海上保安レポート 2019

はじめに


TOPICS 海上保安の一年


特集 増大する危機に立ち向かう


目指せ! 海上保安官


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 治安の確保

2 生命を救う

3 青い海を守る

4 災害に備える

5 海を知る

6 交通の安全を守る

7 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

2 生命を救う > CHAPTER II. 救助・救急への取組み
2 生命を救う
CHAPTER II. 救助・救急への取組み

海では、船舶事故や海浜事故等により、毎年多くの命が失われています。

海上保安庁では、海難による死者・行方不明者をできる限り減少させるため、海難の発生に備えた救助体制の充実強化、民間救助組織等との連携・協力に努めています。また、実際に海難が発生した場合には、救える命を救うために、昼夜を問わず、現場第一線へ早期に救助勢力を投入して、迅速な救助活動を行っています。

このほか、沿岸域での海難を防止し、死者・行方不明者数を減少させるため、関係機関とも連携・協力しつつ、自己救命策確保の周知・啓発等に取り組んでいます。

海上保安庁の海難救助体制
1 海難情報の早期入手

海上保安庁では、海中転落者の海上における生存可能時間や救助に要する時間等を勘案し、人命を救助するために、海難発生から情報を入手するまでの所要時間を2時間以内にすることを目標としています。

このため、海上保安庁では、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号「118番」を運用するとともに、GPS機能を「ON」にした携帯電話からの「118番」通報の際に、音声とあわせて位置情報を受信することができる「緊急通報位置情報システム」を導入しています。

さらに海上保安庁では、世界中のどの海域からであっても衛星等を通じて救助を求めることができる「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)」に基づき、24時間体制で海難情報の受付を行っています。

今後も、これらのツールを有効に活用しながら、海難情報の早期入手と初動対応までの時間短縮に努めていきます。

2 海上保安庁の救助・救急体制

〜『苦しい 疲れた もうやめた では 人の命は救えない』〜

海難救助には、海上という特殊な環境の中で、常に冷静な判断力と『絶対に助ける』という熱い想いが必要とされます。

海上保安庁では、巡視船艇・航空機を全国に配備するとともに、救助・救急体制の充実のため、潜水士機動救難士特殊救難隊といった海難救助のプロフェッショナルを配置しています。

潜水士(Diver)

転覆した船舶や沈没した船舶等に取り残された方の救出や、海上で行方不明となった方の潜水捜索などを任務としています。潜水士は、巡視船艇乗組員の中から選抜され、厳しい潜水研修を受けた後、全国22隻の潜水指定を受けた巡視船艇で業務にあたっています。

機動救難士(Mobile Rescue Technicians)

洋上の船舶で発生した傷病者や、海上で漂流する遭難者等をヘリコプターとの連携により迅速に救助することを主な任務としています。機動救難士は、高度なヘリコプターからの降下技術を有するほか、隊員の約半数が救急救命士の資格を有しており、全国9箇所の航空基地等に配置され、特殊救難隊とともに、日本沿岸の大部分をカバーしています。

特殊救難隊(Special Rescue Team)

火災を起こした危険物積載船に取り残された方の救助や、荒天下で座礁船に取り残された方の救助等、高度な知識・技術を必要とする特殊海難に対応する海難救助のスペシャリストです。特殊救難隊は36名で構成され、海難救助の最後の砦として、航空機を使用して全国各地の海難に対応します。平成29年2月には、昭和50年10月の発足からの累計出動件数が、5,000件となりました。


釧路海上保安部 警備救難課長 川原 達也(元潜水士)
現場の声

釧路海上保安部
警備救難課長
川原 達也(元潜水士)


海上保安学校を卒業後、潜水研修を終えて潜水士となり、その後、機動救難士、潜水教官等、約19年間の潜水業務に就かせて頂きました。その後は巡視船勤務や教育機関での勤務を経て、現在は釧路海上保安部の警備救難課長をしております。

潜水士機動救難士の活動の中でも貴重な経験をさせて頂きましたが、特に4年間の海上保安大学校潜水教官は非常に印象深いものでした。

潜水教官の際は、潜水技術や知識はもとより、要救助者の命を救うこと、そして自身やバディーの命を守ることの重要性を教え、また潜水士以前に海上保安官として、人としての考え方も伝える必要があり、それらの指導は簡単ではなく、約二ヶ月間の研修が終わる頃には疲労困憊していたのを今でもよく覚えています。

潜水研修を終え巣立って行った潜水士達が、怪我も無く無事に活躍していることが何よりの喜びでした。

潜水教官を終えて約11年が経ち、当時の研修生達も現役潜水士を引退し、各々の道を進み出しており、救助活動を後方から支援する立場として共に働く機会が訪れると思いますが、私自身も海上保安官として救助活動に携わる際は、潜水士時代同様に、要救助者のことを一番に考えた救助活動ができるように取組んでいきたいと思います。


3 救助・救急能力の向上

海上保安庁では、海難等により生じた傷病者に対し、容態に応じた適切な処置を行えるよう、専門の資格を有する救急救命士を配置するとともに、救急救命士が実施する救急救命処置の質を医学的・管理的観点から保障するメディカルコントロール体制を整備し、さらなる対応能力の向上を図っています。また、平成31年4月1日から、救急救命士を補助する「救急員制度」を創設し、救助・救急体制の充実強化を図っています。

