第7章 海洋調査と海洋情報の提供

T 管轄海域の確定

 1 管轄海域の確定のための海洋調査

 海上保安庁は、従来から、我が国の領海等の限界線の基準となる領海基線の確定に必要な低潮線等の基礎資料の収集・調査を行い、領海確定の根拠となる資料の作成を進めてきたところである。
 なお、海上保安庁では、直線基線等を海図上に描画し、公表するための作業を順次進めており、9年度は小縮尺の海図を中心に15版を刊行し、10年度も引き続き整備することとしている。

 2 大陸棚の限界設定等に係る海洋調査

 海上保安庁では、国連海洋法条約に対応して、大陸棚の範囲の設定に必要な基礎資料を得るため、大陸棚の調査を実施している。
 これまでの調査の結果から、本州南方の海域が、領海基線から200海里を超えて、大陸棚を主張しうる海域として予測されている。
 9年度は、南鳥島周辺海域の調査を実施した。10年度は、南鳥島北方周辺海域等の調査を実施することとしている(第2―7―1図参照)。
 なお、調査資料を利用し、「大陸棚の海の基本図」として刊行している。

第2―7―1図 大陸棚の調査計画図


 3 海洋測地の推進

 我が国を含む各国の海図は、それぞれの国が天文観測等によって決定した測地系(注1)によって作られており、近年、人工衛星による測位システムが発達するにつれ、測地系の相違による位置の食い違いが問題となっており、国際水路機関(IHO)は、海図に表示する経緯度は世界測地系に基づくべきことを勧告している。
 これに対応し、海上保安庁では、57年から米国航空宇宙局(NASA)が中心となって推進している測地衛星の国際共同観測に参加し、和歌山県の下里水路観測所(本土基準点)において、人工衛星レーザー測距装置を利用した観測を実施しており、62年度からは、本土基準点と離島等の位置関係を高精度で求めるため、本土基準点と離島等との同時観測等を実施している。10年度は、10年5月に石垣島南方で発生した地震による海洋測地網の歪みを検出するため、9年度に引き続き石垣島で観測を実施する。

注1 測地系 測地系とは、回転楕円体に極めて近い地球の形状を数学的に決定し、それを基準に緯度、経度、高さで、地球上の位置を表す座標系のことである。日本測地系は、明治初期の天文観測と三角測量によって構築された測地系(日本の海図は、この測地系に準拠している)である。



U 航海の安全確保のための海洋調査及び情報提供


 1 航海の安全確保のための海洋調査

 海上保安庁は、航海の安全確保のための海洋調査を実施しており、その成果をとりまとめ、水路図誌を刊行するとともに、船舶交通安全通報等として提供している。
 また、これら調査結果は、海難発生時の漂流予測、地震予知及び沿岸域における各種海洋開発の基礎資料等にも用いられている。
  (1) 港湾・沿岸・補正測量
 港湾の改修等による現況変化に対応し、沿岸域における航海の安全確保のため、海図の新刊、改版のための港湾、沿岸測量及び補正図刊行のための補正測量を実施している。
 9年度は、高松港等4港の港湾測量、福岡湾付近等9海域の沿岸測量及び東京港等108港(189件)の補正測量を行った。10年度は金沢港等14港の港湾測量等を行うこととしている。
 また、海図の改版及び補正を効率的に行うため、海上保安庁以外の機関が実施した測量の成果の活用を図っている。
  (2) 海洋測量
 外洋域を航行する船舶に利用される航海図を整備することを目的として、大型測量船により海洋測量を実施している。
 9年度は、留萌沖等の測量を行い、各海域の詳細な地形及び水深等を明らかにした。10年度は、新潟・能登沖等の測量を行うこととしている。
  (3) 地磁気測量
 磁気コンパスを利用する船舶や航空機の安全を確保するためには、海図、航空図に正確な磁針偏差及び年差を記載する必要がある。
 このため、八丈水路観測所において、定常的に地磁気観測を行うとともに、航空機による日本周辺海域での磁気測量及び沿岸部の陸上測点における年差測定を5年ごとに実施している。
  (4) 港湾調査
 水路誌に港湾の現況を記載するため、9年度は、神戸港等76港の港湾調査を実施した。10年度は、博多港等の港湾調査を実施することとしている。
  (5) 潮汐観測
 潮汐表の予報精度向上及び海図の基本水準面の決定のため、全国28箇所の験潮所において定常的に潮汐観測を実施している。
 このうち、伊豆諸島等の験潮所では、このリアルタイムデータを黒潮変動の把握等の海況監視にも活用している。
  (6) 潮流・海流観測
 海峡や内湾域は、船舶交通がふくそうしていることに加え、強く複雑な潮流が発生するため、船の運航や工事の実施に当たっては、的確な潮流情報が不可欠である。また、外洋に面した沿岸域では、海流や外洋海況の影響を受けて複雑な流れが発生する。このため、これら潮流・沿岸流の観測・解析を行い、潮流図等で情報を提供する必要がある。
 このため、9年度は、津軽海峡付近等20海域で、潮流・沿岸流について観測を実施した。10年度は、伊勢湾付近等26海域で観測を実施することとしている。
 さらに、海流通報に必要なデータを得るため、測量船、巡視船及び航空機により日本近海の海流・沿岸流・海面水温の観測を定期的に実施しているほか、人工衛星による漂流ブイの追跡観測及び赤外線画像解析並びに内外の関係調査機関とのデータ交換を実施し、海況変動の把握に努めている(第2―7―2図参照)。

