平成10年版海上保安白書　第４章　海難の救助

　２　海難の救助状況

　　(1)　要救助船舶の救助状況
　９年は、要救助船舶1,678隻の中で自力入港の250隻を除いた1,428隻のうち1,185隻が救助され、救助率（自力入港を除く要救助船舶隻数に対する救助された隻数の割合）は83％（８年83％）であった。救助率を距岸別に見てみると港内及び距岸100海里までが83％、距岸100～500海里未満では74％、500海里以遠では45％となっている。
　海上保安庁は巡視船艇延2,451隻、航空機延516機及び特殊救難隊延269人を出動させ、要救助船舶343隻を救助した。また、海上保安庁が救助した船舶以外の船舶についても、巡視船艇による捜索、救助手配等の関与を行っており直接救助した船舶と合わせると1,128隻の要救助船舶（全体の67％（８年68％））に対して救助活動を行った（第２―４―６図参照）。

第２－４－６図　要救助船舶の救助状況（９年）

　　(2)　人命の救助状況
　９年は要救助船舶の乗船者7,771人の中で、自力救助の乗船者2,089人を除いた5,682人のうち5,512人が救助され、救助率（自力救助の乗船者を除く要救助船舶の乗船者に対する救助された乗船者の割合）は97％（８年96％）であった。
　海上保安庁は、要救助船舶の乗船者1,450人を救助しており、さらに捜索、救助手配等の関与を行ったものを合わせると、5,638人（全体の73％（８年75％））に対して救助活動を行った（第２―４―７図参照）。

第２―４―７図　要救助船舶の乗船者の救助状況（９年）

　３　人身事故の発生状況

　　(1)　船舶海難によらない乗船者の人身事故の発生状況
　９年の船舶からの海中転落者、船内における負傷・病気等海難によらない乗船者の事故者数は885人で、このうち313人が死亡・行方不明となっている（第２―４―８図参照）。
　死亡・行方不明者数を事故内容別に見ると海中転落が最も多く、次いで病気、自殺となっている。
　また、海中転落者数の54％は漁船員で占められている。

第２―４―８図　船舶海難によらない乗船者の事故者数及び死亡・行方不明者の推移

事故者及び死亡・行方不明者の内容別割合（９年）

　　(2)　海浜事故等の発生状況
　９年の海浜事故等の事故者数は1,680人で、このうち1,053人が死亡・行方不明となっている（第２―４―９図表参照）。事故内容別に見ると海洋レジャーに係る海浜事故の事故者数は795人で、その死亡率（事故者数に対する死亡・行方不明者の割合）は43％、その他の海浜事故の事故者数は885人で死亡率（事故者数に対する死亡・行方不明者の割合）は81％であった。

第２―４―９図　海浜事故等の事故者数及び死亡・行方不明者数の推移

事故者及び死亡・行方不明者の内容別割合（９年）

　４　人身事故の救助状況

　　(1)　船舶海難によらない乗船者の人身事故の救助状況
　９年は、船舶海難によらない乗船者の事故者数885人の中で自力救助の284人を除いた601人のうち288人が救助され、救助率（自力救助を除く事故者に対する救助された事故者の割合）は48％（８年47％）であった。
　海上保安庁は、巡視船艇延736隻、航空機延282機及び特殊救難隊員延73人を出動させ、事故者144人を救助しており、さらに、捜索、救助手配等を行ったものを合わせると437人（全体の49％）に対して救助活動を行った（第２―４―10図参照）。

第２－４－１０図　人身事故の救助状況

　　(2)　海浜事故等の救助状況
　９年は、海浜事故等の事故者数1,680人の中で自力救助の121人を除いた1,559人のうち506人が救助され、救助率は32％（８年33％）であった。
　海上保安庁は、巡視船艇延808隻、航空機延231機及び特殊救難隊員延99人を出動させ、事故者96人を救助しており、さらに、捜索、救助手配等を行ったものを合わせると872人（全体の52％）に対して救助活動を行った。

　５　ヘリコプターによるつり上げ救助状況

　９年の海上保安庁のヘリコプターによるつり上げ救助者数は、要救助船舶の乗船者151人、海上及び孤立した磯場等での人身事故者46人の合計197人であり、つり上げ救助を始めた31年から９年末までのつり上げ救助者数は2,660人に達した。

　６　救急患者の輸送状況

　海上保安庁は、洋上の船舶、離島等において救急患者が発生した場合、必要に応じ巡視船艇、航空機による患者、医師及び医薬品等の緊急輸送を行っており、９年は救急患者244人（第２―４―11図参照）、医師91人の緊急輸送を行った。
　このほか、海上保安庁は、無線通信により船上の患者に対する応急措置法の伝達等の医療援助を行っている。

