海上保安レポート 2020

はじめに


TOPICS 海上保安庁、この1年


特集 海上保安庁新時代


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 治安の確保

2 生命を救う

3 青い海を守る

4 災害に備える

5 海を知る

6 海上交通の安全を守る

7 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

2 生命を救う > CHAPTER II. 救助・救急への取組
2 生命を救う
CHAPTER II. 救助・救急への取組

海では、船舶事故や海浜事故等により、毎年多くの命が失われています。

海上保安庁では、一人でも多くの命を救うため、救助体制の充実強化、民間救助組織等との連携・協力に努めており、実際に海難が発生した場合には、昼夜を問わず、現場第一線へ早期に救助勢力を投入して、迅速な救助活動を行っています。

また、沿岸域での海難を防止し、万が一海難に遭遇しても悲惨な事故とならないよう、関係機関とも連携・協力しつつ、自己救命策確保の周知・啓発等に取り組んでいます。

海上保安庁の海難救助体制
1 海難情報の早期入手

海上保安庁では、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号「118番」を運用するとともに、携帯電話からの「118番」通報の際に、音声とあわせてGPS機能を「ON」にした携帯電話からの位置情報を受信することができる「緊急通報位置情報システム」を導入しています。

また、令和元年11月1日からは、聴覚や発話に障がいをもつ方を対象に、スマートフォン等を使用した入力操作により海上保安庁への緊急時の通報が可能となる「NET118」というサービスを開始しました。

さらに海上保安庁では、世界中のどの海域からであっても衛星等を通じて救助を求めることができる「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)」に基づき、24時間体制で海難情報の受付を行っています。

今後も、これらのツールを有効に活用しながら、海難情報の早期入手と初動対応までの時間短縮に努めていきます。

2 海上保安庁の救助・救急体制

〜『苦しい 疲れた もうやめた では 人の命は救えない』〜

海難救助には、海上という特殊な環境の中で、常に冷静な判断力と『絶対に助ける』という熱い想いが必要とされます。

海上保安庁では、巡視船艇・航空機を全国に配備するとともに、救助・救急体制の充実のため、潜水士機動救難士特殊救難隊といった海難救助のプロフェッショナルを配置しています。

潜水士(Diver)

転覆した船舶や沈没した船舶等に取り残された方の救出や、海上で行方不明となった方の潜水捜索などを任務としています。潜水士は、巡視船艇乗組員の中から選抜され、厳しい潜水研修を受けた後、全国22隻の潜水指定を受けた巡視船艇で業務にあたっています。

機動救難士(Mobile Rescue Technicians)

洋上の船舶で発生した傷病者や、海上で漂流する遭難者等をヘリコプターとの連携により迅速に救助することを主な任務としています。機動救難士は、ヘリコプターからの高度な降下技術を有するほか、隊員の約半数が救急救命士の資格を有しており、全国9箇所の航空基地等に配置され、特殊救難隊とともに、日本沿岸の大部分をカバーしています。

特殊救難隊(Special Rescue Team)

火災を起こした危険物積載船に取り残された方の救助や荒天下で座礁船に取り残された方の救助等、高度な知識・技術を必要とする特殊海難に対応する海難救助のスペシャリストです。特殊救難隊は37名で構成され、海難救助の最後の砦として、航空機を使用して全国各地の海難に対応します。平成29年2月には、昭和50年10月の発足からの累計出動件数が、5,000件となりました。

全国の救助・救急体制(令和2年4月1日現在)

全国の救助・救急体制(令和2年4月1日現在)

海上保安庁の救助・救急体制(令和2年4月1日現在)

海上保安庁の救助・救急体制(令和2年4月1日現在)
3 救助・救急能力の向上

海上保安庁では、海難等により生じた傷病者に対し、容態に応じた適切な処置を行えるよう、専門の資格を有する救急救命士を配置するとともに、救急救命士が実施する救急救命処置の質を医学的・管理的観点から保障するメディカルコントロール体制を整備し、さらなる対応能力の向上を図っています。また、平成31年4月1日から、救急救命士を補助する「救急員制度」を創設し、救助・救急体制の充実強化を図っています。

