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U 海上における法秩序の維持

 海上保安庁は,海上における犯罪の予防及び法令の励行を図るため,8年は,延べ約 3,000隻の旅客船等に対する海上保安官の警乗や約76,600 隻の船舶に立入検査を実施する一方,刑法犯,薬物・銃器事犯,不法出入国事犯,海上環境関係法令違反の摘発,海難の発生に直接結びつくおそれのある海事関係法令違反や組織的な漁業関係法令違反の取締りを重点事項として,海上犯罪の取締りを行い, 8,941件の海上犯罪を送致するとともに,その違反の態様が軽微で是正の容易な 3,374件の行政関係法令違反について,警告措置とした。

 1 海事関係法令違反

 8年の海事関係法令違反の送致件数は4,526件であった。このうち船舶に係る送致件数は4,515件であり,これを船種別にみると,プレジャーボート等の小型船舶に係るものが3,122件 (69.1%) と最も多く,次いで漁船(763件),貨物船(374件) の順になっている。
 海事関係法令違反については,無検査船舶の運航,無資格者による船舶の運航,貨物船等の満載喫水線超過載荷,プレジャーボート等の最大搭載人員超過搭載等,特に海難の発生に直接結びつくおそれのある事犯に重点を置き,関係機関と密接な連携を保ちつつ指導取締りを実施している。
 また,年末年始やゴールデンウィークには,特に海上輸送活動や海洋レジャー活動が活発化するため,全国一斉の指導・取締りを行い,法令の励行及び安全の確保に努めている。

 2 漁業関係法令違反

 (1) 日本人漁業関係

 8年の漁業関係法令違反の送致件数は1,594件であり,そのほとんどが無許可操業や区域外・期間外操業等のいわゆる密漁事犯であった。
 近年の密漁事犯は,ますます悪質・組織化しており,中には暴力団が関与する大掛かりな密漁も行われている。

<事例>
 釧路海上保安部は,8年8月,毛がに等約6トン(約1,200万円相当) を不法に採捕していた暴力団組員を含む18名のグループを北海道海面漁業調整規則違反で検挙した。

 また,沖合における密漁は,取締りの目が十分には届きにくいことから,禁止区域内操業を行っていながら航海日誌等の書類を改ざんするなど証拠隠滅を図ったり,取締りに当たる巡視船等の動向をお互いに通報するなど,組織的かつ巧妙に行われる悪質な違反が多い。
 これらの密漁事犯は,漁業紛争を引き起こしたり,水産資源の枯渇につながるおそれが強いので,漁業関係者に対する防犯指導を徹底する一方,巡視船艇・航空機を動員して厳重な監視取締りを行い,漁業秩序の維持に努めている。
 さらに,地方自治体,漁業関係団体との間において密漁事犯の情報交換,密漁防止に関する指導・啓蒙活動への協力など関係機関との連携強化を図るとともに,合同取締りを実施し,漁業秩序の維持に努めている。

 (2) 外国人漁業関係

 8年の外国人漁業関係法令違反の送致件数は19件であり,監視取締り状況は以下のとおりとなっている。
 なお,国連海洋法条約の締結に際し,8年7月20日,排他的経済水域が設定され,さらに,9年1月1日,直線基線が設定されたことによって,監視取締り水域が拡大することとなった。海上保安庁としては,このような状況を踏まえ,外国漁船の監視取締り体制を強化しているところである。
 (ロシア漁船)
 ロシア漁船は,52年以来,大型冷凍トロール漁船及び中型まき網漁船が,母船,仲積船,タンカー等とともに,年間を通じて北海道南東岸から千葉県銚子沖にかけての広大な水域において操業していたが,最近は操業規模が縮小しており,違反についても,8年には認められなかった。
 (韓国漁船)
 韓国漁船は,底びき網漁船,いか釣り漁船等がほぼ全国の海域において操業しているが,不法操業は九州西岸沖合から東北沖にいたる日本海周辺海域でみられ,中でも対馬周辺の水域において特に多く発生しており,8年には外国人漁業の規制に関する法律違反等で14隻を検挙している。
 (中国漁船)
 中国漁船は,二そうびき底びき網漁船,まき網漁船及びいか釣り漁船等が日本周辺のかなり広範な海域において操業しているが,違反については,8年には認められなかった。
 (台湾漁船)
 台湾漁船は,さんご網漁船,一本釣り漁船,はえなわ漁船等が沖縄や奄美大島周辺海域において,従来からほぼ周年にわたり操業しているが,さんご網漁船は,男女群島周辺海域や伊豆・小笠原周辺海域においても操業しており,8年には,外国人漁業の規制に関する法律違反で4隻を検挙している。

