第10章 海上保安体制の現状

T 組織・定員

 海上保安庁は、海上における人命及び財産の保護並びに治安の維持を目的として、昭和23年に海上保安庁法に基づき、運輸省の外局として設けられた行政機関で、その所掌事務は、警備救難業務、水路業務及び航路標識業務に大別できる。

 1 組   織

 海上保安庁の組織は、全国を11の管区に分け、それぞれに管区海上保安本部を置き、本庁がこれを統括する構成となっている。
 さらに、管区海上保安本部の事務の一部を分掌させるため、11年6月末現在、管区本部の事務所として、海上保安(監)部66か所、海上警備救難部1か所、海上保安署51か所、海上交通センター6か所、航空基地14か所、特殊警備基地1か所、特殊救難基地1か所、機動防除基地1か所、統制通信事務所11か所、水路観測所4か所、ロランセンター1か所及び航路標識事務所79か所を置いている。
 また、教育訓練機関として、海上保安大学校及び海上保安学校、さらに海上保安学校の分校として門司分校及び宮城分校を置いている。
 11年度の主な組織改正は次のとおりである。

  海上保安庁における航空機の安全運航、効率的な航空機の運用の検討・実施及び航空要員の運航技術の向上等を図るための体制を強化するため本庁警備救難部管理課に航空業務管理室を設置した。
  航路標識の保守・運用に関する事務の執行体制を強化するため第三管区海上保安本部に静岡航路標識事務所を設置した。

 2 職   員

 海上保安庁の10年度末の定員は、12,224人で、その内訳は第2―10―1表のとおりである。 海上保安業務は、近年、社会環境の変化に伴い、警備救難・水路・灯台各分野において複雑化かつ高度化してきており、これら業務を的確に遂行するためには、優秀な人材を確保していく必要がある。
 現在、海上保安大学校及び海上保安学校において所要の教育・訓練を行うとともに、給与の改善、労働時間の短縮等魅力ある職場作りにも積極的に努めている。
 また、昭和54年10月からは女性に海上保安官への門戸を解放しており、11年6月末現在、221名の女性海上保安官が、各種の陸上組織及び巡視船等で活躍している。

U 装   備

 1 船艇・航空機

  (1) 船艇の現状

 海上保安庁は、極めて広範多岐にわたる業務を実施するため、10年度末現在、警備救難、水路及び灯台業務用の船艇514隻、また、職員の教育訓練用艇3隻の合計517隻(147,203総トン)の各種船艇を保有している。

   ア 警備救難業務用船

 警備救難業務用船は、海上における治安の維持、海上交通の安全確保、海難の救助、海上災害の防止、海洋汚染の防止等に従事しており、巡視船120隻、巡視艇235隻、特殊警備救難艇83隻の合計438隻であり、このうち、大型巡視船は49隻配備している(第2―10―1図参照)。
 11年度は前年度からの継続分として、大型巡視船5隻、小型巡視船1隻及び大型巡視艇4隻を整備するほか、新規分として大型巡視艇1隻及び監視取締艇1隻を整備することとしている。
   イ 水路業務用船

 水路業務用船は、水路測量、大陸棚調査、海象観測、地震予知測量等に従事しており、大型・中型測量船5隻、小型測量船7隻の合計12隻を配備している。

   ウ 灯台業務用船

 灯台業務用船は、航路標識の性能の測定、灯浮標の設置及び交換、灯浮標、灯標等の点検整備等に従事しており、航路標識測定船1隻、設標船4隻、灯台見回り船59隻の計64隻を配備している。
 11年度は、灯台見回り船2隻の整備を行うこととしている。

  (2) 航空機の現状

 航空機は、その優れた機動力と監視能力によって、海上における治安の維持、海上交通の安全の確保、海難の救助、海上災害の防止、海洋汚染の防止等に従事しており、10年度末現在、飛行機27機、ヘリコプター43機の合計70機の航空機を全国14の航空基地及び9の海上保安部に配属している(第2―10―2図参照)。
 11年度には、前年度からの継続分として中型飛行機4機及び中型ヘリコプター2機を整備するとともに、新規分として中型飛行機3機を整備することとしている。