第２―４―11図　救急患者の輸送人数の推移

Ⅱ　海難救助体制

　１　情報収集体制

　海上保安庁では、海難救助を迅速・的確に行うため、全国22箇所の陸上通信所、行動中の巡視船艇などで、従来からのモールス無線電信を使用した遭難・安全通信と並行して、デジタル選択呼出装置によりＧＭＤＳＳに対応した遭難周波数等を24時間体制で聴守し、遭難情報に即応する体制を整えている。
　さらに、衛星ＥＰＩＲＢ（衛星非常用位置指示無線標識）を搭載した船舶や航空機から発信される遭難警報をコスパス衛星・サーサット衛星を中継して受信するための地上受信局（Local User Terminal：ＬＵＴ）と、ＬＵＴからの遭難警報を適切な救助調整本部（Rescue Coordination Center：ＲＣＣ）へ配信するための業務管理センター（Mission Control Center：ＭＣＣ）の運用を24時間体制で行っている。
　また、船舶からのインマルサットシステムを使用した遭難警報に対しても、本庁運用司令室又は本庁通信所にて即応する体制を執っている。
　現在、遭難安全通信は、従来からのモールス無線電信を主体としたシステムとＧＭＤＳＳ関連システムとが混在しているが、11年１月31日までには、船舶の無線設備等が、モールス無線電信主体のものからＧＭＤＳＳ対応のものへと完全移行することとなっている。
　このため、海上保安庁では11年２月１日以降は情報収集体制をＧＭＤＳＳに対応した通信体制に移行し、モールス無線電信による通信の取扱い等を行わないこととしている。
　さらに、船位通報制度に参加している船舶から提供される航海計画や位置の情報等の入手に努めるとともに、特定の通信所においてロシアや韓国をはじめとする近隣諸国との間で海難救助に関する情報の交換等を行っている。
　９年は、海上保安庁の陸上通信所及び巡視船艇において、船舶等が発信した海難に関する通信を3,394件取り扱った。
　また、船舶電話等により、海上保安庁に救助を要請してきた船舶の隻数は274隻であり、このうち・海の110番」によるものは15隻であった。
　さらに、コスパス・サーサットシステムにおいて取り扱った遭難警報のうち、我が国の捜索救助区域内で実際の遭難に伴い発信された14件のすべてが捜索救助活動に結びつき、119人全員が救助された（第２―４―12図参照）。

第２―４―12図　海難情報の収集体制

　２　船位通報制度の充実

　船位通報制度は、参加船舶から提供される航海計画や船舶の位置等の情報をコンピュータで管理し、船舶の動静を見守ることにより、海難発生時の迅速かつ的確な捜索救助活動を可能とする制度であり、海上保安庁では、60年10月から、我が国の船位通報制度（Japanese Ship Reporting System：ＪＡＳＲＥＰ）の運用を開始し、10年３月までの延べ参加隻数は、約30万隻にも上っている。また、これらのシステムは米国の船位通報制度（ＡＭＶＥＲ）とも連携し、海上保安庁と米国沿岸警備隊との間において相互にデータの交換を行っている。
　船位通報制度を有効に活用するためには、多数の船舶の参加が必要なため、毎年定期的に「ＪＡＳＲＥＰ参加促進運動」を展開するほか、海運・水産関係者に対する説明会、巡視船艇による訪船指導、周知用パンフレットの配布、海事出版物に掲載する等を通じて参加の促進を図っている。９年に本制度に参加した船舶は延27,011隻、通報件数は、118,101件となっている。

　３　海難への即応体制

　海上保安部署、航空基地、特殊救難基地、通信所、管区海上保安本部及び本庁においては、海難等の発生に備えて24時間の当直体制をとっており、更に、大型台風の接近等大規模な海難の発生が予想される場合は非常配備体制をとって事案の発生に備えている。また、漁船の出漁状況、船舶交通のふくそう状況、気象・海象の状況等を勘案し、海難の発生の恐れがある海域にあらかじめ巡視船艇を前進配備し、海難への即応体制に万全を期している。
　さらに、海難が発生した場合には、速やかに関連する情報を収集・分析して捜索区域、救助方法等を検討し、巡視船艇、航空機を現場に急行させる一方、ＪＡＳＲＥＰを活用して、付近航行船舶に協力を要請するなど、迅速・的確な救助活動が行われるよう努めている。一方、船舶の負傷者及び海面を漂流している者に対しては、ヘリコプターの高速性、捜索能力、つり上げ救助能力等も活用することにより、人命の早期救助に努めている。

