第1章 重要性を増す領海警備等

 領海警備は、我が国の平和、秩序、安全を害する外国からの諸活動に対して、我が国領海内における主権を確保するために行われるものであり、領海内における外国船舶の無害でない通航や不法行為の監視取締りを任務とする警察活動である。
 海上保安庁は、海上の秩序及び安全を確保するため、領海内における不法行為、又は無害でない通航を防止、排除するなどの領海警備を、創設以来、業務遂行に係るノウハウを蓄積しながら、最も重要な業務の1つとして体制を整え、一元的に実施している。10年には、我が国領海内で操業等の不法行為を行い又は徘徊等の不審な行動をとった外国船舶1,992隻(うち漁船1,974隻)を確認している。このうち、不法行為を行った船舶1,568隻に対しては、1,545隻を警告の上直ちに退去させ、悪質な23隻については検挙し、また、不審な行動をとった船舶424隻に対しては、当該行動の中止を要求し、あるいは警告の上退去させるなど必要な措置を講じた。なお、これらの不法行為・不審行動船舶のうち、全体の約94%、1,873隻が尖閣諸島の領海において操業、徘徊、漂泊等を行った中国・台湾漁船である。
 さらに、荒天による避難等で領海内へ緊急入域した外国船舶4,738隻については、海上保安庁への事前通報等の秩序ある入域を指導するとともに、不法出入国、密輸等の不法行為に関与することを防ぐため、動静監視等の警備を実施している(第1―1―1図参照)。

 1 不審船事案の発生と対策の強化

 日本周辺海域には、日本漁船に偽装し、あるいは夜陰に乗じて不審な行動をとる国籍不明の高速船が出没しており、中には巡視船艇・航空機を出動させて長時間にわたり追跡した事例もあった。また、2年には福井県の海岸に本邦への密入国を企てたと思料される無人の小型船が漂着した事案が発生している。このため海上保安庁では関係機関と連携をとりつつ、不審船が出没する可能性が高い海域に重点を置いて巡視船艇・航空機により警戒に当たってきたが、この事案を最後に本年3月まで確認されていなかった。

 昭和60年4月25日午前、宮崎県水産課から油津海上保安部に「県漁業取締船が船名第31幸栄丸、登録番号OT2-3311と標示した19トン型はまち運搬漁船に立入検査を実施しようとしたところ、突然22〜23ノットの高速で南下逃走した。」との連絡があり、これに基づき油津海上保安部で調査した結果、実在する第31幸栄丸との同一性に問題があり、かつ、逃走速力等から不審船との疑いがあったため巡視船艇・航空機を出動させた。
 4月25日午後、宮崎県戸崎鼻沖を北上中の不審船を航空機が発見、その後巡視船がレーダーで捕捉し、航空機からこれの監視警戒を引継ぎ、追跡を開始した。不審船は継続逃走したので巡視船艇により停船命令を発したが、不審船はこれを無視し、増減速(最大約40ノット)しつつジグザグに西向け航走し、4月27日未明、中国杭州湾沖童島東方付近で追跡中の巡視船のレーダー映像から消滅した。(追跡航程約600海里、追跡時間約40時間)
 その後、不審船は東シナ海から黄海方面に至るものと予測したので以後4月28日まで九州西岸海域を中心に警戒を行ったが不審船の発見には至らなかった。
(参考)出動させた巡視船艇23隻、航空機4機

  (1) 能登半島沖不審船事案への対応

 11年3月23日午前11時頃及び午後1時頃、海上自衛隊から能登半島沖の不審な漁船に関する情報を入手した。海上保安庁では、このうちの第二大和丸については兵庫県浜坂沖で操業中であることを、また第一大西丸については漁船原簿から抹消されていることを確認したため、情報のあった同船名の漁船2隻は不審船であると判断した。
 これらの確認作業と並行して、巡視船艇・航空機を発動し、現場海域に巡視船艇15隻、航空機12機を動員した。現場に到着した航空機は両船に対し停船命令を発したが、両船はこれを無視し北向け約10ノットで逃走したため、巡視船艇・航空機により追跡を開始するとともに、停船命令を繰り返し発したが、両船は、なおもこれを無視して速力を上げて逃走を続けたため、巡視船艇により威嚇射撃を実施した。
 しかし、両船はこの威嚇射撃をも無視して高速で逃走を続けたため、巡視艇については航続距離の問題から追跡を断念し、巡視船については速力の問題から次第に不審船から引き離され、23日午後9時21分までに両船は巡視船のレーダーから消滅した。
 海上保安庁では、これら状況を内閣、防衛庁等の関係省庁に逐次連絡し、これを受けて政府としての対策が検討された結果、同月24日午前0時50分、自衛隊法第82条に基づく海上警備行動が発令された。
 その後も、海上自衛隊の護衛艦等とともに巡視船により不審船の追跡を継続したが、防衛庁から2隻の不審船は24日早朝までに我が国の防空識別圏を出域したとの情報を入手したことから、巡視船による追跡を断念した。以後、巡視船による周辺海域の警戒を実施したが、不審船の発見には至らなかった。
 結果として、不審船を停船させるには至らなかったが、海上保安庁が取りうる可能な限りの措置を講じたところである(第1―1―2図参照)。

