第2章 海上交通の安全確保

T ふくそう海域における安全対策

 沿岸海域では、小型漁船による漁業活動や海洋レジャー活動が盛んに行われているが、とりわけ、東京湾、伊勢湾及び瀬戸内海の3海域は、背後に大都市及び工業地帯を控えているため、船舶交通がふくそうしている。港則法に定められた特定港への入港船舶は、10年では約98万隻あるが、その65%に当たる約64万隻が同海域の特定港に入港している。
 これら3海域に位置する主要船舶通航路の1日当たりの船舶交通量を見ると10年は浦賀水道が777隻、伊良湖水道が662隻、明石海峡が1,043隻であった。
 このように船舶交通がふくそうしている海域では、船舶の衝突を防止し、安全な航行を確保するため、航行管制を始めとする各種航行安全対策の一層の推進を図っているところである。
 また、近年、船舶交通のふくそうする海域では、関西国際空港2期事業及び中部国際空港建設工事の大規模プロジェクトが実施又は計画されているため、これらの動きに対応した船舶の航行安全対策を実施又は検討している。

 1 海上交通安全法及び港則法の運用

 我が国における船舶交通の安全を確保するための法律としては、基本的な海上交通ルールを定めた海上衝突予防法のほか、海上交通安全法及び前述の港則法が制定されている。

  (1) 海上交通安全法

 船舶交通のふくそうする東京湾、伊勢湾及び瀬戸内海の3海域においては、更なる船舶交通の安全を図るために海上衝突予防法による基本的な交通ルールに加え、同法の特別法として海上交通安全法が制定されている。
 海上交通安全法は、同3海域の中でも浦賀水道等船舶交通が集中する海域に延べ11の航路を設定し、航路航行義務、速力の制限等特別の交通ルールを定めるとともに、巨大船、危険物積載船等の航路航行に際して、通報を義務付けることによりこれらの航行管制を行っている。
 また、船舶交通の危険を防止する必要のある工事・作業に対する規制等も行っている。

  (2) 港則法

 港湾では、狭あいな海域に多数の船舶が頻繁に出入りし、しかも停泊、荷役等の場所でもあるため、事故の発生頻度が高く、また、一度事故が発生した場合には、船舶交通や荷役等の作業に多大な影響を与えるおそれが大きいことから、海上衝突予防法の特別法として港則法が制定されている。港則法は、入出港船舶の多い港501港(11年7月末現在)を適用港とし、港内における特別の交通ルールを定めるとともに、工事、作業、漁ろう等について規制を行っている。
 また、特に入出港船舶の多い京浜、名古屋、大阪、神戸、関門等86港(11年7月末現在)を特定港に指定し、港長を任命している。
 特定港では、上記の規制に加えて、入出港の届出、びょう地の指定等船舶の動静を把握するための措置を定めており、港長は、港内の航行管制を行うほか、爆発物、放射性物質等の危険物荷役を規制するなど港内における船舶交通の安全と整とんを図っている。

 2 海上交通情報機構等の運用

 船舶交通のふくそうする東京湾、瀬戸内海等においては、船舶の安全かつ能率的な運航を確保するため、海上交通に関する情報提供と航行管制を一元的に行うシステムとして海上交通情報機構等を整備・運用している。

  (1) 東京湾海上交通情報機構

 東京湾においては、港内を除く海域を対象として、船舶交通の状況を常時把握・分析し、きめ細かな情報提供と海上交通安全法に基づく航行管制を一元的に行うため、東京湾海上交通センターを設置し、レーダー映像、工事・作業状況等船舶交通に関する各種の情報をコンピュータ処理するとともに、その処理データを基に巨大船の通航予定、航行制限の状況に関する情報提供等の業務を行っている。
 また、京浜港及び千葉港においては、港内交通管制室及び船舶通航信号所を設置して、レーダー及びテレビカメラにより港内における船舶交通の状況を常時監視し、海上交通に関する情報提供と港則法に基づく港内航行管制を行っている。