第2―7―2図 人工衛星画像が示す黒潮変動
10年4月(平常期)
10年7月(蛇行期・・・・・・遠州灘沖)

  (7) 星食、接食観測(注1)
 電波による測位システムが普及した今日でも、天体を利用した位置決定手法は必要である。この位置決定には、天測暦、天測略暦等の航海用諸暦が用いられ、これらは、我が国で最も詳しい暦である天体位置表に基づき刊行している。このような航海用諸暦の精度の維持に必要となる月の軌道を精密に決定するため、本庁並びに白浜(静岡県)、下里(和歌山県)及び美星(岡山県)の各水路観測所で星食観測を定常的に実施している。9年度は、小牛田(宮城県)等で接食観測を行った。10年度は、いわき(福島県)等で接食観測を行うこととしている。

注1 星食・接食 星食は、地球から見て、恒星が月の運行によって月に隠される現象である。接食は、星食の見られる地域の限界線上の現象で、月縁の凹凸のために恒星が明滅する現象である。
 星食及び接食を観測・解析することにより、月の軌道を精密に決定し、天体暦の精度の維持、向上を図ることができる。



  (8) 海氷・波浪観測
 北海道オホーツク海沿岸全域及び道東海域では、冬期、流氷が押し寄せ、船舶の航行、漁業等にとって大きな障害となっている。これら流氷による海難防止を図るため、毎年、巡視船・航空機等により、流氷の分布、動向等の観測を実施しているほか、流氷が存在する期間は、第一管区海上保安本部に流氷情報センターを設置し、情報の提供を行っている。
 また、外洋における波浪の海域別・季節別特性を解析し、船舶航行の安全に資するため、本州南方等において波浪観測を実施している。

 2 航海の安全確保のための情報提供

 海上保安庁では航海の安全確保のために必要な水路図誌を刊行するとともに、水路図誌を最新のものに維持するための情報や船舶交通の安全に必要な情報等を提供するため、船舶交通安全通報及び海流通報を実施している。
  (1) 水路図誌等の刊行
   ア 海図
    (ア) 航海用海図
 航海の安全確保のために不可欠な航海用海図には、港泊図、海岸図、航海図、航洋図、電波航法用海図、総図及び航海用電子海図(注1)があり、9年度末現在、891版を刊行している。
 海図の最新維持は、新刊、改版によるほか、補正図を添付するなどした水路通報により行われており、9年度は、新刊11図、改版31図、補正図229図を刊行した。特に、港湾の改修等が著しい関門海峡については、毎年定期的に海図を改版している。10年度は、新刊11図、改版34図のほか、適宜補正図を刊行することとしている。

