第2章 巧妙化する密航・密輸

 1 悪質・巧妙化する不法入国事犯

  (1) 不法入国事犯の現状

 我が国における不法入国事犯は、依然として中国人を中心に発生しており、上陸地点は日本全国に及んでいる。海上保安庁では、10年に不法入国者331名、助長者等(手引者、密航船乗組員等)138名、11年は6月末までに不法入国者374名、助長者等69名を検挙しており、本年検挙した不法入国者は、既に昨年1年間の検挙者数を上回っている。不法入国者のうち、中国人は10年が92%(304名)、11年は6月末までに86%(322名)を占めている(第1―2―1図参照)。
 中国人による不法入国事犯は、2年に初めて中国漁船を仕立てた集団密航が発生し、また、貨物船の船内に潜伏してくる密航も集団化した。4年頃からは、中国漁船に加え、台湾漁船や第三国の貨物船を仕立てた事犯も出現して増加傾向をたどり、特に8年から9年にかけては、これらの形態による集団密航が急増した。10年には、従来の中国漁船等を仕立てて直接我が国へ密航してくる事犯及びこれらの船舶から本邦沖合で日本船に乗り換えて密航する事犯が減少し、貨物船の船内に隠し部屋を設けて潜伏してくる事犯、韓国沖合海域において中国船から韓国漁船に乗り換え、日本海側に上陸する事犯及び偽変造の船員手帳を使用し貨物船の船員に成り済ましてくる事犯が増加して、ますます悪質・巧妙化した。11年に入っても、引き続き、貨物船の船内に隠し部屋を設けて潜伏してくる事犯及び韓国漁船を使用した事犯が多発している。なお、韓国漁船を使用した事犯については、本年に入り太平洋側にも見られるようになった。

<事例1>
 11年2月、横浜海上保安部は、神奈川県警察から「江ノ島沖約1キロメートルの海上に韓国漁船らしい船が漂泊しているようだ。」との連絡を受け、立入検査を実施したところ、同船は韓国漁船であり、船内から発見した中国人密航者53名を不法入国容疑で逮捕するとともに、韓国人乗組員3名を集団密航者を本邦に入らせた容疑で逮捕した。
 中国人密航者は、中国船で福建省を出港後、韓国済州島沖合において同船に乗り換えて日本に密航したものである。

 これらの事犯においては、「蛇頭」と呼ばれる国際的な密航ブローカーが我が国暴力団や韓国の密航組織と手を組み、不法滞在者や漁業関係者等を抱き込んで、密航者の募集・運搬、我が国での住居手配及び就職斡旋に関与している。
 中国船から日本船や韓国漁船に乗り換える場合には、GPS航法装置(衛星を利用した自船位置表示装置)を使用してピンポイントで会合し、上陸する際には、携帯電話で出迎え者と上陸日時、場所について連絡を取り合って、深夜人気の少ない漁港等に上陸している。
 貨物船の船内に隠し部屋を設けて潜伏してくる密航については、隠し部屋が貨物倉に偽装の隔壁を設けて作られたり、燃料タンク、清水タンク、バラストタンクを利用して作られたりしており、さらに出入口は、調理室の内部容器と外部容器からなる二重構造の清水容器をエアジャッキで上下させて開閉するもの(第1―2―2図参照)、機関室の床の一部でその上にタンクを置き、また、偽装パイプを施して隠すもの(事例2参照)等、非常に巧妙なもので、このような隠し部屋を有する船舶は、数回密航者を運搬すると、船名、船籍、船舶所有者及び船体塗色を変更して、取締機関からマークされにくくしている。

<事例2>
 10年8月、横浜海上保安部は、川崎港に入港したパナマ船籍貨物船の立入検査を実施し、巧妙に設けられた隠し部屋に潜伏していた中国人密航者98名及び中国人偽装船員4名(インドネシアの偽造パスポート所持)を不法入国容疑で逮捕するとともに、同船インドネシア人乗組員10名及び中国人偽装船員4名を営利目的で集団密航者を本邦に入らせた容疑で逮捕した。
 同船の隠し部屋は、船底の二重底構造を改造して利用したもので、照明設備や換気設備の他、トイレ、給水設備、炊飯設備を有していた。出入口は機関室内床面にあり、出入口の蓋となる床面鉄板の上には、改造によりダミー化したパイプや濾過器が、あたかも機能しているかのごとく取り付けられ、巧妙に隠蔽されていた(第1―2―3図参照)。

 さらに、上陸後は、迎えに来ている日本国内の組織が用意した保冷車等に乗り込み逃走するなど、組織的に行われており、ますます悪質・巧妙化している。
 中国人不法入国者のほとんどは、かつて我が国で就労していた帰国者からの情報に触発されることが多い福建省出身者であり、最近では、これらの者が中国の東北、華中地域等から出国し、日本の全国各地への上陸を図っている。
 中国人以外による不法入国事犯については、6年にフィリピン人による密航事件がフィリピン密航ブローカーの関与により発生したのに続き、7年以降、韓国で就労していたパキスタン人、バングラデシュ人等による密航事件が発生しており、韓国密航ブローカーと我が国暴力団の関与が認められている。

