第5章 海洋環境の保全と海上防災 T 海洋汚染の現状と防止対策
1 海洋汚染の発生確認の状況等
10年に我が国周辺海域において海上保安庁が確認した海洋汚染の発生件数は697件であり、昭和48年に統計を取り始めて以来、最少の件数となった(第2―5―1図参照)。
10年に確認した海洋汚染の態様は、次のとおりである。
ア 油による汚染は388件で、全体の56%を占めており、これを海域別に見ると第2―5―2図のとおりである。
排出源は、船舶からのものが大半を占め、排出源不明のものも、発見場所や浮流状態から見て、そのほとんどが船舶からのものであると推定される。
また、船舶からの排出と確認された289件の原因は、故意及び取扱不注意といった人為的なものが半数以上である(第2―5―3、4図参照)。
イ 油以外のものによる汚染は283件で、全体の40%を占めている。その内訳は、廃棄物211件、有害液体物質46件、工場排水等26件となっており、その原因のほとんどが故意によるものである。
ウ 赤潮は26件で全体の4%を占めており、瀬戸内海(大阪湾を除く)、伊勢湾において多く確認されている。
2 海洋環境の保全指導と監視取締り
(1) 海洋環境保全のための監視取締り
海上保安庁では、
- 船舶からの油、有害液体物質の違法排出
- 廃船、廃棄物の不法投棄
- 臨海工場からの汚水の違法排出
- 排他的経済水域における外国船舶による油の違法排出
を重点取締対象とし、東京湾、伊勢湾、瀬戸内海等の船舶がふくそうする海域、タンカールート海域等の海洋汚染の発生する可能性の高い海域への巡視船艇、航空機の重点的な配備、海空からの監視が行いにくい沿岸部における工場排水、廃棄物等に対しての陸上から監視取締り、期間を定めた「海上環境事犯一斉取締り」(6月及び11月)等の海陸空一体となった海洋汚染の監視取締りを実施している。
10年における海上環境関係法令違反の送致件数は814件で、海洋汚染防止法違反が500件と大部分を占めており、次いで廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反が188件、港則法違反が106件と続いており、船舶からの油の違法排出、陸上や船舶からの廃棄物の不法投棄、臨海工場からの汚水の違法排出等の事犯が主なものであった。
特に10年は、陸上発生廃棄物の海域への投棄事犯(前年比69件増)、廃船の不法投棄事犯(前年比70件増)が大幅に増加しており、また、船舶からの油の違法排出事犯においては油記録簿等を改ざんし適正に処理したように見せかけたもの、廃船の不法投棄事犯では投棄した船舶の船名、検査済票の番号等を隠蔽し投棄したもの、廃棄物の不法投棄事犯では湾奥部、入り江等の人目に付きにくい海域への建設廃材等廃棄物の投棄など悪質、巧妙な事犯が跡を絶たず、監視取締りを一層強化していく必要がある。
また、海上環境事犯は、監視取締りが厳しくなるに従い、その目を逃れるため手口がますます巧妙となり潜在化する傾向が見られるため、赤外線捜索監視装置等の監視取締り用資器材の整備等により監視取締り体制の充実を図っていく必要がある。
<事例>
10年11月、若松海上保安部は、タンカーを立入検査した際、油記録簿に油の取扱いに関する作業の記載がなかったことから、説明を求めた結果、貨物油洗浄水の排出禁止海域にて洗浄水を夜陰に乗じ違法排出していたことが判明したため、船長を「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」違反の容疑で検挙した。
<事例>
10年6月、境海上保安部は、沿岸巡視中に大量のコンクリート片を発見、投棄者を割り出した結果、工事業者が水道工事に伴い生じ不要となったコンクリート片約30トンを投棄していたことが判明したため、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」違反の容疑で検挙した。
<事例>