  (2) 能登半島沖不審船事案を踏まえた検討

 今回のような事案はいつ再発するかもしれず、これに対しては、今後とも政府が一丸となって対処することが重要であるという認識の下、今回の事案に対する一連の活動における教訓・反省点を整理することにより、今後の我が国の安全の確保及び危機管理に万全を期すため、内閣官房を中心に関係省庁において検討がなされ、6月4日の関係閣僚会議において、「能登半島沖不審船事案における教訓・反省事項について」が了承されたところである。
 本とりまとめは、『不審船への対応は、警察機関たる海上保安庁がまず第一に対処し、海上保安庁では対処することが不可能若しくは著しく困難と認められる場合には、海上警備行動により自衛隊が対処するとの現行法の枠組みの下、必要な措置を検討』することを基本的な考え方としている。具体的な内容は、@海上保安庁及び防衛庁は、不審船を視認した場合には、速やかに相互通報すること、A状況により官邸対策室を設置するとともに、必要に応じ関係閣僚会議を開催し、対応について協議すること、B巡視船艇の能力の強化など海上保安庁等の対応能力の整備を図ること、C海上保安庁及び自衛隊の間の共同対処マニュアルの整備など具体的な運用要領の充実を図ること等について検討を行ったところである(第1―1―1表参照)。
 本教訓・反省事項は、緊急に実施すべきものであることにかんがみ、検討が終了したものから速やかに実施することとなっており、海上保安庁では、情報の収集及び共有化、監視体制の強化、巡視船艇の能力の強化、防衛庁との連携の強化等を逐次実施に移しているところである。

 2 近年多発している尖閣領有権主張の抗議活動

 尖閣諸島は、沖縄群島西南西方の東シナ海に位置する我が国固有の領土であり、海上保安庁では、同諸島周辺海域に常時巡視船を配備し、また、定期的に航空機をしょう戒させ、関係省庁と連絡を密にして、領海侵犯・不法上陸の排除等の警備に当たっている(第1―1―3図参照)。
 昭和43年、日本、台湾、韓国の海洋専門家等は、国連アジア極東経済委員会の協力を得て東シナ海海底の学術調査を行った結果、東シナ海の大陸棚に石油資源が埋蔵されている可能性があることを指摘した。そして、昭和46年以降、中国、台湾が同諸島の領有権を主張し始め、4年2月、中国が同諸島を中国の領土として明記した法律を施行し、11年2月、台湾が同諸島を含んだ領海基線を公告した。
 8年7月には、当初、我が国の排他的経済水域の設定に伴う漁業活動への影響を不満とし、また、同諸島北小島に日本の団体が灯台の用に供する構造物を設置したことに対する抗議として、台湾・香港等で「保釣活動」と呼ばれる領有権主張の活動が多くなった。同年、8月以降、抗議や報道目的で同諸島領海内に台湾小型船舶が侵入する事案が多発し、9月に香港から出港した抗議船が領海内に侵入し、活動家数名が海に飛び込み、うち1名が溺死するという事故が発生して以来、これまで5回にわたり抗議活動が行われている。その形態は、活動家が凶器の携帯を表明するなど、過激化・複雑化の様相を呈しており、今後もこのような抗議活動は続くものと考えられる。
 海上保安庁では、これらの事案に対しては全国から巡視船艇・航空機を動員するとともに、関係省庁との連携を図りつつ、今後とも不測の事態が生じないよう細心の注意を払いながら万全な体制で領海への侵入を排除する等の警備及び救難活動を行っていくこととしている。
 また、同諸島周辺海域では、台湾漁船は周年にわたり、延縄・一本釣り等の漁法により、さめ、まぐろ、とびうお等の採捕を目的として、中国漁船は例年2月から5月頃にかけて、底引き網の漁法により、かわはぎ等の採捕を目的として、多数操業している。
 10年には、同諸島の領海内において、不法操業を行い又は漂泊・徘徊等の不審な行動をとった中国漁船1,547隻、台湾漁船326隻を確認し、巡視船により厳重に警告の上、領海外に退去させた。