<事例3>
 11年2月、浜田海上保安部は、地元漁船から「浜田市沖の我が国領海内を韓国小型底引き網漁船が北上している。」との連絡を受け、直ちに巡視船艇・航空機による捜索を実施し、浜田市沖の我が国排他的経済水域内を航行中の韓国漁船を発見、韓国人船長を漁業法違反(立入検査忌避)容疑で現行犯逮捕した。
 さらに、同船内から密航者42名(バングラデシュ人39名、パキスタン人2名、イラン人1名)を発見、不法入国容疑で逮捕するとともに、韓国人乗組員2名を営利目的で集団密航者を本邦に入らせた容疑で逮捕した。
 本件は、韓国国内で就労していたバングラデシュ人等が不況のため日本での就労を企て、韓国漁船に乗船し我が国に密航したものである。

 これら不法入国事犯は、依然として存在する我が国と周辺諸国との所得格差を背景に、高収入を得る目的をもって我が国で不法就労するためであると考えられる(第1―2―4図参照)。

  (2) 不法入国対策の推進

 海上保安庁では、従来から、関係機関と緊密な連携を保ちながら不法入国事犯が発生するおそれの高い海域における監視警戒を強化するとともに、中国等ぐ犯地域から我が国に来航する船舶に対し、徹底した立入検査を実施することにより、密航者の発見に努め、密航事件の捜査においては、助長者等の有無を明らかにし、密航組織の全容解明を図ってきている。
 このような状況の中、増え続ける不法入国事犯に対応して、海上保安庁では、6年6月、本庁等に「不法入国対策官」を整備したが、特に8年12月から9年2月にかけて中国人の集団密航が多発したことから、9年2月には本庁に「密航対策室」、各管区本部に「密航対策本部」を設置し、関係機関との連携と情報収集体制をより一層強化するとともに、巡視船艇・航空機による本邦周辺海域における未然防止を含む監視取締りを強化するなど、不法入国対策を強力に推進している。
 また、職員を中国等に派遣し不法出国者の取締り強化を申し入れるとともに、9年10月及び11年3月には中国側、10年2月及び11年3月には韓国側と、それぞれ海上取締機関協議を実施し、密航防止について、国外関係機関とも情報交換を行うなど連携強化に努めているところである。
 さらに、海事関係者や沿岸住民からの情報により、密航船及び密航者を摘発する事例も多いことから、広く情報の提供を依頼している。

 2 巧妙かつ組織的になる薬物・銃器密輸

  (1) 薬物対策の状況

 覚せい剤、麻薬等の薬物は、使用する人の健康を害し、生活を破壊するばかりでなく、薬物を手に入れるための行為や幻覚による行為が犯罪に結びつくことが多く、また、薬物の流通経路に暴力団が関与しその資金源となるなど、社会全体の安全を脅かすもので、安心して暮らせる社会を維持していくためには、その蔓延を防ぐことが極めて重要である。
 しかし、我が国においては、近年「第三次覚せい剤乱用期」を迎えており、青少年がファッション感覚で安易に覚せい剤に手を出す風潮が見られるなど深刻な情勢が続いており、非常に憂慮すべき状況となっている。
 このため、9年1月、内閣総理大臣を本部長とする薬物乱用対策推進本部(副本部長:運輸大臣ほか)が設置され、さらに、10年5月、第三次覚せい剤乱用期の早期終息に向けて緊急に対策を講じるとともに、世界的な薬物乱用問題の解決に我が国も積極的に貢献することを目的とした「薬物乱用防止五か年戦略」が策定され、政府を挙げて薬物対策に取り組んでいる。
 薬物問題は、我が国ばかりでなく、世界の国々にも共通する深刻な問題であり、国連を中心に国際的対策が検討されている。昭和63年12月には、国際的な協力体制の下に取締りの強化、不正取引の防止等を図ることを目的とする「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」(麻薬新条約)が採択された。10年6月には、国連本部において「国連総会麻薬特別会期」が開催され、各国がこの問題に対し、全力で取り組んでいる。 薬物の海上取引の規制については、国連薬物統制計画(UNDCP)を中心に、海上における取締り技術の向上を図る必要があるとの認識の下、海上における不正取引の防止に関する具体的方策等の検討を進めてきており、「国連総会麻薬特別会期」では、海上における不正取引に対する司法協力の促進のための措置が採択された。

  (2) 銃器対策の状況

 我が国は、諸外国に比べて良好な治安が保たれているが、その大きな要因の1つは、銃器に対する厳格な規制が行われていることにある。しかし、近年、暴力団による発砲事件が多発しているほか、けん銃を使用した殺人、強盗等の凶悪事件も跡を絶たず、一般市民の被害が相次ぐ一方、けん銃の一般社会への拡散傾向もみられ、憂慮すべき状況にある。
 このような状況にかんがみ、「銃器対策推進本部」(7年9月に内閣官房長官を本部長として設置。本部員:海上保安庁次長ほか)において、関係行政機関相互間の緊密な連携を確保し、銃器に対する強力な取締りを推進する等、政府を挙げて対策を講じている。

