第1部 青い海を守る
 我が国は,主要資源の多くを輸入に頼る資源小国であることなどから,原油や液化ガス等が専用船により大量に海上輸送され,さらには,その海域が,貨物船,漁船等船舶がふくそうしている状況にある。このため,船舶の衝突等の海難による大量の油排出や海上火災等の海上災害が発生する蓋然性が高く,また,このような海域で,ひとたび海上災害が発生すれば,重大な被害の発生が懸念される。
 さらに,近年,領海外における事故等が,我が国に影響を及ぼす事態が生じている。
 このような状況にかんがみると,海上災害への的確な対応体制を整備することは極めて重要な課題である。

第1章 大規模油流出災害

 油の排出による汚染事故に関しては,海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律(以下「海洋汚染防止法」という。)に基づき,油を排出した船舶の所有者等の原因者に対して防除責任を課すとともに,タンカー及び油保管施設等に排出油防除資機材等の備付けを義務付けている。
 海上保安庁は,油の排出による汚染事故が発生した場合,原因者,海上災害防止センター等の防除措置の実施者への指導・助言等を行うほか,原因者側の対応が不十分なときは,自ら排出油の防除等を行うこととしている。
 このため,全国主要部署に排出油防除資機材等を配備するとともに,海洋汚染防止法に基づく海上保安庁の防除計画である排出油防除計画を全国の海域について作成している。

 1 最近の油流出事故の発生状況及びその概要

 8年には,防除措置が講じられた油排出事故が197件発生し,この油排出事故を船種別に見ると,貨物船が56件と多く,全体の28%を占め,ついで漁船,タンカーの順となっている。
 これらの事故件数の推移を見ると,7年に一時増加したものの,8年は減少した。

 (1) ナホトカ号海難・油流出災害の概要
 9年1月2日未明,ロシア船籍タンカー「NAKHODKA」(ナホトカ,総トン数13,157トン,以下「N号」という。)は,風速約20メートル,波高約6メートルの大時化の状況下,C重油約19,000klを積載し,中国上海からロシアペトロパブロフスク向け航行中,隠岐諸島北北東約106qの海上において,突然船体が折損し,船尾部が沈没,船首部は半没状態で漂流した。
 この事故により,折損した部分からC重油約6,240kl(推定。船舶からの流出量としては46年のジュリアナ号原油流出事故に次いで過去2番目)が流出するとともに,船首部が約2,800kl(推定)を残存したまま,7日午後,福井県三国町安東岬付近の海岸に漂着した。
 さらに,N号から流出した油の一部は,島根県から秋田県に及ぶ日本海側の1府8県(富山県を除く。)に漂着し,甚大な被害をもたらした。
 政府は,災害応急対策を強力に推進するため,閣議口頭了解により,1月10日に,ナホトカ号海難・流出油災害対策本部(本部長:運輸大臣 事務局:海上保安庁 対応窓口:運輸省)を運輸省に設置するとともに,1月20日には,被害対策,再発防止対策等の効果的かつ総合的な推進を図るため,ナホトカ号流出油災害対策関係閣僚会議を閣議口頭了解により設置し,随時開催することとした。
 また,関係地方公共団体では,災害対策本部等を設置し,関係機関,ボランティアの協力を得て,沿岸に漂着した油の回収作業等を実施した。
 災害発生後3ヶ月の間に活動したボランティアの数は,のべ約27万人(9年3月末現在)に上った。
 流出油については,関係行政機関,関係地方公共団体,民間ボランティア等により,8月末までに,約59,000kl(暫定。海水,砂等を含む。)が回収され,現在ではほぼその回収作業は終了した。
 また,漂着した船首部については,2月25日までに残存油が抜き取られ,4月20日に撤去された。
 なお,沈没した船尾部については,未だ湧出油が認められ,海上保安庁の巡視船・航空機により監視警戒等を実施している。

 (2) オーソン号沈没・油流出事故の概要
 9年4月3日深夜,韓国船籍タンカー「OHSUNGNo.3」(オーソンNo.3,総トン数786トン,以下「O号」という。)は,蔚山(ウルサン)から群山(グンサン)へ向け航行中,韓国巨済島南方の韓国領海内において,座礁,沈没し,積載していたC重油約1,700klの一部が流出した。
 海上保安庁では,4月4日,韓国海洋警察庁から事故情報入手後,関係地方公共団体に事故情報を通報するとともに,本庁に「韓国タンカーO号油防除警戒室」及び第七管区海上保安本部に「韓国タンカーO号油防除警戒本部」を設置し,巡視船艇・航空機による浮流油の調査及び韓国海洋警察庁等関係機関からの情報の収集に努めた。
 また,同日,関係省庁連絡会議を開催(以後3回開催)し,事故情報の交換を行うとともに,今後の対応等について申し合わせた。
 さらに,第七管区に,高粘度油に対応可能な油防除資機材を集結させるとともに,油防除に関する専門的知識及び技術を有する専門家で編成される機動防除隊を派遣し,流出油の沿岸海域への到来に備えた。
 また,関係地方公共団体でも対策本部を設置し,対応した。
 7日には,韓国領海線付近の公海上に浮流油を確認したため,第七管区海上保安本部は油防除警戒本部を油防除対策本部に改組し,巡視船による浮流油の防除を開始するとともに,海上自衛隊,第四港湾建設局,水産庁等に協力を要請した。
 10日には,対馬上島北西沿岸に浮流油が漂着したことから,事態の重要性にかんがみ,本庁に対策本部を設置し,巡視船艇延べ約318隻,航空機延べ36機を動員して防除作業を実施した。
 22日には,対馬周辺海域に浮流油が認められなくなるとともに,関係機関による漂着油の回収作業が概ね終了したことから,海上保安庁においても,本庁及び第七管区海上保安本部の対策本部を解散した。

 (3) ダイヤモンドグレース号底触・油流出事故の概要
 9年7月2日午前10時5分頃,ペルシャ湾から川崎港向け航行中のパナマ船籍タンカー「DIAMONDGRACE」(ダイヤモンドグレース,総トン数147,012トン,以下「D号」という。)が,横浜市本牧沖約6kmにて,底触し,貨物タンクに破口を生じ,原油が海上に流出した。原油の流出量については,運航者側の報告等から,14,000〜15,000klと推定したが,その後,運航者側が,タンクの状況を精査した結果,流出したと予想していた原油が,隣の空のタンクに移動していることが判明し,最終的に約1,550klであることが確認された。
 政府は,2日午前11時に,海上保安庁に防災基本計画に基づく警戒本部(本部長:海上保安庁長官)を,第三管区海上保安本部に警戒本部の現地組織として現地連絡調整本部を設置し,同日午前12時に警戒本部の第1回会合を開催した。
 さらに,同日午後2時には,災害の状況にかんがみ,災害対策基本法に基づく非常災害対策本部(本部長:運輸大臣)を設置した。
 また,関係地方公共団体でも対策本部を設置し,対応した。
 流出油は,3日には,最大南北約15km,東西約18kmまで拡散し,その一部が川崎市浮島,東扇島及び横浜市本牧埠頭に漂着したが,巡視船艇,護衛艦,関係機関の船舶等,330隻以上の動員体制(最大)を確保し,昼夜にわたる油回収船,油回収装置及び油吸着剤による流出油の回収並びにその効果を確認した上で,浮流油の状況に応じた油処理剤の使用等の回収防除作業を実施した結果,浮流油の濃い部分は4日午後9時30分までに,概ね回収されたことが確認され,6日早朝以降,浮流油は確認されなくなった。
 11日には,非常災害対策本部について,その所期の目的が達成されたことから,廃止した。