  (3) 船艇・航空機の整備

 国連海洋法条約の締結に際しての直線基線の採用、接続水域及び排他的経済水域の設定による監視取締り水域の拡大に加え、近年の密航事犯の増加、薬物・銃器の密輸入問題の深刻化、新しい日韓漁業協定等への対応及び領海等における主権等の確保、さらには不審船事案への対応等、海上警備の充実強化がますます重要となってきており、これらの業務ニーズに的確に対応するために巡視船艇・航空機の整備が緊急の課題となっている。
 一方、巡視船艇・航空機の中には、既に耐用年数等を迎え、老朽化等による性能劣化の著しいものが目立ってきており、これら巡視船艇・航空機を早急に代替整備する必要がある。
 このため、近代的装備を有する高性能な巡視船艇・航空機の整備を実施するなど、業務執行体制のより一層の強化を図ることとしている。
 巡視船艇については、

  ヘリコプター搭載型巡視船による距岸100海里以遠でのSAR体制等の強化(200海里までは12時間、それ以遠は24時間で事案に即応する体制の確立)

  距岸100海里内での大型巡視船と航空機との連携機能強化(6時間で事案に即応する体制の確立)

  高速中・小型巡視船等による沿岸での即応体制の強化(3時間で事案に即応する体制の確立)

  根室、津軽、対馬海峡における監視取締り体制の強化

  高速小型巡視船等による日本海及び九州南方海域の領海警備体制の強化

  中・小型巡視船及び大型巡視艇による東京湾、伊勢湾及び瀬戸内海内のふくそうする海域における即応体制の強化(1時間で事案に即応する体制の確立)

  航路しょう戒艇(大・小型巡視艇)による海上交通安全法に定める航路等のしょう戒体制の強化

  小型巡視艇による港及び周辺海域の体制強化

等を、また、航空機については、

  ジェット飛行機によるSAR体制等の強化

  大型・中型ヘリコプターによる空白のない直接救難圏の確立(距岸約100海里内の海域において、内海・内湾等は1時間、それ以外の海域は2時間で事案に即応する体制の確立)

  中型飛行機による沿岸しょう戒体制等の強化

  夜間悪天候下でも出動可能な機体の導入、2機4クルー体制の整備等による周年24時間出動体制の確立及び特殊救難隊等の輸送能力の強化

等を目指して体制を構築していくこととしている。

 また、測量船については、近年、沿岸域の総合的な利用・開発の気運の高まりに伴う精密な調査の必要な海域の拡大、海洋レジャー活動の進展等新たな沿岸海域の利用による海洋情報のニーズの増大、地震・火山噴火予知や地球規模での環境問題に関するきめ細かな調査の要望等、調査の質的・量的な強化が必要となっている。
 このため、最新の観測機器を装備し、調査海域・目的に適合したものに順次整備を図るよう努め、多種多様な海洋情報ニーズに対応していくこととしている。
 さらに、灯台業務用船については、航路標識基数の増加等に対応するため、耐用年数到来時に高速化を図るなど必要な機能を強化したものへの代替整備を行い、多様な航路標識業務に対応していくこととしている。

大型測量船「昭洋」のhipoftheear'98受賞

 9年度末に就役した大型測量船「昭洋」が、(社)日本造船学会の主催する「Ship Of the Year '98」を受賞した。

 (社)日本造船学会では、毎年、技術的・芸術的に優れた船舶1隻を選定し、日本造船学会作品賞「Ship Of the Year」を贈っており、1998年における「Ship Of the Year」として、測量船「昭洋」が高精度の測量・観測業務を可能とする世界初のADDエンジンによるフルモード電気推進方式を採用し、低燃費、軽量コンパクトで徹底した静粛性を追求するなど最新鋭の技術と外観の美しさが高く評価され、選ばれたものである。
 同賞の受賞は、海上保安庁はもとより官庁船としては初めての快挙である。

 2 通   信

 海上保安庁は、我が国周辺海域を航行する船舶との間で、海難、航行警報、海上気象予報・警報、船位通報、入出港、巨大船との航路通報に関する通信等の様々な通信を実施しているほか、部内相互間における指揮、命令、報告等の伝達等を行う通信を実施している。
 このため、海上保安庁では、統制通信事務所、航空基地などの陸上通信所及び巡視船艇等で使用する通信施設並びに本庁、管区、部署間を結ぶ陸上回線網の建設・保守を行っている(第2―10―3図参照)。
 また、「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度」(GMDSS)に適切に対処していくため、コスパス・サーサット(COSPAS/SARSAT)システムの地上設備、NAVTEX送信局、中波及び短波海岸局並びに日本語NAVTEXを整備しているほか、巡視船艇への施設についても既に整備を完了し、運用を行っている。
 さらに、ますます増大する業務ニーズや、昨今の情報化の流れ等に対応するため、通信回線を高品質で信頼性の高いデジタル回線へ移行する整備を実施しているほか、巡視船艇等の移動体通信の高度化を検討している。