10年10月、水島海上保安部は、水島港内に排出される排水がアルカリ性を呈していたことから、排出源等を捜査した結果、コンクリート製造業者が、pH(水素イオン濃度)について排水基準を大幅に超える強アルカリの汚水を海域に排出していたことが判明したため、「水質汚濁防止法」違反の容疑で検挙した。
(2) 海洋環境の保全指導
ア 海洋環境保全思想の普及・啓発
海洋汚染の大半は油取扱時の不注意による排出、廃棄物の故意による投棄等の人為的要因により発生しており、海洋環境保全の重要性に対する認識がいまだ十分であるとは言えない状況にある。また、今日では、事業者等の活動を原因とする環境問題だけではなく、国民の一般生活に伴い発生する廃棄物の排出等軽微な環境負荷の集積によって生じる環境問題に対しても対応していく必要がある。
このため、海上保安庁では、海事関係者はもとより広く一般市民をも対象とした海洋環境保全思想の普及・啓発活動に力を入れており、訪船等による油、有害液体物質等の排出事故防止、ビルジ等の適正処理等の指導を行っているほか、全国各地での海洋環境保全講習会(10年においては658か所計48,651名)を通じて、海洋環境保全の重要性等を呼び掛けている。
また、6月及び11月には「海洋環境保全推進週間」を設け、10年は3,620隻を訪船するとともに、261か所(15,942名)において海洋環境保全講習会を開催し、廃棄物及び廃船の適正処理、ゴミの投棄防止等について指導を行ったほか、公共施設、各種イベント会場への海洋環境保全コーナーの設置、パンフレット等の配布を実施した。特に6月5日の「環境の日」に併せた「海洋環境保全推進週間」においては、主に一般市民を対象に海洋環境保全講習会を開催しており、7年以来開催回数、参加人数とも増加の傾向にあり、海洋環境に対する関心の高まりがうかがえる(2―5―5図参照)。
イ 廃船問題
船舶の不法投棄については、原因者の廃船の適正処理に対する意識の欠如及び廃船の適正処理体制の未確立が主な原因であると考えられる。
このため、海上保安庁では、7年度から船舶の不法投棄について、不要となった船舶の早期適正処理を指導する内容等を記載した「廃船指導票」(オレンジシール)を当該船舶に貼付することにより、原因者による自主的かつ円滑な処理の促進を図っている。
海上保安庁が10年に確認した投棄船舶は、1,512隻(うち10年に新たに確認した投棄船舶(以下「新規確認船舶」という。)921隻)で、このうち891隻(うち新規確認船舶673隻)に対して廃船指導票の貼付による適正処理指導等を行った結果、741隻(うち新規確認船舶568隻)が処理された。
さらに、関係機関等に対し、協議の場を通じ、それぞれの地域に適した廃船の適正処理体制の確立等を求めているところである。
ウ 他機関への支援
(社)日本海難防止協会及び(財)海上保安協会共催により、主として海事・漁業関係者を対象に実施されている「海洋汚染防止講習会」に対して、海上保安庁では引き続き協力を行うこととしている。
また、8年度から(財)海上保安協会の事業として「海洋環境保全に関する推進事業」が実施されており、全国に配置されたボランティアである統括海洋環境保全推進員(11名)及び海洋環境保全推進員(570名)が、地方公共団体・企業等が行う海洋環境保全関連行事及び地域ボランティア活動等に積極的に参画するとともに、各地区における一般市民等への海洋環境保全思想の普及・啓発活動等を行っている。海上保安庁では、同事業に対して積極的な支援を行っている。
(3) 外国船舶による海洋汚染の防止対策
国連海洋法条約の締結に際し、排他的経済水域及び大陸棚に関する法律等を整備したことにより、8年7月20日から、我が国においても、領海に加え、排他的経済水域及び大陸棚における外国船舶等による海上環境事犯について、一定の条件の下に海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律(以下「海洋汚染防止法」という。)等を適用して取締りを実施している。
