海上保安レポート 2023

はじめに


TOPICS 海上保安の一年


特集 海上保安能力のさらなる強化


海上保安庁で働く「人」


海上保安庁の任務・体制


■本編

1 治安の確保

2 生命を救う

3 青い海を守る

4 災害に備える

5 海を知る

6 海上交通の安全を守る

7 海をつなぐ


語句説明・索引


図表索引


資料編

2 生命を救う > CHAPTER II. 救助・救急への取組
2 生命を救う
CHAPTER II. 救助・救急への取組
海難救助の特殊性

海上で発生する事故への対応は、陸上の事故と比べ様々な違いがあります。

①救助勢力の現場到着までの時間

海上保安庁が管轄する海域は非常に広大であるとともに、現場に向かう巡視船艇・航空機の速力は気象・海象に大きく左右されるため、海難発生海域と巡視船艇・航空機の位置関係によっては現場到着に時間がかかることがあります。

②海上における捜索の困難性

広大な海において、遭難者や事故船舶を発見することは容易ではありません。海に住所はないため、事故にあった遭難者本人ですらも、今自分がどこにいるかを把握することは難しく、風や海潮流の影響により常にその位置は、移動し続けます。また、夜間はもちろんのこと、日中であっても日光の海面反射や遭難者の服装、船体の大きさによっては捜索者から視認しにくい場合があります。これらに加え、荒天時には、捜索の対象が波間に隠れるなど、捜索の困難度はさらに高くなります。

③海上における救助の困難性

船上の傷病者等を救助する場合は、巡視船又は航空機から常に揺れて流されている船舶に乗り移る際に危険が伴います。また、海面にいる遭難者を泳いで救助する必要がある場合は、遭難者がパニックに陥っていることもあります。転覆した船舶や沈没した船舶等に取り残された方を救助する場合は、潜水士等が障害物の多い船内を潜水して救助する必要があります。

④傷病者の重症化

海上では、傷病者はすぐに病院へ行くことができず、我慢ができなくなってから救助要請を行うことが多いため、陸上と比較すると通報の時点で重症となっている場合が多い傾向にあります。

⑤現場から搬送先までの時間

広大な海において、要救助者の搬送は、長距離・長時間の対応となる場合が多いです。加えて、巡視船艇による搬送では、波やうねりの影響により、常に動揺があり、航空機による搬送では、搭乗できる人数や搭載できる装備に制限があります。また、機内は狭く、騒音や振動、気圧の変化の影響を受けます。


以上の特殊性がある海上において一人でも多くの命を救うため、救助・救急体制の強化、民間救助組織等との連携・協力に努めるとともに、自己救命策の確保の周知・啓発等に取り組んでいます。

海上保安庁では、これらの取組等により、海難救助に万全を期してまいります。

海上保安庁の海難救助体制
1 海難情報の早期入手

海上保安庁では、海上における事件・事故の緊急通報用電話番号「118番」を運用するとともに、携帯電話からの「118番」通報の際に、音声とあわせてGPS機能を「ON」にした携帯電話からの位置情報を受信することができる「緊急通報位置情報通知システム」を導入しています。

また、聴覚や発話に障がいをもつ方を対象に、スマートフォンなどを使用した入力操作により海上保安庁への緊急時の通報が可能となる「NET118」というサービスを導入しています。

さらに海上保安庁では、世界中のどの海域からであっても衛星等を通じて救助を求めることができる「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)」に基づき、24時間体制で海難情報の受付を行っています。

今後も、これらのツールを有効に活用しながら、海難情報の早期入手と初動対応までの時間短縮に努めていきます。

2 海上保安庁の救助・救急体制

海難救助には、海上という特殊な環境の中で、常に冷静な判断力と『絶対に助ける』という熱い思いが必要とされます。

海上保安庁では、巡視船艇・航空機を全国に配備するとともに、救助・救急体制の充実のため、潜水士機動救難士特殊救難隊といった海難救助のプロフェッショナルを配置しており、実際に海難が発生した場合には、昼夜を問わず、現場第一線へ早期に救助勢力を投入し、迅速な救助活動にあたります。