 3 過去最高を記録する中国海洋調査船

 我が国周辺海域では、海洋開発に対する各国の関心の高まりや海底資源開発技術の進歩等を背景として、外国による海洋調査活動が確認されており、特に、中国は、東シナ海等において、海洋調査船等により海底資源調査活動等を頻繁に行っている。
 我が国は、「海洋法に関する国際連合条約」(以下「国連海洋法条約」という。)等に基づき、我が国の大陸棚及び排他的経済水域において、外国が海底資源調査等を行うことは我が国の同意が無い限り認めないこととしている。このため、海上保安庁では、我が国が主権的権利及び管轄権を有する大陸棚等に係る海域において、外国海洋調査船等に対し巡視船艇・航空機により厳重な追尾監視を行い、我が国の同意が無いものに対しては、現場海域において中止要求を行うとともに、外務省等関係機関に速報する等により、対処している。
 最近の5か年について、同海域における外国海洋調査船等の確認状況をみると、6年の24隻、8年の22隻、10年の19隻が目立っており、これは、従来と比較し中国海洋調査船の件数が増えたためである。11年は6月末現在26隻を確認している(第1―1―4図参照)。
 10年は、16隻の中国海洋調査船を確認し、うち14隻にケーブルの曳航、観測機器の投入、反復航走などの特異な行動を認め、中には尖閣諸島の領海内に侵入して調査活動を行った事案も発生している。11年においても6月末現在で過去最高となる24隻を確認し、うち22隻に特異な行動を認めている(第1―1―5図参照)。

<事例>
 10年4月28日、海上保安庁航空機が尖閣諸島魚釣島北西方の我が国排他的経済水域において、船尾からケーブルを曳航しながら航行している中国海洋調査船「奮闘7号」を確認した。巡視船が現場に急行し、調査活動の中止を要求したところ、該船から「ここは公海上である。音波作業中であるので本船から3海里以内に近づくな。政府を通じて交渉されたい。」旨の応答があった。また、該船は、5月1日に我が国排他的経済水域から出域するまでの間、巡視船の調査作業の中止要求・領海外への退去要求を無視して3回にわたり、尖閣諸島の領海内で調査作業を行った。

 これらの中国海洋調査船の調査活動に対しては、これを規制する国内法がないこと等から、強制的な措置をとることができず、事実関係について外務省等関係機関に速報するとともに、当該船舶が我が国排他的経済水域から出域するまで巡視船艇・航空機により厳重な追尾監視・調査活動の中止要求を行った。

 4 我が国漁船の保護

  (1) 竹島周辺海域

 日本海南西部に位置する竹島は、韓国が昭和29年から灯台の用に供する構造物等の施設を建設するとともに、警備隊員を常駐させて占拠を続けており、かつ、艦艇にて常時竹島周辺海域の警戒を行っている。
 海上保安庁は、竹島問題は外交ルートを通じて平和的に解決を図るべきであるという従来からの政府方針に沿って、我が国漁業者の安全を確保するという見地から竹島周辺に、常時、巡視船を配備し、監視するとともに被だ捕等の防止指導を行っている。

  (2) 北海道周辺海域におけるだ捕事件

 10年のロシアによる日本漁船のだ捕件数は5隻(27名)で、いずれも北方四島周辺海域においてだ捕されたものである。11年に入り6月末現在では、カムチャツカ海域において、1隻(17名)のだ捕が確認されている。
 特に北方四島周辺海域においては、元年以降40隻(11年6月末現在)の日本船舶がロシア(旧ソ連)にだ捕されている。当該海域においてロシアは、6年から8年まで「プチーナ(漁期)」、10年には「ビオ(生物資源)98」、11年には「ミンタイ(すけとうだら)99」と称する密漁取締りを実施しており、違反漁船に対しては、武器の使用も辞さないという強硬な姿勢を示していることから、引き続き厳しい取締りが予想される。
 一方、10年2月、日ロ政府間において「日本国政府とロシア連邦政府との間の海洋生物資源についての操業の分野における協力の若干の事項に関する協定」が署名され、同年10月から北方四島周辺12海里海域内における操業が開始されている。
 海上保安庁では、だ捕等の発生が予想される北海道東方海域のロシア主張領海線付近等に、常時巡視船艇を配備し、漁船等の監視警戒に努めている。

  (3) その他の海域におけるだ捕事件

 10年には、その他の海域におけるだ捕事件は確認されていない。

 

【 図表等 】

第1―1―1図 不法行為・不審行動船舶及び緊急入域船舶隻数の推移
写真 不審船「第31幸栄丸」
写真 不審船「第二大和丸」
写真 不審船「第一大西丸」
第1―1―2図 能登半島沖不審船事案関係図
第1―1―1表 能登半島沖不審船事案における教訓・反省事項
(参考) 各国の領海警備を担当する組織
第1―1―3図 尖閣諸島魚釣島周辺図
第1―1―4図 外国海洋調査船等の確認状況の推移
第1―1―5図 中国海洋調査船の調査確認海域(10年)
写真 中国海洋調査船「奮闘7号」

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