第3章 国際的な漁業秩序の維持の一翼を担って
1 海洋秩序の変化と対応 古来、沿岸の一部海域を除く海は、公海として、船舶の航行、漁業等に自由に利用できるものとされてきた。しかしながら、戦後、乱獲による水産資源の枯渇が国際的な課題として認識され始め、自国沿岸の水産資源を保護しようとする動き等もあったことから、国連海洋法会議において、海洋を巡る新たな秩序を確立するための審議が開始された。
しかしながら、各国間の意見の相違から合意を得ることができず、世界各国では、海洋法会議での結論を待たずに各国の立法によって、200海里漁業水域の設定が行われるようになった。
我が国においても、海洋法会議の結論が出るまでの暫定的な措置として「漁業水域に関する暫定措置法」(以下「漁業水域暫定措置法」という。)を制定し、我が国周辺海域に200海里漁業水域を設定したが、韓国、中国との間にはそれぞれ我が国との漁業協定に基づく漁業秩序が既に構築されていたこと等により、両国の漁船が多く操業する東経135度以西の日本海、東シナ海等には、200海里漁業水域を設定せず、設定した漁業水域についても韓国・中国漁船への同法の適用を除外した。
その後、8年7月20日、国連海洋法条約が我が国について発効し、それに伴う国内法の整備により、直線基線の採用、接続水域の設定、排他的経済水域の設定等が行われた。
領水(領海及び内水)は、従前から「外国人漁業の規制に関する法律」(以下「外規法」という。)により、韓国、中国を含め、外国漁船による漁業は禁止されていたが、直線基線を採用したことにより、我が国の領水が拡大し、この拡大した領水においても必然的に外国人の漁業が禁止されることとなった。
また、排他的経済水域において沿岸国として水産資源を適正に管理するため、漁業水域暫定措置法を廃止し「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律」(以下「EZ漁業法」という。)を制定し、これにより新たに東経135度以西の海域も含めて、我が国周辺海域のおおむね200海里までの海域に漁業、水産動植物の採捕及び探査に関する我が国の主権的権利が全面的に及ぶことになった。
EZ漁業法では、外国漁船は、我が国の許可を受けなければ排他的経済水域において漁業を行うことができないこととするとともに、違反した場合、担保金(ボンド)の提供により早期に釈放する制度が設けられている。
2 新しい日韓・日中漁業協定
(1) 新日韓漁業協定
イ 新日韓漁業協定の締結
昭和40年に締結した旧日韓漁業協定においては、自国の沿岸から12海里までの水域を自国が漁業に関して排他的管轄権を行使することができる水域(漁業専管水域)として相互に認めるとともに、共同規制水域が設けられ、同水域における出漁漁船隻数、漁法等について取決めが行われた。
一方、旧協定に基づく合意議事録等により、一方の国がその国の漁船による操業を資源保護の観点から禁止している水域においては、他方の国も当該水域における自国の漁船による操業を自主的に規制すべきである(自主規制措置)と決められたが、同措置に違反する韓国漁船は跡を絶たず、その取締りは、漁船の旗国が行うこととなっていたことから、漁業秩序を維持する観点からは、十分機能していなかった。
8年に国連海洋法条約が日韓両国について発効し、両国が、排他的経済水域を設定したことから、国連海洋法条約の趣旨を踏まえ沿岸国が自国の排他的経済水域において漁業資源の管理を行うことを原則とする新たな漁業秩序を構築することが必要となってきた。
新たな日韓漁業協定に関する政府間交渉は8年5月から行われたが、双方の立場の違いが大きく、10年1月23日、我が国は、排他的経済水域における漁業資源の維持管理を的確に行うため、旧協定に規定されていた手続に従って旧協定の終了を通告した。これにより、旧協定は1年後に終了することとなった。
その後、新しい協定の締結に向けて、日韓両国間で協議が続けられたが、終了通告後、韓国が自主規制措置を一方的に中断し、7月に同措置を再開するなどの経緯を経て、10年11月28日に「漁業に関する日本国と大韓民国との間の協定」(以下「新協定」という。)の署名が行われた。