 3 行政情報化の推進

 6年12月に「行政情報化推進基本計画」が閣議決定(9年12月改定)されたことを踏まえ、海上保安庁でも、情報通信技術の急速な普及に対応して、海上保安行政に関する情報基盤の整備を通じ、国民サービスの向上及び行政事務の効率化を図るため、行政の情報化を総合的な観点から推進しているところである。
 9年10月には、クライアント・パソコンの設置、運輸省、霞が関WAN及びインターネットとの接続を行うとともに、10年3月にはインターネット・ホームページ(http://www.kaiho.mlit.go.jp/)を開設し、海上保安行政情報の提供、一般からの意見、質問の受付を行っている。
 11年度は、前年度に引き続きクライアント・パソコン等を増設することとしており、海上保安行政事務の一層の効率化を図っていくこととしている。

 4 海洋情報システム

 昭和60年10月から運用を開始した海洋情報システムは、本庁の情報処理装置と、管区海上保安本部を経由してオンラインで接続された全国の海上保安(監)部、特定港を有する海上保安署、航空基地、統制通信事務所等の入出力端末機で構成され、24時間リアルタイムで情報の提供・処理を行っているコンピュータシステムである。
 このシステムは、事件・事案に的確に対処するために、巡視船艇・航空機の動静に関する情報及びJASREPによって得られる船舶の位置等に関する情報のほか、外国漁船・外国海洋調査船等の動静に関する情報、航行船舶の安全に関する情報、過去に発生した海難の情報等についても集中管理するものであり、これにより海上保安業務の効率化を図っている。
 10年度は、国連海洋法条約批准に伴う監視取締り体制の強化及び銃器・薬物事犯への更なる対応強化の一環として、本システムに海洋法条約業務執行データベースを整備した。

 5 留置施設

 海上保安庁は、管区海上保安本部、海上保安(監)部、海上警備救難部、海上保安署及び分室並びに巡視船に計126か所の留置施設を設置している。
 近年の人権擁護意識の高まりにこたえ、海上保安庁の留置施設の適正な管理運営を図り、被留置者の人権を尊重しつつ、その適正な処遇を確保する必要があるため、「海上保安庁の留置施設に関する法律案」を過去2回国会に提出したが、廃案となった。しかしながら、この法律案は、「刑事施設法案」及び「留置施設法案」の立法趣旨と同様に、海上保安庁の留置施設に留置される者の適正な処遇の保障等を目的としていることから、その早期成立に向けて、関係省庁と共同歩調をとりつつ、対応していくこととしている。
 さらに、被留置者の人権保護、処遇の向上等を図るためには、留置施設自体の構造、設備といった面からの改善も必要不可欠であることから、留置施設内のトイレの改善等施設の改善を図っている。

 6 庁舎等の整備

 海上保安業務遂行のための組織及び正面装備がその機能を十分に発揮するためには、発進基地としての船艇・航空基地施設や後方支援施設である庁舎等を正面装備と一体的に整備しなければならない。しかしながら、海上保安庁の施設の現状を見ると、船艇・航空基地施設においては、老朽化が著しく、機能上業務ニーズへの対応が困難となっており、また、後方支援施設においては、借上庁舎や老朽・狭あいな木造宿舎が多数散在するなど、執務及び生活環境の整備が不十分であり、これら施設の修繕、更新に関する需要は飛躍的に増大している。
 また、海上保安業務の複雑・多様化に伴い、事務処理の効率化及び質的向上を図る必要が生じてきており、船艇職員執務室、武道場等の早期整備が求められている。
 そのうえ、巡視船艇・航空機の大型化等に伴う船艇・航空基地施設の整備、空港整備計画に伴う航空基地施設の移転整備及び港湾整備計画に伴う船艇基地施設の整備等、新規需要も確実に増えている。
 このため、海上保安庁では、質・機能の充実した施設の整備、既存施設の修繕、老朽・狭あい施設の解消に努め、執務及び生活環境の改善を図るべく、施設の整備を実施していくこととしている。

V 教育訓練体制

 海上保安官は、複雑多岐にわたる専門的な業務に従事し、かつ、海上での厳しい環境の中で業務を遂行しなければならないため、海上保安官としての自覚、業務を遂行するために必要な学術及び技能並びにおう盛な気力・体力が要求される。
 このため、海上保安大学校(広島県呉市)及び海上保安学校(京都府舞鶴市(福岡県北九州市及び宮城県岩沼市にそれぞれ門司分校及び宮城分校))を設置して、新規採用職員に対して全寮制の下に必要な教育訓練を実施するとともに、既に業務に従事している職員に対し、専門的な学術及び技能の向上を図るため、業務ニーズに応じた各種の研修を実施している。

