測の過去のデータを東京大学との共同研究によって詳細に解析した結果、海域においてもゆっくりすべりが発生していることを示唆する微少な変化があらわれていたことが明らかになりました。今回の成果は南海トラフ巨大地震の発生過程の理解や発生のリスクに関する評価の研究を進める上で、重要な知見を提供すると期待されます。

ゆっくりすべり

ゆっくりすべり

地震

地震

観測点
海底地殻変動観測が地震学、測地学に大きく貢献
日本地震学会技術開発賞の盾

日本地震学会技術開発賞の盾

海上保安庁で実施している海底地殻変動観測が地震学、測地学に対して大きく貢献したことが高く評価され、日本地震学会技術開発賞及び日本測地学会坪井賞がそれぞれ授与されました。

海上保安庁がこれまで行ってきた海底地殻変動観測における様々な技術開発や、成果として得られた、東北地方太平洋沖地震後の海底の大きな地殻変動の検出、南海トラフ巨大地震震源域のプレート間固着分布の解明、そして海底下における浅部ゆっくりすべりの初検出などが高く評価されたものです。

表彰式は各学会の令和2年の秋の大会にて行われ、表彰状の授与等がオンラインにて行われました。

関係機関との連携・訓練

災害応急対応にあたっては地域や関係機関との連携が重要であることから、海上保安庁では、関係機関との合同訓練に参画するなど、地域や関係機関との連携強化を図っています。

令和2年度は、迅速な対応勢力の投入や非常時における円滑な通信体制の確保等を念頭に置いた防災訓練等、関係機関と連携した合同防災訓練を201回実施しました。

また、主要な港では、関係機関による「船舶津波対策協議会」を設置し、海上保安庁が収集・整理した津波防災に関するデータを活用しながら、港内の船舶津波対策を検討しています。

地方水難救済会と地方公共団体の災害時輸送協定
愛知県と愛知県水難救済会の災害協定締結式

愛知県と愛知県水難救済会の災害協定締結式

災害発生時の救援活動にあっては、海上保安庁等の公的機関による対応のほか、地方公共団体と救援物資の緊急輸送等に関する協定を結んだ民間の事業者等も救援活動に従事しています。

海上保安庁では、全国各地の地域に根差した海難救助活動を行っている地方水難救済会と地方公共団体との協定の締結に向けた支援を行っています。

令和2年においては、広島県と広島県水難救済会、愛知県と愛知県水難救済会のそれぞれが協定を締結し、災害発生時において被災者や救援物資の輸送等についてそれぞれの県からの独自の要請により迅速に行うことが可能となりました。

今後も、海上保安庁では、地方水難救済会と地方公共団体との協定の締結に向けた支援を継続し、地域の救難防災対策に寄与するとともに、災害発生時に円滑な救助活動が実施できるよう地方水難救済会や地方公共団体と連携していきます。

今後の取組

海上保安庁では、被災地の復旧・復興に向けた政府の取組に引き続き的確に対応していくとともに、「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会」を控え、期間中における自然災害に備えるため、巡視船艇・航空機等の必要な体制の整備や訓練の実施、関係機関との連携強化、防災に関する情報の的確な提供、航路標識の防災対策等を引き続き推進していきます。

また、平成30年度に実施した重要インフラの緊急点検の結果を踏まえ、海域監視体制の強化及び灯台の海水浸入防止対策等の防災・減災、国土強靱化のための対策を推進していきます。

さらに、台風などの異常気象が頻発・激甚化している昨今の現状を踏まえ、更なる対策の強化のため、船舶の湾外避難、湾内の錨泊制限の勧告・命令制度の創設を目指すなど、引き続き、走錨等に起因する事故の防止に万全を期します。