また、その際には、船舶の航行の利益を考慮し、違反者の刑事手続継続のための出頭等を担保する担保金等の提供を条件として速やかに釈放を行う早期釈放制度(担保金制度)を適用している。
国連海洋法条約が日本で発効してから、11年7月19日で3年が経過した。この3年間に、海上保安庁が海上環境関係法令違反で検挙し、担保金制度を適用した外国船舶は、133隻に達し、また、海上保安官が告知した担保金の総額は1億2,300万円となった。
海上保安庁が、10年に我が国周辺海域において確認した外国船舶による海洋汚染の発生件数は80件であり、このうち油による海洋汚染77件について海域別に見ると、我が国領海内が55件、領海外が22件となっている(第2―5―1表参照)。
海上保安庁が10年に検挙した外国船舶による海上環境関係法令違反は44件であり、これらに担保金制度を適用した。
さらに、我が国の法令を適用できない公海での外国船舶による油の違法排出等については、国際条約に基づき、当該船舶の旗国に対して違反事実の通報を行い適切な措置を求める旗国通報制度を適用しており、10年は10件の旗国通報を行った。我が国は、旗国通報を昭和46年から実施し、10年末までにその数は535件に達している。
<事例>
10年10月、那覇航空基地所属航空機が、沖縄島北方の排他的経済水域において油を排出しながら航行しているパナマ籍貨物船を現認した。
同船の呉港入港後、呉海上保安部が排出原因等を捜査した結果、四等機関士が、整備不十分の油水分離器を用いてビルジ処理の作業に当たり、ビルジを違法に排出したことが判明したため、同人を「海洋汚染防止法」違反の容疑で検挙し、担保金(100万円)の提供により早期に釈放した。
海上保安庁では、巡視船艇・航空機のタンカールート海域等への配備、巡視船艇・航空機の連携等による効率的な運用を推進することにより、領海内及び排他的経済水域内における監視取締り体制の更なる充実を図っている。
さらに、外国船舶による海洋汚染の防止のため、訪船時等あらゆる機会を利用し、外国船舶の乗組員に対する関係法令の周知及び油排出事故等の防止指導を行っている。
3 廃棄物問題への対応等
(1) 廃棄物の海洋への排出状況等
海上保安庁では、海洋汚染防止法に基づき、廃棄物の排出に常用される船舶の登録等を行っているほか、一定の有害液体物質の事前処理の確認並びに廃棄物の排出、油等の焼却及び船舶等の廃棄に関する計画について確認を行っている。
ア 廃棄物排出船の登録
10年末現在、廃棄物排出船の登録隻数は891隻で、これらにより10年中に海域に排出された廃棄物の量は約2,920万トンであった(第2―5―6、7図参照)。
イ 有害液体物質の事前処理の確認
有害液体物質(注)のうち、特に有害度の高いA類物質等については、その排出に当たり実施する事前処理(注)が一定の基準に適合することについて、海上保安庁長官又は海上保安庁長官の指定した者(指定確認機関)の確認を受けなければならないことになっている。
10年におけるA類物質等の事前処理の確認は、15物質、延べ714件であった(第2―5―8図参照)。
注 有害液体物質 油以外の液体物質のうち、海洋環境の保全の見地から有害である物質として政令で定める物質であって船舶によりばら積みの液体物質として輸送されるもの及びこれを含む水バラスト、貨物艙の洗浄水等をいい、有害度に応じてA類からD類までに4分類されている。
現在、次の563物質が有害液体物質となっている。
A類物質:クレゾール、ナフタレン等61物質
B類物質:アクリル酸メチル、クロロホルム等121物質
C類物質:ベンゼン、硝酸等153物質
D類物質:塩酸、乳酸等228物質
※ なお、A類からD類までに分類される有害液体物質以外にも環境庁長官により、その有害度がA類からD類までのいずれかと同程度であると査定される物質がある。
注 A類物質等の事前処理 A類物質等を揚荷した貨物艙の洗浄水中の残留濃度が一定値以下になるまで貨物艙を洗浄し、又は一定の洗浄機を用いて一定のサイクル数以上作動させて貨物艙を洗浄した後、当該洗浄水を陸揚げすること。