　４　特殊救難体制

　　(1)　羽田特殊救難基地
　羽田特殊救難基地は、危険物積載船の海難救助、転覆・火災・沈没船内からの人命救助及びヘリコプターから特殊救難隊員が降下して行う救助などの特殊な救難業務等を任務とし、現在、特殊救難隊５隊（30名）を編成して、全国で発生する特殊海難に備え24時間の出動態勢をとっており、９年には158件の特殊海難に出動し、94人を救助した。
　特殊救難隊は危険性の高い状況下において、船内進入の可否の判断、生存者の救出等の救助活動を実施することから極めて高度な知識・技術が必要とされている。これらに対応するため、日夜、厳しい訓練・研修を実施している。
　　(2)　潜水指定船
　人命救助のための水面下における作業や犯罪捜査等のために必要な物件の水面下からの揚収作業等の潜水業務を行う巡視船を潜水指定船として指定し、1チーム４人の潜水士を配置している。
　潜水指定船は潜水士を有効に活用し、人命救助、遭難船舶、その他の物件の救助等の潜水を必要とする業務を行っており、９年は転覆船の行方不明者捜索作業等272件の海難救助等に出動した。
　　(3)　救難強化巡視船
　転覆船の沈下防止措置、火災船からの人命救助、ヘリコプターと連携して行う救助活動等、より高度な知識・技術を必要とする特殊海難における救難能力の強化を図ることを目的として、潜水指定船の中から各管区に１隻の計11隻を救難強化巡視船として指定しており、９年には衝突転覆船内からの乗組員救出等148件の海難救助等に出動した。
　　(4)　危険物海難に対応するための調査研究
　海上で輸送される危険物は、年々その種類が増加し、危険物積載船の海難発生時における救助活動の困難性が増大してきている。これに対応するため、危険物に対する防護措置方法、火災船へのえい航索の取付方法等の危険物海難における救助方法に関する調査研究に取り組んでいる。

　５　洋上救急体制

　洋上救急事業は、（社）日本水難救済会が事業主体となり、海上保安庁、関係行政機関、関係団体の協力の下、60年10月に発足した。
　その組織としては、同会本部に「洋上救急センター」（１箇所）が全国各地に「洋上救急センター地方支部」（10箇所）が設置され、また、事業を支援するため「洋上救急支援協議会」（13箇所）が海事関係者、医療関係者等により構成されており、官民一体となった洋上救急体制が整備されている。
　洋上救急事業では、洋上で傷病者が発生し、医師の救急往診の必要があると認められる場合には、洋上救急センターが協力医療機関に医師、看護婦等の派遣を要請するとともに、海上保安庁が巡視船艇、航空機で医師、看護婦等を輸送するという仕組みになっている。一般的には、ヘリコプター搭載型巡視船により、医師、看護婦等を現場に急行させ、傷病者の発生した船舶等に接近したところでヘリコプターの機動力を生かして、傷病者をつり上げて巡視船に収容し、医師の応急処置を行いつつ速やかに陸上の医療機関に搬送するというような対処がなされるが、はるか沖合における事案については、離島の活用や、複数のヘリコプター搭載型巡視船等を順次配置した飛び石輸送なども実施している。
　洋上救急センターは、事業開始から９年末までに379件（９年29件）について医師・看護婦等709人（９年51人）を派遣した（第２―４―13図参照）。

第２―４―13図　洋上救急出動実績の推移

　６　救急救命体制の充実強化

　海上保安庁は、海難で救助された者に対して、海難現場や医療機関への搬送途中において応急的処置を実施しているが、救助された者の中には高度な応急処置を必要とする傷病者もいる。
　これらの者に対しては、医療機関への搬送に長時間を要する等海上の特殊性から適切な対応が必要とされる。
　こうした状況の中、海上保安庁は、４年４月から医師の指示の下に救急救命処置ができる「救急救命士」の国家資格を有する職員の養成を続けており、７年度までに同有資格者の羽田特殊救難基地への配置が完了し、８年度からヘリコプター搭載型巡視船への配置を開始した。
　また、このほか、救難強化巡視船及びヘリコプター搭載型巡視船の乗組員を対象に研修を行い、応急処置に関する知識・技能の習得を図っている。

　７　関係機関との協力等

　海上保安庁は、海難が発生した場合には、必要に応じて自衛隊、米軍等に捜索救助に関する援助等を要請している。
　また、「1979年の海上における捜索及び救助に関する国際条約」（ＳＡＲ条約）への加入に際し、60年６月、関係省庁間の協議により、関係機関の間の連絡調整のため、海上保安庁に連絡調整本部を設置するとともに、地方機関等で構成する救助調整本部を各管区海上保安本部に設置し、関係機関との協力の下に捜索救助を実施している。
　さらに、捜索救助の実施に際しては、我が国の船舶が本邦から遠隔の諸外国の周辺海域で海難に遭遇した場合、他国の船舶が我が国の周辺海域で海難に遭遇した場合等には、直接、又は外務省等を通じて相互に援助の依頼や情報連絡を行っている。９年には、ロシア36件、韓国17件、米国４件の船舶海難等について、相互に情報連絡等を行った。
　そのほか、我が国の船舶が、傷病人の発生、荒天避難等の理由により、外国の領域に緊急入域する必要が生じた場合には、直接、又は外務省等を通じ、当該船舶の入域手続が円滑に処理されるよう依頼するなどの措置も講じており、９年には、124隻についてこれらの手続を行った。

９年１月13日	漁船「第18長運丸」が済州島沖でパナマ貨物船「ＷＥＬ―ＳＵＮ」と衝突、沈没。（行方不明者10名）
９年３月25日	漁船「第五十六天佑丸」が島根県西郷岬沖で転覆、沈没。（死亡者６名）
９年３月27日	韓国漁船「102　ＴＡＥ　ＹＡＮＧ」が隠岐島沖で機関室に浸水、沈没。（行方不明者７名）