  (2) 瀬戸内海海上交通情報機構

備讃海域においては、備讃瀬戸海上交通センターを設置し、水島・丸亀地区及び宇高地区を対象海域として、海上交通に関する情報提供と海上交通安全法に基づく航行管制を行っている。特に、当該海域では、その特殊性を考慮し、電光表示板による情報提供を実施している。
関門海域においては、関門海峡海上交通センターを設置し、六連地区、大瀬戸地区及び部埼・火ノ山地区を対象海域として、海上交通に関する情報提供を行うとともに、港則法に基づく港内航行管制を行っている。特に、当該海域では、その特殊性を考慮し、電光表示板による情報提供を実施している。
 さらに、洞海湾地区においては、京浜港及び千葉港と同様、港内交通管制室及び船舶通航信号所を設置して、情報提供と港則法に基づく港内航行管制を行っている。
  
大阪湾においては、大阪湾海上交通センターを設置し、明石海峡地区を対象海域として、海上交通に関する情報提供と海上交通安全法に基づく航行管制を行っている。
来島海域においては、来島海峡海上交通センターを設置し、来島海峡地区を対象海域として、海上交通に関する情報提供と海上交通安全法に基づく航行管制を行っている。特に、当該海域では、その特殊性を考慮し、電光表示板による情報提供を実施している。

  (3) 名古屋港における情報提供・航行管制システム

 名古屋港においては、名古屋港海上交通センターを設置し、港内における船舶交通の状況を常時把握・分析し、海上交通に関する情報提供と港則法に基づく港内航行管制を行っている。特に、当該海域では、その特殊性を考慮し、電光表示板による情報提供を実施している。

海上交通センター

 海上交通情報機構等の中枢となる海上交通センターでは、レーダー施設、気象観測装置によって得られる航行船舶の動静、気象現況等の情報に加え、気象庁からの警報や注意報、海上保安庁関係部署からの海難や航行安全に関する情報、航路しょう戒に従事する巡視船艇からの情報、さらに法令に基づく巨大船等からの航路通報等
の情報を収集・コンピュータ処理し、その処理データを基に海上交通に関する情報提供と法令に基づく航行管制をー元的に実施している。
 海上保安庁では、昭和52年12月東京湾海上交通センターを横須賀市に設置・運用開始したのを始めとして、順次海上交通センターを整備し、現在6つの海上交通センターを運用しており、ふくそう海域における船舶交通の安全確保に大きな成果を挙げている。今後は、伊勢湾における海上交通情報機構の導入について検討を行うこととし、これに係る調査を10年度から実施している。

 3 大規模プロジェクトの安全対策

 船舶交通のふくそうする瀬戸内海及び伊勢湾においては、関西国際空港2期事業及び中部国際空港建設工事が実施又は計画されている。
 これらの大規模プロジェクトは、海上交通等に大きな影響を与えるおそれがあるため、建設中及び完成後の航行安全対策等を十分に確立しておく必要がある。
 このため、海上保安庁では、プロジェクトの計画策定段階から事業主体等の関係者に対し、必要な指導を行っている。
 特に航行安全対策を策定する過程においては、(社)日本海難防止協会等の海難防止団体の協力を得て幅広く海上交通への影響調査を実施し、これを踏まえて警戒船の配備、各種の航行援助施設の整備、情報管理体制や防災体制の整備等について指導してきている。
 また、船舶交通の危険を防止するため、建設工事中のプロジェクトについては、必要に応じて海上交通安全法に基づく船舶の航行の制限を実施するとともに、灯浮標等による工事区域の標示、工事作業情報の周知徹底等に関する指導を行っている。
 今後とも、海上における大規模プロジェクトの進展に対応して、航行安全に係る指導、巡視船艇による航法指導等を効果的に実施していくこととしている。

U 海上交通の安全確保のための指導

 1 海難防止活動の推進

 要救助海難の発生原因を見ると、見張り不十分、操船不適切等の運航の過誤や機関取扱不良といった人為的要因によるものが74%を占めている。こうした要因による海難を防止するためには、海難防止思想の普及・高揚並びに海難防止に関する知識・技能の習得及び向上を図ることが有効であることから、海上保安官の訪船指導、全国各地での海難防止講習会等(10年合計1,026回受講者約53,000人)を通じて海難防止思想の普及等を図っているところである。また、毎年期間を定め、官民一体となって海難防止強調運動を実施し、海事関係者のみならず広く国民に対して海難防止を呼び掛けている。
 11年は、7月16日から7月31日まで、「船舶の点検・整備と航海用機器類の適正な使用」を重点項目として全国海難防止強調運動を実施し、約7,100隻に対する訪船指導や現場指導、162回の海難防止講習会等により海上交通関係法令等の周知徹底を図るとともに、安全運航の励行、危険物荷役時の安全確認等を指導し、必要に応じて是正を勧告した。
 また、各管区海上保安本部では、地域の特性を踏まえ、台風による海難を防止するための海難防止強調運動、プレジャーボート等小型船舶を対象とした海難防止強調運動、自動操舵海難防止運動等の地方海難防止強調運動を展開した。