その後、新協定及び関連する国内法は、国会での審議を経て、11年1月22日に発効した。
新協定は、国連海洋法条約の趣旨を踏まえ、暫定水域等を除く日韓両国の排他的経済水域においては、沿岸国が相手国に対する漁獲割当量その他の操業条件を決定し、相手国の漁船に対する操業許可及び取締りを行うこととなった(沿岸国主義)。
また、日本海中部、九州西方沖に設けられた暫定水域においては、日韓両国は相手国の漁船に対して漁業に関する自国の法令を適用しないこととするとともに、新協定によって設置される日韓漁業共同委員会における協議の結果に基づき、各々の国が自国の漁船に対して水産資源の管理に必要な措置をとることとしている(旗国主義)。
ロ 新協定発効に伴う海上保安庁の対応
旧協定の終了通告後、日韓両国の新たな漁業秩序の構築について、漁業関係者を始め国民一般の関心が高まり、各方面から、新協定発効後の厳正な監視取締りが望まれた。
特に韓国による自主規制措置の中断通告後には、北海道襟裳岬沖で韓国漁船が操業を開始したことから、我が国漁業者が、同韓国漁船に対し、抗議行動を行い、海上保安庁が所要の警備を行う事態も発生した。
このような情勢にかんがみ、海上保安庁においては、韓国漁船が多数操業することが予想される日本海、九州周辺、東シナ海等の主要な漁場に重点を置いて監視取締りを行うこととし、新協定及び関連する国内法令等について巡視船艇の乗組員等に対し研修を行う等により、新日韓漁業協定の発効に備えた。また、1月22日の協定発効前に、沖合に配備した巡視船艇から韓国漁船に対しリーフレットを配布する等により、「新協定発効後、日本の排他的経済水域において操業を行うためには、日本国の許可が必要となること」を事前に周知し、日韓間の新たな漁業秩序が順調な幕開けとなるよう努めた。
1月22日の発効の時点では、日韓両国の間で、互いの排他的経済水域における相手国漁船に対する許可の条件等について意見の一致をみていなかったことから、我が国排他的経済水域においては、韓国漁船に対する許可が行われず、すべての韓国漁船が操業できないこととなった。
海上保安庁では、新協定が発効した1月22日に我が国排他的経済水域内で操業する韓国漁船を発見した場合には、警告退去させることに主眼を置き、これに従わず操業を継続する韓国漁船に対しては、検挙する等、厳しく対処するとの方針で臨んだ。
これらの措置の結果、新協定発効日の1月22日午後8時頃までに我が国排他的経済水域内で韓国漁船はほとんど確認されなくなったが、翌23日には、前日までの再三の警告にもかかわらず、夜陰に乗じて我が国排他的経済水域に侵入し、無許可で操業を行っていた韓国漁船4隻をEZ漁業法違反等で検挙した。
その後、2月22日に許可の条件等についての協議で意見の一致をみたことから、我が国排他的経済水域において、我が国の許可を受けた韓国漁船の操業が始まった。
新協定発効から6月末までにEZ漁業法等違反で検挙した韓国漁船は、9隻であった。
また、海上保安庁では、新協定が発効したことを契機に、同協定の水域等の線を記載した日本周辺の漁業用海図4図を、11年3月、新たに刊行した。
(2) 新日中漁業協定
イ 現行の日中漁業協定
日中間においては、昭和47年の日中国交回復に伴い、それまでの民間漁業協定に代わる協定を両国政府で締結することとなり、現行の日中漁業協定(以下、「現協定」という。)が、昭和50年12月に発効した。
現協定は、黄海及び東シナ海の一部が対象海域で、同海域の漁業資源を保存し、合理的に利用することが目的である。
現協定の中では、漁業資源を保存し及び合理的に利用するための必要な措置として、休漁区・保護区を定めるとともに出漁漁船数、漁具等の条件が定められている。
EZ漁業法においては、この現協定を考慮して、我が国排他的経済水域において、中国漁船に対してその適用を除外している。
ロ 新協定締結交渉