<事例1>
 10年9月、横浜海上保安部は、パナマ籍貨物船の密航事件を捜査中、関係者から密航船内において銃のようなものを所持していた者がいたとの供述を得たことから、密航船内の捜索差押を実施、機関室天井の断熱材の中から、ショットガン2丁を発見、押収するとともに、その後の捜査により、被疑者を特定し、「蛇頭」2名を銃砲刀剣類所持等取締法違反で検挙した。

<事例2>
 10年3月、敦賀海上保安部は、韓国漁船の密航事件を捜査中、関係者より密航船内においてけん銃を見たとの供述を得たことから、密航船内の捜索差押を実施、魚倉内の船底から実包6発を装填した回転式けん銃1丁を発見、押収するとともに、中国人1名を銃砲刀剣類所持等取締法違反で検挙した。

  (3) 海上保安庁における薬物・銃器事犯への対応

 我が国で不正に用いられている薬物・銃器は、そのほとんどが、船舶等を使用して海外から密輸入されているとみられている。このため、薬物・銃器対策として、これらの流入を水際で阻止することは、極めて重要な課題である。
 このため、海上保安庁では、

薬物・銃器が流出する可能性の高い地域から入港する船舶に対する徹底した立入検査の実施
洋上積替えの行われる可能性が高い海域における巡視船艇・航空機による監視警戒の強化
密輸入に関与している疑いのある船舶や人物に関する情報収集活動の推進
警察、税関等の国内関係取締機関との密接な連携による取締りの実施(事案に応じて積極的に合同捜査を実施しているほか、日常的な情報交換、合同訓練、人事交流を推進)
海外関係機関との情報交換の促進
海事・漁業関係者及び一般市民に対する広報啓発活動の推進、不審情報の通報等の協力要請(通報の促進を図るため、10年3月、フリーダイヤル「0120-499950(至急救急GO!)」を設置)

を図り、薬物・銃器の水際阻止に全力を挙げている。
 最近では、貨物船内に置かれた消火器の中に覚せい剤を隠匿するなど船舶の設備や複雑な構造を利用して船内に隠匿する方法、積荷の袋の中に覚せい剤を隠匿して持ち込む方法、GPS航法装置や携帯電話を利用して洋上で外国船舶と会合して日本船舶に積み替えて離島・地方港等に持ち込む方法など、巧妙、かつ、組織的な手口が用いられ、一度に100kg単位の大量の薬物を持ち込むなど悪質な事案が増えている。また、密航事犯に乗じて銃器を持ち込んだ事例も発生している。
 このような悪質・巧妙化する薬物・銃器の密輸事犯の摘発のためには、警察、税関等の関係取締機関との協力・連携が重要であり、情報交換、合同立入検査、合同捜査等を行い、それぞれの機関の特長を生かしながら、協力・連携して、薬物・銃器事犯の取締りを行っている(第1―2―1、2表参照)。

<事例3>
 10年8月、覚せい剤密輸情報により、警察、税関との連携の下、容疑船の追尾、捕捉を行った。その後の捜査により、容疑船が、東シナ海において外国船舶と会合し、覚せい剤約300kgを受け取り、我が国領海内に持ち込み、高知沖の海上に投入したことを突き止め、暴力団組長ら6名を覚せい剤取締法違反で検挙した。6名は、外国船舶から受け取った覚せい剤を我が国領海内に持ち込んだとして、覚せい剤密輸入容疑で起訴され、現在公判中である。

 また、海外の取締機関との連携を強化するため、UNDCPの活動に積極的に協力し、「UNDCP海上薬物取締研修ガイド」作成において中心的役割を果たしたほか、9年10月、横浜において、UNDCPと共同で、アジア・太平洋地域の海上取締能力の向上、協力関係の強化を目的とする「アジア・太平洋海上薬物取締研修セミナー」を開催した。10年度からは、このセミナーのフォローアップ事業として、東南アジア諸国等を対象とした「薬物海上取締官養成事業」を実施している。

 

【 図表等 】

第1―2―1図 全国の不法入国者検挙状況(元年〜11年6月末現在)
第1―2―2図 隠し部屋の状況の例
第1―2―3図 隠し部屋の状況
写真 船内に隠し部屋を設けていた密航船
第1―2―4図 不法入国者検挙人員の推移(11年6月末現在)
写真 押収したショットガン
押収したけん銃
第1―2―5図 銃器・薬物水際阻止ポスター
第1―2―1表 最近における薬物事犯の摘発状況
第1―2―2表 最近における銃器事犯の摘発状況
写真 容疑船
写真 覚せい剤とロープ、浮き等

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