 2 海難防止団体等の指導・育成

 海難防止の実効を期するには、海事関係者等自らが主体となった活動が必要不可欠であり、海難防止を目的とする各種民間団体が中核母体となって、これらの活動を活発に推進することが重要である。
 海上保安庁は、海難発生動向、航行環境の変化に応じた自主的活動が着実に展開されるよう各種民間団体等の育成強化に努めている。
 なお、これらの団体としては次のようなものがある。

海難防止に関する調査研究、海難防止のための周知・指導を行う団体((社)日本海難防止協会等)
港内において漂流物等の航行障害物を除去するなどの活動を行う団体(清港会)
当事者間で、具体的な安全対策を申し合わせ、実行に移していくための連絡協議会(外国船舶安全対策連絡協議会、台風対策協議会、漁船海難防止連絡協議会等)

 3 各種船舶に対する安全対策

  (1) タンカー

 10年のタンカーの救助を必要とする海難に遭遇した船舶(以下「要救助船舶」という。)隻数は39隻で、全要救助船舶隻数の2%となっており、最近10年間を見ると比較的低い水準で推移しているが、危険物を積載しているタンカーの海難は、広範かつ重大な被害の発生が予想されるため、事故の未然防止には特に配慮する必要がある。
 東京湾、伊勢湾及び瀬戸内海の3海域の特定港に入港するタンカー隻数は、全国の特定港に入港するタンカー隻数の79%を占めていることから、これら3海域と港内を中心に、タンカーの衝突・乗揚げ事故の防止及び危険物荷役時の安全確保に重点を置いて安全対策を講じている。

   ア 東京湾等3海域における安全対策

 3海域においては、海上交通安全法に基づき、LNG、LPG、原油等を積載する総トン数1,000トン以上のタンカーに対し、航路入航予定時刻等の通報を義務付け、必要に応じ、進路警戒船や消防設備船の配備、航行速力及び航路入航予定時刻の変更等の指示を行っている。
 このほか、本邦に初めて就航する総トン数25,000トン以上のLNG・LPGタンカー及び東京湾に初めて入る載貨重量トン数220,000トン以上の原油タンカーに対しては、ふくそう海域の通航時刻や入港時刻の制限、入港時の気象・海象の条件設定等の安全措置についてきめ細かな指導を行っている。10年は、原油タンカー10隻、LNGタンカー3隻、LPGタンカー1隻に対して指導を行った。

   イ 港内における安全対策

 特定港においては、危険物を積載したタンカーの入港に際し、港則法に基づき、タグボート及び警戒船の配備、ボイル・オフ・ガス(LNG・LPGから蒸発したガス)の放出の制限等の指示、停泊・停留場所の指定を行うとともに、停泊中のこれらタンカーへの接近や接げんの制限等を行っている。
 また、危険物の荷役・運搬については、港則法に基づき港長の許可が必要であり、当該荷役等の安全を確保するため岸壁の配置状況及び危険物の種類を勘案し、許可基準として荷役許容の標準量、荷役時間、荷役体制等を定めている。10年は、全国の特定港で約24万件の危険物荷役・運搬の許可を行った。
 さらに、危険物受入施設側に対しては、海陸一体となった荷役安全管理体制等を確立するため、管理体制の充実強化を指導している。
 このほか、港内及びその周辺海域においてタンカーがタンククリーニング作業を行うときは、火災、爆発、油流出事故等の防止のため、作業計画について事前に検討を行い、停泊場所を制限するなど作業中の安全対策及び油排出事故防止について指導している。

