U 海難救助体制 1
情報収集体制
(1) 情報収集の状況
海上保安庁では,海難救助を迅速・的確に行うため,22箇所の陸上通信所,24箇所の救難用方位測定局及び行動中の巡視船艇により遭難周波数を24時間聴守し,発射された電波の方位を常時測定する体制を整えている。また,GMDSSの導入に伴い衛星EPIRBを搭載した船舶や航空機からの遭難情報を入手するため,COSPAS/SARSATシステムの地上施設の運用を24時間体制で行っている。
さらに,船位通報制度(JASREP第9章U参照)体制の下,遠距離海域を航行する船舶等からの船位情報等の入手に努めている。
このほか,特定の通信所では,ロシア,韓国をはじめ近隣諸国との間で海難救助に関する情報の交換等を行っている。
8年は,陸上通信所及び巡視船艇において,船舶等が発信した海難に関する通信
3,452件を取り扱った。
また,船舶電話等により,海上保安庁に救助を要請してきた船舶の隻数は
278隻で,このうち,「海の110 番」によるものは41隻であった。
さらに,救難用方位測定局において方位を測定した遭難信号のうち,実際の遭難に伴い発信された1件が捜索救助活動に結びつき,8人全員が救助されたほか,COSPAS/SARSATシステムにおいて取り扱った遭難警報のうち,我が国の捜索救助区域内で実際の遭難に伴い発信された23件のすべてが捜索救助活動に結びつき,
312人全員が救助された。
(2) GMDSS体制の整備
英国客船タイタニック号の遭難事件を契機として構築された従来の遭難・安全通信システムは,遠距離通信に対応できないこと,突然の船舶の転覆等に際しては遭難信号が発信されない場合があること等の問題点が機会あるごとに指摘されていた。
これらの問題点を解決するため,国際海事機関(IMO)を中心に検討が行われた結果,「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度」(Global
Maritime Distress and Safety System:GMDSS)が4年2月から導入されることとなった。
GMDSSでは,衛星通信技術等を利用することにより,船舶は世界のいかなる海域で遭難しても捜索救助機関や付近航行船舶に対して迅速かつ確実に救助要請を行うことが可能となったほか,陸上から提供される海上安全情報も自動受信方式により確実な入手が可能となった。
海上保安庁では,11年2月1日の完全移行日を前に,GMDSSに対応する関連陸上通信施設の整備を完了し,既に運用を行っている。
また,巡視船艇についてもGMDSSに対応する通信機器の整備を順次進めている。
さらに,COSPAS/SARSATシステムにおいて、我が国の業務管理センター(MCC)が属する米国の基幹MCCへの情報量が増加しているが,その整理・集配信業務・調整業務等の処理能力から,関係国への情報伝達遅延が懸念されており,COSPAS/SARSAT理事会から我が国に対し,基幹MCCの設置要請が正式になされた。このため,海上保安庁では,北西太平洋地域における海難情報の収集処理体制の強化を図るため,基幹MCCを整備し,9年度から運用を開始している。
2 船位通報制度の充実
船位通報制度を有効に活用するためには,多数の船舶の参加が必要なため,毎年定期的に「JASREP参加促進運動」を展開するほか,海運・水産関係者に対する説明会,巡視船艇による訪船指導,周知用パンフレットの配布,海事出版物に掲載する等を通じて参加の促進を図っている。8年に本制度に参加した船舶は延べ26,944隻,通報件数は,
119,675件となっている。
3 海難への即応体制
海上保安部署,航空基地,特殊救難基地,通信所,管区海上保安本部及び本庁においては,海難等の発生に備えて24時間の当直体制をとっており,更に,大型台風の接近等大規模な海難の発生が予想される場合は非常配備体制をとって事案の発生に備えている。また,漁船の出漁状況,船舶交通のふくそう状況,気象・海象の状況等を勘案し,海難の発生の恐れがある海域にあらかじめ巡視船艇を前進配備し,海難への即応体制に万全を期している。
さらに,海難が発生した場合には,速やかに関連する情報を収集・分析して捜索区域,救助方法等を検討し,巡視船艇,航空機を現場に急行させる一方,JASREPを活用して,付近航行船舶に協力を要請するなど,迅速・的確な救助活動が行われるよう努めている。一方,船舶の負傷者及び海面を漂流している者に対しては,ヘリコプターの高速性,捜索能力,つり上げ救助能力等も活用することにより,人命の早期救助に努めている。
4 特殊救難体制
(1) 羽田特殊救難基地
羽田特殊救難基地は,危険物積載船の海難救助,転覆・火災・沈没船内からの人命救助及びヘリコプターから特殊救難隊員が降下して行う救助などの特殊な救難業務等を任務とし,現在,特殊救難隊4隊を編成して,全国で発生する特殊海難に備え24時間の出動態勢をとっており,8年には
119件の特殊海難に出動し,50人を救助した。