(2) 廃棄物問題への対応
10年の海上環境関係法令違反の送致件数のうち、廃棄物の処理及び清掃に関する法律違反は188件で、前年(119件)に比べて大幅に増加しており、産業廃棄物最終処分場のひっ迫などの問題から、今後も増加することが懸念される。
このため、海上保安庁では、廃船の適正処理問題を含めた廃棄物の不法投棄防止対策を海洋環境保全対策の重要課題としてとらえ、関係法令に基づき環境行政を行う地方公共団体等との連携強化に努めており、各管区においては、関係自治体・警察と合同で空から廃棄物の不法投棄の状況を調査する「スカイパトロール」を実施するなど、廃棄物の不法投棄問題に対応している。
海洋環境保全に係る廃棄物の適正処理連絡協議会の設立
第七管区海上保安本部(北九州市)は、同管区本部の区域内にある5県7市に呼び掛け、11年4月20日に「海洋環境保全に係る廃棄物の適正処理連絡協議会」を設立させた。この協議会では、海洋環境の保全に係る廃棄物の海洋投入処分、FRP廃船の処理問題等について積極的に情報交換を行うとともに、これらの廃棄物の適正処理及び不法投棄防止を推進するために必要な事項について協議することとしている。
4 海洋環境保全に係る調査
海上保安庁では、海水、海底堆積物、廃油ボールの漂流・漂着状況、海上漂流物調査等様々な調査を実施し、海洋汚染に係るバックグランドデータの収集を行っている。
(1) 海洋環境状況把握のための調査
地球温暖化は、各種の地球環境問題の中でも特に深刻な影響を人類社会や生態系に与えるものと懸念されている。
地球表面の約7割を占める海洋は、温暖化に対して多大な影響を及ぼしていると考えられているため、その機構を解明する必要がある。
こうした中、我が国の代表的な海洋調査機関である海上保安庁では昭和58年から、ユネスコ・政府間海洋学委員会(IOC)の決定に基づき、日本、米国、オーストラリア等太平洋沿岸各国が実施している西太平洋海域共同調査(WESTPAC)に参加し、本州南方から赤道域において測量船による水温、塩分、海流、波浪及び海洋汚染の定常モニタリング観測等を実施している。
また、9年度から、3か年計画による北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究により、北太平洋亜寒帯域における海洋構造とその変動及び海水・洋上大気中の二酸化炭素含有量等を把握するため、北緯47度線に沿った観測線上の海洋観測を実施しているほか、亜熱帯循環系に関する総合調査研究として、夏冬の年2回による四国沖からパラオ南方に至る亜熱帯海域において、海流、水温、海水中の二酸化炭素含有量等を対象とした海洋観測を10年度まで実施した。
このほか、国際学術連合会議(ICSU)の中に設置された、南極研究科学委員会(SCAR)の調整のもとに実施されている日本南極地域観測では、南極海の海洋構造を把握するための海洋定常観測及び漂流ブイの追跡調査を実施している。
さらに、地球温暖化に伴って生じるとされている海面上昇の実態把握等のため、海上保安庁が保有する全国29か所の験潮所及び南極昭和基地において潮位観測を行っているほか、8年度からは海洋測地基準点(石垣島ほか3か所)と至近験潮所の高さを人工衛星測地技術で比較することにより、地球重心からの海面の高さの絶対値を年1か所ずつ求めることとしている。
日本海洋データセンター(JODC)は5年7月に日米包括経済協議のコモン・アジェンダの一つとして取り上げられた「地球観測情報ネットワーク(GOIN)」及び地球温暖化問題に関する調査研究に参画し、海洋データ・情報の迅速な流通に貢献している。
(2) 海水・海底堆積物の汚染調査
海洋汚染の防止及び海洋環境の保全のための科学的調査として、昭和47年以後、我が国周辺海域、閉鎖性の高い海域及び海洋汚染防止法で定められた廃棄物排出海域(A海域)において、海水・海底堆積物の調査を定期的に実施している。