潜水士(Rescure Divers)

転覆した船舶や沈没した船舶等に取り残された方の救出や、海上で行方不明となった方の潜水捜索などを任務としています。潜水士は、全国の海上保安官の中から選抜され、厳しい潜水研修を受けた後、全国22隻の潜水指定を受けた巡視船艇で業務にあたっています。

機動救難士(Mobile Rescue Technicians)

船上の傷病者や、海上で漂流する遭難者等をヘリコプターとの連携により迅速に救助することを主な任務としています。機動救難士は、ヘリコプターからの高度な降下技術を有するほか、隊員の約半数が救急救命士の資格を有しており、全国10箇所の航空基地等に配置されています。

特殊救難隊(Special Rescue Team)

火災を起こした危険物積載船に取り残された方の救助や、荒天下で座礁船に取り残された方の救助等、高度な知識・技術を必要とする特殊海難に対応する海難救助のスペシャリストです。特殊救難隊は38名で構成され、海難救助の最後の砦として、航空機等を使用して全国各地の特殊海難に対応します。(昭和50年10月の発足からの累計出動件数:5,753件(令和5年3月末時点))

3 捜索能力の向上

我が国の広大な海で一人でも多くの命を守るためには、海中転落者や海面を漂う船等がどの方向に流れていくかを予測することが重要となります。

海上保安庁では、測量船等による海潮流の観測データを駆使し、気象庁の協力も得て、漂流予測の精度向上に努めており、気象条件、漂流目標の種類等により、国際基準に基づいた捜索区域を自動で設定する「捜索区域設定支援プログラム」を当庁独自で開発し、当該プログラムを活用することで、より効率的かつ組織的な捜索活動に努めています。

4 救急能力の向上

海上保安庁では、海難等により生じた傷病者に対し、容態に応じた適切な処置を行えるよう、専門の資格を有する救急救命士を配置するとともに、平成31年4月1日から、「救急員制度」を創設し、応急処置が実施できる救急員を配置するなど、救急能力の充実強化を図っています。また、全国各地の救急医療に精通した医師等により、救急救命士及び救急員が行う救急救命処置等の質を医学的・管理的観点から保障し、メディカルコントロール体制を構築することで、さらなる対応能力の向上を図っています。

海上保安庁メディカルコントロール協議会総会

海上保安庁メディカルコントロール協議会総会

医師と救急救命士が連携した洋上救急活動

医師と救急救命士が連携した洋上救急活動

5 関係機関及び民間救助組織との連携

我が国の広大な海で、多くの命を守るためには、日頃から自衛隊・警察・消防等の関係機関や民間救助組織と緊密に連携しておくことが重要です。特に、沿岸域で発生する海難に対しては、迅速で円滑な救助体制が確保できるように、公益社団法人日本水難救済会や公益財団法人日本ライフセービング協会等の民間救助組織との合同訓練等を通じ、連携・協力体制の充実に努めています。このほか、大型旅客船内で多数の負傷者や感染症患者が発生した場合を想定した訓練を、関係機関と合同で行っています。

関係機関等との合同訓練

関係機関等との合同訓練

救急員単独による応急処置について〜救急勢力の拡充〜

平成31年の「救急員制度」の創設以来、海上保安庁における救急員は、随伴する救急救命士がいることを前提に、「救急救命士を補助」する形でしか応急処置を行うことができませんでした。その後、限られた処置しか認められていなかった中でも着実に救急員の実績を積み重ねたことにより、令和3年8月、海上保安庁メディカルコントロール協議会において、海上保安庁の念願であった救急員「単独」による応急処置の実施が認められました。この認定は、海上保安庁の救急勢力を拡充する大きな一歩です。

これを踏まえ、現在、救急救命士が配置されていない巡視船艇(潜水指定船)への救急員配置を新たに進めており、令和5年3月までに、機動救難士等が配置されている各航空基地を含めて、83名の救急員を全国に配置しています。