<事例>
 9年6月,美保航空基地所属航空機が,直線基線の採用に伴い,新たに領海となった若狭湾沖において侵犯操業中の韓国漁船を発見,現場に急行した巡視船により,同船船長を外国人漁業の規制に関する法律違反で現行犯逮捕し,全国で初めて摘発した新たに領海となった水域における侵犯操業事件となった。

 

3 刑法犯

 8年の海上における刑法犯の送致件数は1,333件であった。これを罪種別にみると,業務上過失往来妨害事犯が1,134件(85.1%)とその大半を占め,次いで業務上過失傷害事犯(124件),殺人及び傷害等の事犯(31件),窃盗事犯(14件),業務上失火等の事犯 (12件) の順になっている。

  (1) 海難事件

 船舶の衝突,乗揚げ等の海難が発生した場合は,その刑事責任を明らかにするために必要な捜査を行っており,8年の船舶の衝突件数は,569 件で,このうち当て逃げ事件は,9.3%の53件であった。
 当て逃げ事件は,被害船の多くが漁船で,全体の58.5%を占めており,乗組員に死傷者を生じることも多く,人身被害者総数18人のうち12人が漁船の乗組員であった。
 当て逃げ事件は夜間発生することが多く,目撃者がいない場合や被害船が沈没した場合には,事件の認知までに相当の時間を要するとともに,手掛かりとなる証拠品もわずかであること等により,加害逃走船の割り出しが極めて困難な場合が多いが,巡視船艇・航空機の緊急配備,広域手配,塗膜鑑識装置を用いた科学捜査等によって,近年には,その70%以上を検挙しており,8年においては75%であった。
 また,海難事件の中には,保険金を目当てに故意に船舶を沈没させるなどの場合もあるので,あらゆる角度から綿密な捜査を実施している。
 さらに,近年の海洋レジャーの進展に伴い,プレジャーボート等の海難が後を絶たないため,関係者に対して法令の励行を徹底させるほか,事件が発生した場合は必要な捜査を行っている。

  (2) 海上における人身犯

 8年の海上における人身犯は,殺人2件,殺人未遂2件,傷害24件,暴行3件であった。
 殺人をはじめとする凶悪犯は,本邦を遠く離れた洋上で発生する事例があり,このような場合には,船内の秩序維持,証拠保全,被疑者の保護といった観点から,必要に応じて海上保安官を現地に派遣し,被疑者の護送に当たっている。
 また,その犯行の動機や原因をみると,狭い船内での長期にわたる単調な生活による不満がうっ積し,飲酒の上の口論や仕事上のトラブルが引き金となって犯行に及ぶという事例が多い。
 このため,関係団体等を通じて,明るい職場環境づくり,刃物類等凶器となるおそれのある物の保管管理の徹底等を指導している。

<事例>
 気仙沼海上保安署は,風評に基づき内偵捜査を行い,8年5月には,近海まぐろ延縄漁船船内において,乗組員が他の乗組員に対し暴行を加え,重傷を負わせた事件を摘発し,同乗組員を傷害容疑で逮捕したほか,同年9月までの間に近海・遠洋まぐろ漁船4隻の船内における暴行傷害事件を摘発した。

4 出入国関係法令違反

 (不法入国の現状)
 近年,船舶を使用して不法に入国を図る外国人が後を絶たず,海上保安庁では,本年は8月末までに,401人に上る不法入国者を検挙している。なかでも,中国人の増加が顕著であり,昨年,今年と検挙者数が急増した要因となっている。
 中国人による不法入国事犯については,「蛇頭」と呼ばれる国際的な密航ブローカーが我が国暴力団と手を組み,不法滞在者や漁業関係者等を抱き込んで,密航者運搬,我が国での住居手配及び就職斡旋に関与しており,また,密航者もより多くの収入を得ようと積極的に「蛇頭」と接触し,我が国へ入国を図ろうとしている背景がある。
 このように我が国への密航を助長する環境が整えられるに従い,その手法も,貨物船内やコンテナに潜伏する密航のほか,中国船を仕立てた集団密航が急増している。
 さらに,GPS航法装置(衛星を利用した自船位置表示装置)を用いて,洋上で両船がピンポイントで会合し,日本漁船を中国漁船からの密航者受取船として使用する事例や,携帯電話により受取人との会合場所,会合時間等を適宜決定する事例など,その形態も益々巧妙化してきている。
 中国人不法入国者のほとんどは,かつて我が国で就労していた帰国者からの情報に触発されることが多い福建省出身者である。最近では,これらの者が中国の東北,華中地域等から出国し,日本全国において上陸を図っている。