最近の調査結果によれば、海水中の油分については、いずれの海域においても低い濃度レベルで推移しており、また、重金属については、天然の濃度レベルの範囲にあった。海底堆積物中の油分及び重金属等については、内湾域の湾奥部でやや高い濃度が見られるものの、全般的には低い濃度レベルで推移している。
11年度からは、近年、社会問題となっている内分泌攪乱化学物質(環境ホルモン)の一つであるPCBについて、日本周辺海域及び東京湾等の主要な湾においても調査を開始するなど、調査体制を強化することとしている。
さらに、従来から我が国周辺海域等における海水及び海底土中の放射能調査を実施しており、また、5年度からは、旧ソ連・ロシアが日本海に投棄した放射性廃棄物の影響を把握するため、日本海及びオホーツク海において放射能調査を毎年実施してきている。これまでの調査結果では、いずれについても特に放射能汚染は認められていない。
(3) 廃油ボールの漂流・漂着状況の調査
海上保安庁は、廃油ボールの実態を把握するため、油、重金属等による海洋汚染を世界的に常時監視するための海洋汚染モニタリング計画(MARPOLMON)の一環として、国際的に統一された観測手法に基づき定期的に我が国周辺海域及び沿岸部における廃油ボールの漂流・漂着状況について調査している。
10年の廃油ボール漂流・漂着状況調査によれば、漂流は南西諸島の増加により前年に比べ増加しており、また、漂着については、九州西岸及び南西諸島での増加により前年に比べ増加している(第2―5―9図参照)。
(4) 海上漂流物の実態調査
近年、海洋におけるビニール、発泡スチロール等による海洋生物への被害等海上漂流物による海洋汚染の問題が世界的にも関心を集めていることから、海上保安庁では実態を把握するため、3年1月から我が国周辺海域の15定線において定期的に巡視船による目視調査を実施している。
10年の海上漂流物の実態調査結果によれば、全体の約85%を発泡スチロール、ビニール類等の石油化学製品が占めており、前年に比べて確認した漂流物の平均個数は約30%増加した。(第2―5―10図参照)。
U 海上災害の現状と防災対策
我が国は、主要資源の多くを輸入に頼らざるを得ないことなどから、原油や液化ガス等が専用船により狭あいな航路内を大量に海上輸送され、さらには、その海域が、貨物船、漁船等様々な船舶がふくそうしている状況にある。このため、我が国周辺海域においては、船舶の衝突等の海難による大量の油排出や海上火災等の海上災害が発生する蓋然性は高く、ひとたび発生した場合には、重大な被害の発生が懸念される。
このような状況の中、9年1月の日本海におけるナホトカ号海難・流出油災害、同年7月の東京湾におけるダイヤモンドグレース号底触・油流出事故等、近年我が国周辺海域では大規模な油流出事故が続発している。
海上保安庁では、これら事故に対し巡視船艇・航空機を動員し、現場海域の監視警戒、排出油の調査及び防除措置等を実施しているが、今後ともこれらの事故等を踏まえつつ海上防災体制の更なる強化を図っていくこととしている。
1 海上災害の発生状況
(1) 油排出事故の発生状況
10年は、防除措置が講じられた油排出事故が245件発生し、この油排出事故を船種別に見ると、貨物船が59件と多く全体の24%を占めている(第2―5―11図参照)。
(2) 船舶火災の発生状況
10年は、船舶火災が107件発生し、この船舶火災を船種別に見ると、漁船が62件と依然として多く、全体の58%を占めている(第2―5―12図参照)。
2 排出油の防除対策
(1) 排出油防除体制の整備
油の排出による汚染事故に関しては、海洋汚染防止法に基づき、油を排出した船舶の所有者等の原因者に対して防除責任を課すとともに、タンカー等に排出油防除資機材等の備付けを義務付けている。
海上保安庁は、原因者、海上災害防止センター等防除措置の実施者への指導・助言等を行うとともに、原因者側の対応が不十分なときは、自ら排出油の防除を行うなど被害を最小限に食い止めるための措置を講ずることとしている。