救急員単独による応急処置の事例として、令和3年8月に新潟航空基地所属の救急員機動救難士)により対応した事例があります。本件は、石川県能登半島約135キロメートル沖を航行中の漁船から、傷病者をヘリコプターにて吊上げ救助し、約40分の搬送の間、機内にて観察や酸素投与などの応急処置を実施し、医師へ引き継いだものです。当該事案対応にあたり、救急員は、研修や今までの現場における経験を活かし、適切な応急処置を実施しました。

上記事例のほかにも、令和5年3月末までに、全国で161症例の救急員単独による応急処置を実施しており、着実に実績を積み重ねております。

海上保安庁では、引き続き「仁愛」の精神を胸に、一人でも多くの命を繋いでいくために、歩みを止めることなく救急能力の向上に取り組んでいきます。

救急員による応急処置の状況

救急員による応急処置の状況

救急員による観察の状況

救急員による観察の状況

6 他国間との救助協力体制

我が国遠方海域で海難が発生した場合には、迅速かつ効果的な捜索救助活動を展開するため、中国、韓国、ロシア、米国等周辺国の海難救助機関と連携・調整の上、協力して捜索・救助を行うとともに、「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約(SAR条約)」に基づき、任意の相互救助システムである「日本の船位通報制度(JASREP)」を活用し、要救助船舶から最寄りの船舶に救助協力を要請するなど、効率的で効果的な海難救助に努めています(令和4年JASREP参加船舶2,132隻)。

また、海上保安庁は、我が国の主管官庁として、平成5年にコスパス・サーサットシステムの運用に参加しており、衛星で中継された遭難警報を受信するための地上受信局をはじめとする設備を維持・管理しています。さらに、北西太平洋地域(日本、中国、香港、韓国、台湾及びベトナム)における幹事国として、他の国・地域に対する遭難警報のデータ配信や同システムの運用指導等を行うなど、国際的に重要な責務を果たしており、同システムの運用により、令和3年には北西太平洋地域で215人の人命救助に貢献しています。

* 遭難船舶等から発信された遭難警報を衛星経由で陸上救助機関に伝えるためのシステムであり、現在、45の国・地域が参加する政府間機関「コスパス・サーサット」によって運用されている。

自己救命策の確保の推進〜事故から命を守るために〜

海での痛ましい事故を起こさないためには、「自己救命策3つの基本」が重要であるほか、「家族や友人・関係者への目的地等の連絡」も有効な自己救命策の一つです。

●自己救命策3つの基本
①ライフジャケットの常時着用

船舶からの海中転落者について、過去5年間のライフジャケット非着用者の死亡率は着用者の約4倍となっていることからも分かるように、海で活動する際にライフジャケットを着用しているか否かが生死を分ける要素となります。そのため、船舶乗船時に限らず、海で活動する際には、ライフジャケットの常時着用についてお願いしています。なお、ライフジャケットは、海に落ちた際に脱げてしまったり、膨張式のライフジャケットが膨らまなかったりするといったことがないように、保守・点検のうえ、正しく着用することが大切です。

②防水パック入り携帯電話等の連絡手段の確保

海難に遭遇した際は、救助機関に早期に通報し救助を求める必要がありますが、携帯電話を海没させてしまい通報できない事例があるため、対策としてストラップ付防水パックを利用し、携帯電話を携行することが重要です。

③118番・NET118の活用

海上においては目標物が少なく自分の現在位置を伝えることは難しいことがあります。救助を求める際は、GPS機能を「ON」にした携帯電話で遭難者自身が118番に直接通報することにより、正確な位置が判明し、迅速な救助につながった事例があります。

●家族や友人・関係者への目的地等の連絡

海に行く際には、家族や友人・関係者に自身の目的地や帰宅時間を伝えておくほか、現在位置等を定期的に連絡することも、万が一事故が起きてしまった場合に、家族等周囲の人々が事故に早く気づくきっかけとなり、速やかな救助要請、ひいては迅速な救助につながります。

自己救命策の周知・啓発活動

海上保安庁では、海を利用する人が自らの命を守るためのこれら方策について、地元自治体、水産関係団体、教育機関等と連携・協力した講習会や、沿岸域の巡回時のみならず、メディア等さまざまな手段を通じて周知・啓発活動を行っています。

講習会の様子

講習会の様子