  (2) 放射性物質等積載船舶

 原子力の研究や利用の進展に伴い、使用済核燃料を始めとする放射性物質等の海上輸送が行われているが、放射性物質等を積載した船舶の荷役・運搬については、港則法に基づく港長の許可が必要であり、その際、夜間荷役の禁止、放射性物質に関する知識を有する者を立ち会わせるなど措置を講じている。
 また、核分裂性物質及びその他の多量の放射能を有する放射性物質等の海上輸送については、輸送中の事故等による災害を防止するため、「危険物船舶運送及び貯蔵規則」に基づき、管区海上保安本部長に運送届が提出され、この届出を受けて、運送の日時及び経路、連絡体制、運送中の海難による災害の防止や特定の核燃料物質を輸送する場合の防護体制について、必要な事項を指示・指導するとともに、積載船舶の動静の把握、巡視船艇による警備及び航路等の警戒を行っており、10年は、190件の許可を行い、76件の運送届を受けた。

  (3) 漁船

 10年の漁船の要救助船舶隻数は、622隻で、前年に比べ22隻増加しており、依然として全要救助船舶1,726隻に占める漁船の割合は高く、36%を占めている。
 海難の状況を見ると、見張り不十分等の運航の過誤や機関取扱不良といった人為的要因によるものが、67%を占めていることから、漁船の海難を防止するため、関係者を対象とした海難防止講習会の開催、訪船指導の実施等により海難防止思想の普及の徹底を図るとともに、航法や海事関係法令の遵守、出漁前の整備点検、見張りの励行、気象・海象情報の的確な把握、救命いかだ等の取扱方法の習熟、相互連絡・協力体制の確立等の指導を行っている。

  (4) 旅客船

 国内におけるカーフェリーを含む旅客船の運航状況を見ると、11年4月1日現在1,409航路に2,434隻が就航している。また、このうち航路距離が片道300キロメートル以上あり、陸上輸送のバイパス的な役割を果たす長距離フェリーは22航路に55隻(70万総トン)が就航している。
 カーフェリーを含む旅客船の10年における要救助船舶隻数は18隻であり、最近10年間では、最も少なくなったものの、一度海難が発生すると多数の乗客等に危険が及ぶ可能性が高いことから、海上保安庁は、従来から海上交通関係法令や運航管理規程の遵守、緊急時の避難・救助訓練の実施等について指導を行い、その安全の確保に努めているところである。

  (5) 木材運搬船

 10年の木材運搬船の要救助船舶隻数は3隻で、9年に比べ6隻減少している。木材運搬船の海難は大量の木材流出を伴うことが多く、この場合、漂流・拡散して、他の船舶の航行を阻害したり、風潮流により沿岸へ漂着して漁業施設や海浜環境に影響を与えるなど被害が広範囲に及ぶという特徴がある。
 海上保安庁では、木材運搬船の海難を未然に防止するため、これらの入港時等機会あるごとに、浸水防止対策、荷崩れ防止対策、復原性の確保及び荒天時対策を重点事項として訪船指導を実施するとともに、重点事項をまとめたパンフレットを船舶所有者等関係先に配付するなど防止対策を講じている。
 さらに、木材流出事故が発生した場合には、同関係者に対し、船舶交通の障害となる漂流木材の早期回収・除去を強力に指示又は指導している。

  (6) 外国船舶

 10年の外国船舶の要救助船舶隻数は138隻で過去5年間では、ほぼ横ばい状態である。しかしながら1,000総トン以上の貨物船及びタンカーの全要救助船舶85隻について見ると、外国船舶が81隻となっており日本船舶の4隻に対し外国船舶の占める割合が高くなっている。また、本邦に入港する外国船舶の中には、我が国周辺海域の気象・海象等に不案内な船員を配置し、乗船したものも見られる。
 これら外国船舶の海難を防止するため、我が国周辺海域の気象、海象の特性、同情報の入手方法、ふくそう海域における航法及び航路標識の設置状況等について、外国船舶用パンフレットを利用するなどして周知の徹底を図るとともに、気象・海象情報の適切な入手及び荒天時における早期避難、航行安全上必要な海図の備付け等について、訪船指導等機会あるごとに指導を行っている。
 このほか、我が国の主要な港において、外国船舶を取り扱う代理店、運航会社、用船会社等からなる外国船舶安全対策連絡協議会の設立(11年7月末現在47協議会)を促進し、又は活動の活性化を推進しているところであり、これらの協議会を通じ、航海情報等の提供を行っている。

 

【 図表等 】

写真 瀬戸内海海上交通情報機構(来島海峡海上交通センター)
第2―2―1図 海上交通センターの概念図
第2―2―2図 海上交通情報機構等の整備状況

次のページへ第2部第3章