 1 海上保安大学校における教育・訓練

 海上保安大学校は、海上保安庁の幹部職員に必要な学術及び技能の教授並びに心身の練成を図ることを目的として設置され、本科、専攻科、特修科及び研修科の各科が置かれている。
 本科においては、幹部となるべき職員を養成するため、高等学校卒業者等を採用して、1、2学年では主として一般教養を、2学年後期からは一群(航海専攻)、二群(機関専攻)及び三群(通信専攻)に分け、海上保安業務の遂行及び船舶の運航に必要な高度な学術及び技能を教授している。また、卒業者には一般の大学卒業者と同様に大学院入学資格が付与されるとともに、学位授与機構による所定の審査を経た上で、学士(海上保安)の学位が授与されている。
 専攻科においては、本科の卒業生に対し、海上保安業務の遂行に必要とされる専門的学術及び技能を教授するほか、教育訓練用巡視船「こじま」により約3か月間北米、英国等への世界一周遠洋航海実習を実施して国際感覚の涵養等を図っている。
 特修科においては、既に職務に就いている職員のうちから選抜した者に対し、初級幹部職員として海上保安業務の遂行及び船舶の運航に必要な学術及び技能を教授している。
 研修科においては、高度化・専門化する海上保安業務に的確に対応するため、既に業務に従事している職員に対し、潜水技術研修、ロシア語、中国語、韓国語の語学研修等業務遂行に必要な専門的学術及び技能を教授している。

 2 海上保安学校における教育・訓練

 海上保安学校は、海上保安庁の職員として業務遂行に必要な学術及び技能の教授並びに心身の練成を図ることを目的として設置され、本科及び研修科が置かれている。
 本科においては、中堅の職員を養成するため、高等学校卒業者等を採用して、下記の課程及びコースに分け、それぞれ専門に応じた学術及び技能に加え、初任の海上保安官として必要な素養を身に付けさせることとしており、また、研修科においては、職員の職務能力の向上を図るため、既に業務に従事している職員に対し、業務遂行に必要な専門的教育訓練を実施している。

船舶運航システム課程 航海コース
機関コース
主計コース
情報システム課程 情報通信コース
航行援助コース
海洋科学課程

 また、海上保安学校門司分校では、既に海技資格等を有している新規採用職員に対し、海上保安業務に必要な犯罪捜査、海難救助等専門的な学術及び技能を教授するほか、海上交通センターの初任運用管制官及び海上保安部の警備担当者に対し、それぞれの業務の遂行に必要な専門的な知識及び技能を教授している。
 さらに、海上保安学校宮城分校では、航空要員を養成するため、回転翼航空機の操縦士として必要な基礎的技能を修得させる回転翼基礎課程、つり上げ救助技術等の業務遂行に必要な特殊技術を修得させる特殊業務飛行課程等8課程を設け、航空機の安全運航に必要な知識・技能を修得させるための教育訓練を実施している。

 3 外部機関等における研修

 海上保安庁では、特に業務の複雑多様化、専門化が進んでいる航空要員、特殊救難隊員、機動防除隊員等の特殊な業務に従事する職員に対して、外部機関に研修を委託して能力向上を図っているほか、職員の資質向上を図るため管区海上保安本部等において、監督者研修等の人材育成研修を積極的に実施している。

W 研究開発

 海上保安庁は、海上における治安維持、海難救助、海上防災、航行安全、海洋情報の提供、海洋環境の保全等の幅広く専門的な分野において、その時々の経済社会、国際等の情勢変化に対応した業務を的確かつ迅速に遂行しなければならない。このような状況下において、その業務能率及び精度を向上させるための研究開発は欠かすことができない。
 このため、民間を始め、関係各機関等から新技術の導入を積極的に行っているが、業務の性格上、独自で研究開発を行わなければならないものも多く、海上保安試験研究センター等においてそれぞれの業務に関連した研究開発を行っている。
 また、近年の科学技術の急速な進歩から、新たな技術を伴う業務ニーズが生じてきたことにより、6年度から、本庁水路部に海洋研究室を設置している。
 10年度に行った主な研究開発は、第2―10―2表のとおりである。

 

【 図表等 】

第2―10―1表 海上保安庁の定員
第2―10―1図 大型巡視船の配備状況(10年度末)
第2―10―2図 航空機の配備状況(10年度末)
写真 測量船「昭洋」
第2―10―3図 通信所等配置図
写真 海上保安大学校の授業風景
第2―10―2表 10年度に行った主な研究開発
写真 海上保安をめぐる出来事