さらに我が国の広大な海で多くの命を守るためには、海面を漂う船等がどの方向に流れてゆくかを算出する漂流予測が重要となります。

一人でも多くの命を救えるよう、海上保安庁では、測量船等による海潮流の観測データを駆使して漂流予測に取り込んでおり、さらに気象庁の協力を得るなど、漂流予測の精度向上に努めています。

*救急員制度は、消防法施行規則で定められた講習を修了した特殊救難隊員及び機動救難士等を所属管区海上保安本部長が「救急員」として指名し、洋上における傷病者の救急体制をより一層充実させるため、消防機関の救急隊員と同じ応急処置の範囲内で、救急救命士を補助する制度です。

救助・救急能力の向上
4 他機関との協力体制の充実

我が国の広大な海で、多くの命を守るためには、日頃から警察・消防等の救助機関や民間救助組織との密接な連携・協力体制を確立しておくことが重要です。特に、沿岸域で発生する海難に対しては、空白地域のない救助エリアの確保や円滑な救助活動を実施できるよう、合同海難救助訓練等を通じて、公益社団法人日本水難救済会や公査財団法人日本ライフセービング協会等の民間救助組織との連携・協力体制の充実に努めています。

また、遠方海域で発生する海難に対しては、中国、韓国、ロシア、米国等周辺国の海難救助機関と協力して合同で捜索・救助を行うとともに、「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)」に基づく、任意の船位通報システムである「日本の船位通報制度(JASREP)」を活用し、要救助船舶から最寄りの船舶に救助に当たらせるなど、効率的で効果的な海難救助に努めています(平成30年JASREP参加船舶2,197隻)。

保安部・公益社団法人日本水難救済会と連携した救助訓練(H30年8月)

保安部・公益社団法人日本水難救済会と連携した救助訓練(H30年8月)

日本ライフセービング協会シミュレーション審査会の審査協力 H30年11月

日本ライフセービング協会シミュレーション審査会の審査協力 H30年11月

日中SAR協定締結

平成30年10月26日、北京において、「日本国政府と中華人民共和国政府との間の海上における捜索及び救助についての協力に関する協定」(日中SAR協定)の署名が、安倍晋三内閣総理大臣及び李克強中国国務院総理の立ち会いの下、河野太郎外務大臣と李小鵬(り・しょうほう)交通運輸部長との間で行われました。

日中両国はともに「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約」(SAR条約)の締約国であり、SAR条約には、関係国間での捜索救助活動の調整に係る協力等が規定されています。

この協定は、海上における遭難者の捜索救助に関する日中間の協力について定めるものです。この協定の締結により、海上捜索救助分野における日中協力に関する法的枠組みが構築され、関係当局によるこれまで以上に円滑かつ効率的な捜索救助活動が可能となります。

日中SAR署名の様子

日中SAR署名の様子

自己救命策確保の推進

海での痛ましい事故を起こさないためには、

(1)ライフジャケットの常時着用

(2)防水パック入り携帯電話等の連絡手段の確保

(3)118番の活用

の「自己救命策3つの基本」が重要です。

海上保安庁では、引き続き、メディア等さまざまな手段を通じて、「自己救命策3つの基本」の周知・啓発活動を実施しています。

特に、漁船からの海中転落者は、ライフジャケット着用率が低く、過去5年間でみるとライフジャケット非着用者の死亡率は着用者の約4倍となっていることから、漁業者の家族等から結成される「LGL(ライフガードレディース)」と連携したライフジャケット着用の呼びかけによる周知・啓発活動や、海難防止講習会等を通じて、漁業者のライフジャケット着用率の向上を図っています。

また、ライフジャケットは、正しく着用することが大切であるのはもちろんのこと、特に膨張式救命胴衣においては、日頃からのメンテナンスも非常に重要です。海に転落しても膨張しない事故が実際に発生しており、メンテナンスの重要性についても周知・啓発に努めています。

なお、船舶職員及び小型船舶操縦者法施行規則の一部改正により、平成30年2月1日以降、小型船舶の船室外の甲板上では、原則、すべての乗船者にライフジャケットを着用させることが船長の義務になりました。(2022年2月1日以降、違反点2点が付されます。)

その他の自己救命策についても、海上安全教室の開催や各種イベントでの海上保安庁ブースの設置等により周知・啓発活動を行い、救助率の維持・向上に努めています。

118番啓発ポスター

118番啓発ポスター

「LGL(ライフガードレディース)」との連携(H30年2月三重県)

「LGL(ライフガードレディース)」との連携(H30年2月三重県)

海上保安庁として初!!潜水士が人事院総裁賞(個人部門)を受賞

人事院総裁賞を受賞したのは、“現役最高齢”潜水士の小樽海上保安部「巡視船ほろべつ」所属の金澤正信潜水士(50歳)です。

金澤潜水士は、心身の鍛錬を怠らず、北海道という厳しい環境下において、28年間もの長きにわたり潜水士として数多くの救助活動に従事すると共に、東日本大震災では、85日間、166時間の潜水捜索を行っているほか、後進の指導・育成に精力的に取り組み、他機関潜水士の模範にもなるなど、公務の信頼確保に大きく貢献した功績が認められ、平成30年度人事院総裁賞(個人部門)を受賞しました。

*所属等は受賞当時のもの
夜間の氷下潜水捜索訓練

夜間の氷下潜水捜索訓練

海上保安庁長官(左)・一宮人事院総裁(右)との記念撮影

海上保安庁長官(左)・一宮人事院総裁(右)との記念撮影