特殊救難隊は危険性の高い状況下での救助活動を実施しなければならず,船内進入の可否の判断,生存者救出及び二次災害の防止等のため,より高度な知識・技術が必要とされている。これらの状況に対応するため特殊救難隊においては厳しい訓練・研修を実施している。
(2) 潜水指定船
人命救助のための水面下における作業や犯罪捜査等のために必要な物件の水面下からの揚収作業等の潜水業務を行う巡視船を潜水指定船として指定し,1チーム4人の潜水士を配置している。
潜水指定船は潜水士を有効に活用し,人命救助,遭難船舶,その他の物件の救助等の潜水を必要とする業務を行っており,8年は転覆船の行方不明者捜索作業等
244件の海難救助等に出動した。
(3) 救難強化巡視船
転覆船の沈下防止措置,火災船からの人命救助,ヘリコプターと連携して行う救助活動等,より高度な知識・技術を必要とする特殊海難における救難能力の強化を図ることを目的として,潜水指定船の中から各管区に1隻の計11隻を救難強化巡視船として指定しており,8年には衝突転覆船内からの乗組員救出等
151件の海難救助等に出動した。
救難強化巡視船は,特殊海難の救助に対応できる技術能力の強化のため日頃から訓練研修に励むとともに,潜水士を増員して大規模海難への対応の充実を図り,救難活動の中核として業務に当たっている。
(4) 危険物海難に対応するための調査研究
海上で輸送される危険物は,年々その種類が増加し,危険物積載船の海難発生時における救助活動の困難性が増大してきている。これに対応するため,危険物に対する防護措置方法,火災船へのえい航索の取付方法等の危険物海難における救助方法に関する調査研究に取り組んでいる。
5 洋上救急体制
洋上救急事業は,(社)日本水難救済会が事業主体となり,海上保安庁,関係行政機関,関係団体の協力の下,60年10月に発足した。
その組織としては,同会本部に「洋上救急センター」(1箇所)が全国各地に「洋上救急センター地方支部」(10箇所)が設置され,また,事業を支援するため「洋上救急支援協議会」(13箇所)が海事関係者、医療関係者等により構成されており,官民一体となった洋上救急体制が整備されている。
洋上救急事業では,洋上で傷病者が発生し,医師の救急往診の必要があると認められる場合には,洋上救急センターが協力医療機関に医師の派遣を要請するとともに,海上保安庁が巡視船艇,航空機で医師等を輸送するという仕組みになっている。一般的には,ヘリコプター搭載型巡視船により,医師等を現場に急行させ,傷病者の発生した船舶等に接近したところでヘリコプターの機動力を生かしていち早く現場に到達し,傷病者をつり上げて巡視船に収容し,医師の応急処置を行いつつ速やかに陸上の医療機関に搬送するというような対処がなされるが,はるか沖合における事案については,離島の活用や,複数のヘリコプター搭載型巡視船を順次配置した飛び石輸送なども実施している。
洋上救急センターは,事業開始から平成8年末までに 350件(8年18件)について医師・看護婦等
658人(8年38人)を派遣した。
6 救急救命体制の充実強化
海上保安庁は,海難で救助された者に対して,海難現場や医療機関への搬送途中において応急的処置を実施しているが,救助された者の中には高度な応急処置を必要とする傷病者もいる。
これらの者に対しては,医療機関への搬送に長時間を要する等海上の特殊性から適切な対応が必要とされる。
こうした状況の中,海上保安庁は,4年4月から医師の指示の下に救急救命処置ができる「救急救命士」の国家資格を有する職員の養成を続けており,7年度までに同有資格者の羽田特殊救難基地への配置が完了し,8年度からヘリコプター搭載型巡視船への配置を開始した。
また,このほか,研修を通じてより高度な応急処置に関する知識・技能を有する職員を養成し,救難強化巡視船及びヘリコプター搭載型巡視船に配置することにより,海上における救急救命体制の充実強化を図っている。
7 関係機関との協力等
海上保安庁は,海難が発生した場合には,必要に応じて自衛隊,米軍等に捜索救助に関する援助等を要請している。
また,「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約」(SAR条約)への加入に際し,60年6月、関係省庁間の協議により,関係機関の間の連絡調整のため,海上保安庁に連絡調整本部を設置するとともに,地方機関等で構成する救助調整本部を各管区海上保安本部に設置し,関係機関との協力の下に捜索救助を実施している。
さらに,捜索救助の実施に際しては,我が国の船舶が本邦から遠隔の諸外国の周辺海域で海難に遭遇した場合,他国の船舶が我が国の周辺海域で海難に遭遇した場合等には,直接,又は外務省等を通じて相互に援助の依頼や情報連絡を行っている。8年には,ロシア16件,韓国19件,中国1件の船舶海難等について,相互に情報連絡等を行った。
そのほか,我が国の船舶が,傷病人の発生,荒天避難等の理由により,外国の領域に緊急入域する必要が生じた場合には,直接,又は外務省等を通じ,当該船舶の入域手続が円滑に処理されるよう依頼するなどの措置も講じており,8年には,
134隻についてこれらの手続を行った。 |