<事例>
 8年12月,中国漁船に乗船し遼寧省沖を出発した中国人64名(福建省出身)が,福岡県沖領海内に不法入国した事件で,第七管区海上保安本部は,中国人70名と日本人2名及び暴力団幹部の在日韓国人1名を逮捕した。
 本件は,中国人「蛇頭」と我が国の暴力団が連携し計画されたもので,同本部が警察からの不審情報を入手のうえ内偵捜査を実施し,受取船である日本漁船との接触を認めたことから,摘発に至ったものである。

 一方,中国人以外による不法入国事犯については,7年以降バングラデシュ人等が「韓国ルート」により不法入国するものが増加しているが,この事犯にも,最近では韓国国内の密航ブローカーばかりでなく,我が国暴力団の関与が認められるようになった。
 (海上保安庁の対応)
 これら不法入国事犯は,依然として存在する我が国と周辺諸国との所得格差を背景に,高収入を得る目的をもって我が国で不法就労するためであると考えられ,今後も多発するものと予想される。
 このため,海上保安庁では,国内関係機関と緊密な連携を保ちながら,不法入国事犯が発生するおそれの高い海域における監視警戒を強化するとともに,中国等を出港若しくは経由して我が国に来航する船舶に対する綿密な立入検査の実施により,密航者の発見に努めている。
 また,職員を中国等に派遣し不法出国者の取締り強化を申し入れるなど,密航防止について,国外関係機関に強く働きかけているところである。
 さらに,海事関係者や沿岸住民からの情報により,密航船及び密航者を摘発する事例も多いことから,情報の提供を依頼している。

 5 薬物・銃器関係法令違反

 8年の薬物・銃器関係法令違反の送致件数は,薬物関係法令違反13件,銃器関係法令違反17件であった。
 薬物・銃器問題は,世界各国で深刻な社会問題となっており,我が国においても,事犯が凶悪化,潜在化し,一般市民への拡散傾向もみられる等,非常に憂慮すべき状況にある。
 このような状況にかんがみ,薬物事犯については,9年1月に内閣総理大臣を本部長とする「薬物乱用対策推進本部」が,また,銃器事犯については,7年に内閣官房長官を本部長とする「銃器対策推進本部」が設置され,政府を挙げて,その対策を強力に推進している。
 我が国で不正に用いられている薬物・銃器のほとんどは,船舶等を使用して海外から密輸入されているとみられており,特に船舶による場合は,その複雑な構造を利用して船内に隠匿して持ち込む方法のほか,洋上で外国船舶から日本船舶への積替えを行い,離島・地方港等を中継地として持ち込むなど巧妙,かつ,組織的な手口が用いられている。
 海上保安庁では,こうした状況に対処するため,
 ア 密輸入に関与している疑いのある船舶や人物に関する情報収集活動の推進
 イ 薬物・銃器の流出するおそれのある東南アジア,南米地域等から入港する船舶
  に対する徹底した立入検査の実施
 ウ 洋上積替えの行われるおそれの高い沖縄,南西諸島周辺海域などにおける監
  視警戒の強化
 エ 警察,税関等の国内取締機関との連携を密にしつつ,全国一斉の集中取締りを
  実施
 オ 離島・地方港などにおける海事・漁業関係者等に対する不審情報の通報等の協
  力要請
 カ 海外関係機関との情報交換の促進
を図り,薬物・銃器の水際阻止に全力を挙げている。

<事例>
 第三管区海上保安本部及び横浜海上保安部は,8年11月,横浜税関及び神奈川県警と連携のもと,横浜港に入港中のパナマ船船内においてコカイン約6.9 キログラムを発見,押収し,乗組員2名を検挙した。

 6 その他の法令違反

 8年におけるその他の法令違反の送致件数は161件で, そのうち電波法違反が119件であった。

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