注1 航海用電子海図 電子技術の発達に伴い船舶の大型化・省力化が進み、航海計器が高度に電子化されているなか、海上保安庁では船舶のより安全で効率的な航行を援助することが求められてきた。このため、海上保安庁では、世界的に統一された基準による航海用電子海図(Electronic Navigational Chart)を刊行(形態はCD―ROM)することとし、6年度の「東京湾至足摺岬」を第1号として、以後、8年度までに4枚のENCを刊行した。これにより中小縮尺のENCで日本沿岸の大部分をカバーした。9年度にはふくそう海域における、より大縮尺のENCとして「東京湾」を刊行したほか、10年度以降も引き続き刊行を進めることとしている。


    (イ) 特殊図
 航海計画の作成に必要な海流、潮流、漁具定置箇所、風向、風速、地磁気偏差等の情報を、海流図、潮流図、漁具定置箇所一覧図、パイロット・チャート、日本近海磁針偏差図等として刊行しているほか、航海中の船舶の位置記入等に供するため、大圏航法図、位置記入用図等を刊行している。
   イ 水路書誌
 航海の安全のために必要な港湾、航路、海象及び気象の概要、航路標識の状況、潮汐・潮流の予報、天体の位置等の情報を水路誌、航路誌、灯台表、潮汐表、天測暦等として取りまとめ、9年度末現在、合計358版刊行している。9年度は、北海道沿岸水路誌、灯台表第1巻等水路書誌16版を新改版した。10年度は、瀬戸内海水路誌等水路書誌17版を新改版することとしている。
   ウ 航空図
 航空機の飛行計画の作成、飛行中の針路及び位置の決定等に使用できるように航空施設、航空目標及び航法上必要な諸事項を記載した航空図は、9年度末現在、国際民間航空機関の基準による国際航空図12図を始め、これに準じた図式で我が国を北部、中部、南西部の3地域に分けた航空路図3図及び国内航空図10図を刊行している。
  (2) 船舶交通安全通報の提供
 船舶交通の安全のために必要な情報は、印刷物等により、水路通報、管区水路通報として、また、無線通信等により日本航行警報、管区航行警報、部署航行警報、海上交通情報及び世界航行警報システムによる航行警報(NAVAREA XI航行警報及びNAVTEX航行警報)として提供している。
   ア 水路通報
 (ア) 水路通報とは、水路図誌を最新のものに維持するための情報並びに船舶交通の安全に必要な航路標識の変更、海上における工事・作業、自衛隊あるいは米軍等が実施する射爆撃訓練等に関する情報を、冊子として週1回発行するとともに、インターネットでも提供しているものである。
 (イ) 管区水路通報とは、管区海上保安本部の担任水域及びその付近の地域に密着した船舶交通の安全に必要な情報を、冊子として週1回発行するとともに、インターネットでも提供しているものである。
   イ 航行警報
 (ア) 日本航行警報とは、北太平洋西部からペルシャ湾付近までを航行する日本船舶に対し、航海の安全のために緊急に通報を必要とする漂流物等の情報を、日本語によるモールス無線電信で定時(海底火山噴火等、特に緊急を要するものについては随時)に提供するとともに、インターネットでも提供しているものである。
 (イ) 管区航行警報及び部署航行警報とは、日本の沿岸海域を航行している船舶に対し、航行の安全のために緊急に通報を必要とする港則法適用港及びその付近の情報を、その海域を管轄する管区及び部署ごとに無線電話で随時提供しているものである。
 (ウ) 海上交通情報とは、船舶交通のふくそうする海域を航行する船舶に対し、航行の安全のために通報を必要とする情報を無線電話、電光表示板等で定時又は随時に提供しているものである。
 (エ) NAVAREA航行警報とは、世界航行警報システムに基づき大洋を航行する船舶の通航海域にかかる情報を提供しているものである。
 我が国は、世界の海域(北極海及び南大洋を除く。)を16の区域に分割したうちの第XI区域(北太平洋西部及び東南アジア海域)の調整国となっており、定時(特に緊急を要するものについては随時)にモールス無線電信及びINMARSAT―EGCシステムによりNAVAREA XI航行警報として情報を提供するほか、週1回「WEEKLY SUMMARY OF NAVAREA XI WARNINGS」(印刷物)を発行している。
 (オ) NAVTEX航行警報とは、世界的に統一された航行警報であり、各国が沿岸海域において、航行の安全のため緊急に通報を必要とする漂流物等の情報をNAVTEXシステムにより提供するものである。
 我が国は、沿岸域を5つの海域に分割し、必要な情報をそれぞれの海域毎に定時(特に緊急を要するものについては随時)に日本語及び英語により提供している。
  (3) 海流通報の提供
 船舶交通の安全及び能率的な運航に必要な情報として、日本周辺海域における海流、海氷等の海況をとりまとめ、インターネット等により海流通報として提供している。
 また、各管区海上保安本部においても、管内の観測データを収集して取りまとめ、海流、水温分布の情報を管区海洋速報として関係機関等に提供している(第2―7―1表参照)。