10年は、4月に、油防除等の専門家からなる横浜機動防除基地を新設させたほか、5月の海洋汚染防止法の一部改正、また、同法に基づく排出油防除計画の見直し等により、迅速な油防除措置の実施が可能となるよう体制の強化等を図っているところである。
(2) 排出油防除資機材等の整備
海上保安庁では、油排出事故に的確に対応するため、全国主要部署に排出油防除資機材等を配備しており、また、タンカー等の所有者及び一定規模以上の油保管施設等の設置者に対し、海洋汚染防止法に基づき適切な排出油防除資機材等を備え付けるよう指導する等により排出油防除体制の整備を推進している。
また、ナホトカ号海難・流出油災害等大規模油流出事故を踏まえ、外洋においても対応可能な大型油回収装置や高粘度の油にも対応できる油回収装置等必要な防除資機材の整備を実施している。
(3) 沿岸海域環境保全情報の整備
「1990年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約(OPRC条約)」の締結に伴い、7年12月に「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画」が閣議決定されたが、この中では、油流出時における的確な対応に必要な情報の整備が求められている。
このため、海上保安庁では、沿岸海域環境保全情報の整備として、9年度から沿岸域の自然的・社会的情報等のデータベース化を進めるとともに、油の拡散・漂流予測結果と組み合わせて電子画面上に表示できるシステム(沿岸域情報管理システム)の構築を行い、11年4月1日から、そのシステムの運用を開始した。
漂流予測精度向上への取組について
9年1月に発生したナホトカ号海難・流出油災害等を契機に、漂流予測の重要性が再認識されており、さらに捜索救難活動においても、より一層的確な救難活動を実施するための精度の高い漂流予測が求められているところである。これらに対応するため、海上保安庁では、漂流予測精度向上に向けて、研究開発を行うとともに、その実用化に必要な方策等について検討を行った。
その具体的方策として、第一に、より迅速な漂流予測を実施するための情報伝達体制の確立、第二に、より高度な海況把握手法・漂流予測手法を確立するための「データアシミレーションによる海況把握手法の研究」及び「漂流予測モデルの開発研究」を行うなど、漂流予測計算手法の改良強化、第三に、現場へ急行した巡視船からリアルタイムに海象、風等のデータ取得ができる「船舶観測データ集積・伝送システム」の整備を図ることなどによる漂流予測精度向上に必要なデータの蓄積方策を掲げ、これら方策の実現を図るための検討を進めることとしている。 |
(4) 関係機関相互の協力体制の強化
油の排出による汚染を最小限に食い止めるためには、官民の関係者が一体となった対処が極めて重要である。このため、官民合同の調整・防除機関として、排出油の防除に関する協議会等の防災組織が、10年度末現在、全国に111設置されており、関係機関相互の連絡の緊密化を図り、事故対策の調整、資機材等の備蓄整備、海上防災訓練の実施等が行われている。今後とも、海上保安庁では、これら協議会等の体制の強化に取り組んでいくこととしている。
また、OPRC条約の締結に際し、7年5月に設置した「油汚染事件に対する準備及び対応に関する関係省庁連絡会議」(事務局:海上保安庁)において、ナホトカ号海難・流出油災害等の教訓を踏まえて、同条約の規定に基づく国家的な緊急時計画の全面的な改定(9年12月閣議決定)の取りまとめを行ったところであり、引き続き油汚染事件への準備及び対応に関し必要な連絡、調整等を行うこととしている。
3 有害液体物質等の防除対策
有害液体物質等は、その種類も多く、性状及び取扱いも多岐にわたることから、これらを輸送する船舶の海難等により排出事故が発生した場合には、それぞれの物質に応じた適切な防除措置を講ずる必要がある。