日中両国についても国連海洋法条約が発効したことに伴い、両国が排他的経済水域を設定し、同水域内の漁業資源の管理を行うことが必要となってきたことから、新たな日中漁業協定に関する政府間交渉が、8年12月から行われ、「漁業に関する日本国と中華人民共和国との間の協定」(以下、「新日中協定」という。)が、9年11月に署名され、10年4月に国会で承認された。
新日中協定は、国連海洋法条約の趣旨を踏まえ、暫定措置水域等を除く日中両国の排他的経済水域においては、沿岸国が相手国に対する漁獲割当量その他の操業条件を決定し、相手国の漁船に対する操業許可及び取締りを行うことにしている(相互入会措置)。また、東シナ海に設けられる暫定措置水域では、新日中協定によって設置される日中漁業共同委員会を通じた共同管理を行い、北緯27度以南の水域においては、現状を維持することとなっている。
新日中協定については、詳細な操業条件等について意見の一致がみられていないことから、現在、日中間で発効に向けて協議が重ねられている。
3 外国漁船の監視取締りの概況
我が国周辺の海域は、好漁場が多く、数多くの外国漁船が操業している。近年、我が国では、禁漁区域、禁漁期間を設けたり、稚魚の放流を行う等により、水産資源の適切な保存、管理を行う動きが活発化しているが、外国漁船の中には無秩序な操業をするなど漁場を荒らす行為を行うものもあり、これらの不法操業に対する監視取締りに対する要望が強まっている。これらの外国漁船の中には、監視に当たる海上保安官に対して乾電池等を投げたり、外国漁船に移乗した海上保安官に暴力をふるう等の抵抗を行うものもあり、中には巡視船艇に対して故意に船をぶつけて妨害するようなものも見られる。
海上保安庁では、国連海洋法条約の締結、EZ漁業法等国内法の整備に伴い、外国漁船の監視取締り業務が大幅に増大することから、速力、夜間監視能力の向上等高性能化を図りながら巡視船艇・航空機の整備を進めている。また、担保金の提供による早期釈放制度の実施についての手続を整え、排他的経済水域における外国人漁業に関して、国連海洋法条約に則した対応をしている。さらに、悪質な抵抗を行う外国漁船に対しては、新たな捕捉資器材等を整備し、徹底した取締りを行うことにしている。
なお、10年に我が国の領水及び排他的経済水域において、不法操業等により検挙した外国漁船は、17隻であった。
外国漁船による悪質な公務執行妨害事件
10年5月14日、厳原海上保安部巡視艇「あさぐも」は、長崎県壱岐島北沖で不法操業を行った韓国スタントロール漁船団を追跡し、捕捉するため接近した際、このうち1隻の韓国スタントロール漁船が故意に「あさぐも」に向けて急転舵し、自船の船首を「あさぐも」左舷側に衝突させた。その後、他の巡視船艇や航空機により捕捉のための追跡を続けたが、韓国漁船団が、韓国領海に入域したため、追跡は断念し韓国に状況を通報して国際捜査共助にのっとり責任を追及している。
(韓国漁船)
韓国漁船は、従前ほぼ全国の海域において、底びき網漁船、あなご篭漁船、いか釣漁船等が操業していた。
一方、若狭湾沖から九州西岸沖にいたる日本海側で不法操業が見られ、中でも対馬周辺海域において多く発生している。11年は6月末までに、外規法違反等で12隻を検挙している。
(中国漁船)
中国漁船は、二そうびき底びき網漁船、まき網漁船及びいか釣漁船が、ほぼ全国の海域において操業している。11年は6月末までに、外規法違反で2隻を検挙している。
(台湾漁船)
台湾漁船は、さんご網漁船、はえなわ漁船等が沖縄や奄美大島周辺海域において、また、さんま棒受け網漁船が北海道南東海域において操業している他、九州西岸沖においてもさんご網漁船の操業が確認されている。11年は6月末までに、外規法違反で2隻を検挙している。
(ロシア漁船)
ロシア漁船は、昭和52年以来、大型冷凍トロール漁船及び中型まき網漁船が、母船、仲積船、タンカー等とともに船団を組み、北海道南東沖から千葉県銚子沖にかけての広大な海域において操業していたが、近年は、操業規模が縮小し数隻が確認されたのみである。 |