第2―7―1表 海流通報の種別


V 海洋情報の管理・提供

 地球表面の約7割を占める海洋は、その構造や膨大な資源等の多くが未知のものであり、この海洋を解明することは人間生活の向上に重要なことである。
 特に、近年の目覚ましい科学技術の発達に伴う、海底鉱物資源の開発、海洋空間の利用等の多様な分野で海洋の開発利用が増加しているのに加えて、国民の余暇の増大に伴う海洋性レクリエーションの普及が急速に進展してきている。このような状況下、安全な各種海洋活動、海洋の解明等に不可欠な水温、海流、海底地形等の海洋データ等に対する需要が急増している。
 一方、海洋データは、その取得に多大な費用と時間を必要とするものであることから、単に一次的な利用に終わらせず、これらを一元的に収集・管理し、使いやすい形態で提供する等の二次・三次利用を促進することが必要である。

 1 日本海洋データセンターの運営及び情報提供

 海上保安庁は、政府間海洋学委員会(IOC)の決議及び海洋科学技術審議会(海洋開発審議会の前身)の答申を受けて、40年に日本海洋データセンター(JODC)の前身である海洋資料センターを設立した。
 日本海洋データセンターは、国内的には我が国の海洋調査機関等から得られた海洋データの一元的な管理を行う「総合的海洋データバンク」であり、国際的にはIOCの推進する「国際海洋データ・情報交換システム(IODE)における我が国の代表機関」及びIOCの国際的なプロジェクトであるWESTPAC等で収集された海洋データの管理に責任を持つ「責任国立海洋データセンター(RNODC)」である。
 これらの機能をいかして、国内的にも国際的にも、海洋に関するデータ・情報の収集、管理、提供業務を実施することにより、海洋データの二次・三次利用を積極的に推進している(第2―7―3図参照)。

第2―7―3図 日本海洋データセンターの業務

 日本海洋データセンターでは、9年度末現在、海洋調査計画、海洋調査報告等7種類の情報項目及び海流、潮汐、水深等23種類のデータ項目についての海洋データ・情報を収集しており、これらを提供することにより、多様化する海洋の開発利用及び地球環境問題の解明等に貢献している。
 また、7年度からは、国際間の迅速なデータ流通を図るため、インターネットを利用したオンラインシステムを導入した(第1部第5章―2―(3)参照)。
 一方、これまで蓄積された膨大な海洋情報の有効利用を促進することを目的として海洋情報をデータベース化し、本庁と管区海上保安本部をコンピュータ・ネットワークで結合した海洋データ高度利用システムの運用を行っている。

 2 国内における情報提供

 海上保安庁では、海運、水産、海洋レジャー、海洋の利用・開発など海洋データ・情報の利用者のための提供窓口として「海の相談室」を開設して、潮流、潮汐等の海洋データ・情報や海に関する質問・相談に応じている。
 また、海洋関係機関が保有する海洋データ及び海洋関係の各種文献、図面の所在を調査し、海域毎にデータベース化することにより、必要とする情報の検索を可能とした所在情報管理システムの運用を引き続き行うとともに、情報の最新維持を進めていくこととしている(第2―7―4図参照)。

第2―7―4図 海洋情報の提供内容(9年)