さらに我が国の広大な海で多くの命を守るためには、海面を漂う船等がどの方向に流れていくかを算出する漂流予測が重要となります。

一人でも多くの命を救えるよう、海上保安庁では、測量船等による海潮流の観測データを駆使して漂流予測に取り込んでおり、さらに気象庁の協力を得るなど、漂流予測の精度向上に努めています。

救急救命士による救急救命処置、医師と連携した洋上救急活動

救急救命士による救急救命処置、医師と連携した洋上救急活動
4 他機関との協力体制の充実

我が国の広大な海で、多くの命を守るためには、日頃から警察・消防等の救助機関や民間救助組織との密接な連携・協力体制を確立しておくことが重要です。特に、沿岸域で発生する海難に対しては、迅速で円滑な救助体制が確保できるように、公益社団法人日本水難救済会や公益財団法人日本ライフセービング協会等の民間救助組織との合同訓練等を通じ、連携・協力体制の充実に努めています。このほか、大型の旅客船の寄港が全国において増えていることを念頭に、旅客船内で多数の負傷者が発生した場合を想定した訓練を、関係機関と合同で行っています。

また、遠方海域で発生する海難に対しては、中国、韓国、ロシア、米国等周辺国の海難救助機関と協力して合同で捜索・救助を行うとともに、「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)」に基づき、任意の船位通報制度システムである「日本の船位通報制度(JASREP)」を活用し、最寄りの船舶が要救助船舶の救助にあたる体制を確保するなど、効率的で効果的な海難救助に努めています(令和元年JASREP参加船舶2,125隻)。

関係団体との合同訓練

関係団体との合同訓練

千葉県銚子沖貨物船衝突事案

令和元年5月26日午前2時10分頃、千葉県銚子市犬吠埼沖約5海里(約9キロメートル)海上において、貨物船「千勝丸」(499トン、乗組員5名)と貨物船「すみほう丸」(499トン、乗組員4名)が衝突しました。「すみほう丸」は航行に支障はなく、乗組員4名に怪我はありませんでしたが、「千勝丸」は沈没し、乗組員5名が行方不明となりました。

第三管区海上保安本部は情報入手後、直ちに巡視船艇、航空機(特殊救難隊同乗)を発動し、夜間に加え、霧のため視界が100メートル以下という悪条件の中、巡視船が救命筏に乗っていた乗組員1名を発見、救助しました。その後、巡視船の搭載艇のソナーによって、海底に沈没した「千勝丸」らしきものを発見、特殊救難隊の潜水捜索の結果、「千勝丸」が水深約30メートルの海底に横倒しの状態で着底していることが確認されました。

5月27日、沈没した船内の空気だまりに生存者がいる可能性を考慮し、海上自衛隊潜水艦救難艦「ちよだ」が災害派遣により派遣されました。「千勝丸」船内の生存者を救出する場合、海難発生からの経過時間と「千勝丸」の水深(圧力)を考えると、「千勝丸」船内から生存者を海面へ浮上させる際に潜水障害を発症するおそれがあり、これを防止する必要がありました。

「ちよだ」には、沈没船内の生存者を救助する際に潜水障害を防止するための設備(ダイビングベル、減圧室)が備わっています。

海上保安庁と海上自衛隊が連携して、海上の行方不明者を捜索することはありますが、沈没船内からの救助を連携して実施することは、海上保安庁創設以来、初めてのことでした。

5月28日、「ちよだ」が現場到着後、特殊救難隊は「ちよだ」乗組員と沈没船の状況、現在の捜索状況等を共有した後に「ちよだ」と連携した救助計画の打合せを入念に行いました。救助計画は特殊救難隊が「千勝丸」船内の潜水捜索を行い、生存者を発見後、「千勝丸」付近まで降下させたダイビングベルまで搬送し、水深と同じ圧力に維持されたダイビングベル内に生存者を揚収、「ちよだ」乗組員に引継ぎ、「ちよだ」艦内に揚収して減圧室で大気圧まで段階的に減圧するというものでした。