海上保安庁では、船舶所有者に対し排出事故等が発生した場合の通報を指導しているほか、海上災害防止センターに対し、防除技術に関する調査研究、船舶所有者等から委託を受けて行う防除措置の実施体制の整備を指導している。
4 海上消防対策
海上保安庁は、全国各地の海上保安部署に消防船艇を始め、消防能力を有する巡視船艇を配備し、消火や延焼の防止のための措置等を講じている。
さらに、原油、LPG、LNG等の危険物を積載した大型タンカーが海上交通安全法に定める航路を航行する場合には、所要の消防能力を有する船舶を配備するよう指示しているほか、荷役中の場合にも一定の消防能力を確保するよう指導し、海上消防体制の確保を図っている。
また、消防機関との間では、事故情報の相互通報、責任範囲等を内容とする船舶火災に関する業務協定を締結しており、相互の協力により消火活動を的確に実施することとしている。なお、臨海部の火災についての消防機関の要請についても、積極的に対応することとしている。
5 大型タンカーバースの防災対策
載貨重量トン数50,000トン以上の油タンカー用バース及び総トン数25,000トン以上の液化ガスタンカー用バースについては、荷役時の事前打合せの励行、防災用資機材の整備、警戒船の配備等を指導している。
また、載貨重量トン数100,000トン以上の油タンカー用バース及び25,000総トン以上の液化ガスタンカー用バースの建造に際しては、海上における安全防災上の見地から防災資機材等の配備計画、離着桟時の安全防災対策等について指導を行っている。
なお、10年は、8月30日から9月30日までの間、大型タンカーバース148か所の一斉点検を行い、荷役安全管理体制等について、調査するとともに、安全防災対策に関する指導徹底を図った。
6 国家石油備蓄基地の防災対策
国家石油備蓄基地には、陸上タンク方式による陸上備蓄(4基地)、地中タンク方式による地中タンク備蓄(1基地)、洋上タンク方式による洋上備蓄(2基地)及び地下貯蔵方式による地下備蓄(3基地)の4種類があり、10基地が操業中である。
海上保安庁では、これらの備蓄基地の計画段階から、各備蓄方式の特殊性に応じた海上防災体制の整備強化について指導を行ってきており、むつ小川原基地等の4基地、上五島基地及び白島基地の2基地、志布志基地及び串木野基地の2基地において、それぞれ共同で海上防災に必要な資機材等を配備・運用する広域共同防災体制が整備されている。
7 海上災害防止センター
海上災害防止センターは、運輸大臣の認可を受け、昭和51年に設立された海上防災の実施に関する民間の中核機関であり、排出油等防除措置(注)のほか、次の業務を行っている。
ア 機材業務
海上防災に必要な資機材(油回収船、大型油回収装置、オイルフェンス、油処理剤、油吸着材等)の保有、船舶所有者その他の者の利用に供する業務(第2―5―16図参照)
イ 海上防災訓練業務
タンカーに乗り組む上級船舶職員、石油関連施設の従業員等に対する消防実習、油防除実習などの各種研修訓練の実施業務(10年度末現在約43,000人参加)
ウ 調査研究業務
大規模油流出事故への対応のための防除技術など、海上防災に関する技術についての調査研究業務
エ 情報提供業務
海上防災措置に関する情報の収集、整理及び提供業務
オ 指導助言業務及び国際協力推進業務
海上防災に関する指導・助言業務及び海上防災措置に関する国際協力の推進に資する業務
その他、東京湾におけるタンカー等の火災警戒業務、国家石油備蓄基地の海上防災体制整備に関する業務等を行っている。
海上保安庁では、同センターの業務が円滑に実施されるよう指導・監督を行うとともに活動基盤の強化を図り、官民一体となった海上防災体制の確立を図っている。
注 排出油等防除措置 10年度末現在、全国の83港湾で146防災事業者等と防災措置実施に関する契約を締結し、設立以来これまでに123件実施している。
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