残念ながら、5月28日から29日にかけて「ちよだ」と連携して潜水捜索を3回実施するも生存者の発見には至りませんでしたが、特殊救難隊及び潜水士が、沈没した「千勝丸」の船体周辺を含め、6日間にわたり延べ34回の潜水捜索を実施し、残りの行方不明者4名のうち3名を「千勝丸」船内で発見、救助することができました。

*潜水障害の主な症状に減圧症があり、高気圧環境下で体内に溶け込んだ窒素ガスが浮上に伴って過飽和状態となり、血管内などに気泡が発生することで発症し、重症の場合には痙攣や意識障害などの症状が現れます。
巡視船から飛び込む特殊救難隊員

巡視船から飛び込む特殊救難隊員

「千勝丸」船内の状況

「千勝丸」船内の状況

「ちよだ」船底開口部へ入水している状況

「ちよだ」船底開口部へ入水している状況

潜水艦救難艦「ちよだ」

潜水艦救難艦「ちよだ」

沈没船内からの生存者救助手法(イメージ)

沈没船内からの生存者救助手法(イメージ)

自己救命策確保の推進

海での痛ましい事故を起こさないためには、

(1)ライフジャケットの常時着用

(2)防水パック入り携帯電話等の連絡手段の確保

(3)118番の活用

の「自己救命策3つの基本」が重要です。

船舶からの海中転落者について、過去5年間でみるとライフジャケット非着用者の死亡率は着用者の約5倍となっていることから、海で活動する際にライフジャケットを着用しているかが生死を分ける要素となります。なお、ライフジャケットは、海に落ちた際に脱げてしまったり、膨張式救命胴衣が膨らまないといったことがないように、保守・点検のうえ、正しく着用することが大切です。

海難に遭遇した際は、救助機関に早期に通報し救助を求める必要がありますが、携帯電話を海没させ通報できない事例があるため、対策として防水パックを利用したり、ストラップを使用して携行することが重要となります。

さらに、救助を求めるにも、海上においては目標物が少なく自分の現在位置を伝えることは難しいことですが、携帯電話のGPS機能を「ON」にしたうえ遭難者自身が118番に直接通報することで、正確な位置通報ができ、迅速な救助につながった事例があります。

また、海に行く際に、家族や知人に行き先と帰宅時間を伝えておくことも、万が一事故が起きてしまった場合に、早く気付かれ、迅速な救助につながります。

海上保安庁では、海を利用する人が自らの命を守ることにつながるこれらの方策について、地元自治体、水産関係団体、教育機関等と連携・協力した講習会や、沿岸域の巡回時のみならず、メディア等様々な手段を通じて周知・啓発活動を行っています。

講習会の様子

講習会の様子

海上保安庁「潜水業務運用開始」50周年

海上保安庁では、転覆や沈没海難における人命の救助などに迅速に対応するため、昭和45年6月から潜水業務の本格的な運用を開始し、令和2年6月は、それから50周年の節目となります。

運用開始当時、潜水業務にあたる海上保安官は「潜水員」と呼ばれておりましたが、昭和61年4月に「潜水士」と名称を変更し、近年では皆様の記憶に新しい大ヒット映画「海猿」のモデルにもなりました。

潜水業務の運用開始から今日までの長い歴史の中で、「特殊救難隊」や「機動救難士」といったスペシャリスト集団が生まれましたが、全ての原点は「潜水士」であり、海上保安庁の中でもシンボル的な存在です。

映画「海猿」でも描かれましたが、「潜水士」は全国の海上保安官の中から選抜され、広島県呉市にある海上保安大学校で厳しい潜水研修を受けた職員のみが行うことができる潜水業務のプロフェッショナルであり、全国に22隻ある潜水の指定を受けた巡視船艇で日夜、業務にあたっています。

令和元年においては、北海道納沙布岬沖で発生した漁船の転覆海難での潜水捜索、全国各地で発生した自然災害への対応などで活躍しているほか、東日本大震災では令和2年2月末現在で、1,231か所の潜水捜索等を実施しています。

引続き1人でも多くの方の命を救うべく、潜水業務体制の維持・向上に努めていきます。

プール実習・昭和45年9月

プール実習・昭和45年9月