第3章 海洋レジャーの安全確保と健全な発展のための対策の推進

T 海洋レジャーの現状と今後の動向

 最近の生活水準の向上、労働時間の短縮などに伴い、国民の余暇活動への関心が高まっている。中でも、モーターボート、ヨット、水上オートバイ、スキューバ・ダイビング、ボードセーリング、サーフィン、いそ釣り等の海洋レジャーは手軽に楽しめることなどから、ここ数年、各年齢層に幅広く普及してきており、新しいライフスタイルの一部として国民に定着してきているものとえられる。
 また、我が国のモーターボート、ヨット等の保有隻数も近年増加傾向にあり、8年度末現在でモーターボート約29万8千隻、ヨット約3万8千隻及び水上オートバイ約9万1千隻の約42万7千隻となっている。また、モーターボートや水上オートバイ等の操縦に必要な小型船舶操縦士免許の総取得者数は、9年度末現在で、約269万人となっている(平成10年7月「海洋性レクリエーションの現状と展望」より)。
 このような状況の中、海洋レジャーに伴う事故は跡を絶たない状況にあり、要救助船舶のうちプレジャーボート等の海難隻数は、漸増加傾向にあり、今後も海洋レジャーの普及、定着、活発化により事故の増加が懸念される。この事故の発生原因は基本的知識・技術の不足や気象・海象に対する注意不足など人為的な原因が大半を占めており、愛好者の海難防止思想の普及・高揚、民間団体の自主的な安全活動を活性化させる必要がある。

U 海洋レジャー事故の発生状況とその原因及び救助状況

 1 プレジャーボート等の海難発生状況と原因及び救助状況


 9年の全要救助船舶は1,678隻で7,771人が海難に遭遇し、このうちプレジャーボート等の海難隻数は677隻で1,873人が海難に遭遇した。また、全要救助船舶の死亡・行方不明者(以下「死亡者等」という。)は170人で、このうちプレジャーボート等に係る死亡者等は33人となっている。
 なお、年変動が大きい台風及び異常気象下の海難を除くと9年は675隻であり、その状況は次のとおりとなっている。
  (1) 船型別発生状況
 船型別に見ると、モーターボートが最も多く、次いでヨット、遊漁船、水上オートバイ、手漕ぎボートの順となっている(第2―3―1図参照)。
第2-3-1図 プレジャーボート等の船舶別海難隻数の推移
(台風及び異常気象下のものを除く。)
 (2) 海難種類別発生状況
 海難種類別にみると、機関故障が最も多く、次いで衝突、乗揚げ、推進器障害となっている。
 また、船型別に海難種類をみると、第2―3―2図のとおりであり、最も海難隻数の多いモーターボートでは、機関故障が最も多く、次いで衝突、推進器障害となっている。
第2-3-2図 プレジャーボート等の船型別・海難種類別発生状況(9年)
(台風及び異常気象下のものを除く。)
 (3) 海難発生原因
 海難原因別にみると、機関取扱不良、見張り不十分、操船不適切、気象・海象に対する注意不足等の人為的要因に起因するものが80%(プレジャーボート等以外69%)を占めている(第2―3―3図参照)。
 次に、プレジャーボート等の海難のうち、主要な海難種類別の原因をみると、第2―3―4図のとおりであり、最も多い機関故障については、機関整備不良、機関取扱不注意の順となっている。
 以上のように、プレジャーボート等の海難の原因を分析してみると、機関取扱不良、気象・海象に対する注意不足及び見張り不十分などの運航のための初歩的な知識・技能の不足や不注意に起因する海難が大半を占めている。

第2-3-3図 プレジャーボート等の船型別・海難原因別発生状況(9年)
(台風及び異常気象下のものを除く。)

第2−3−4図 プレジャーボート等の海難種類別・原因別発生状況(9年)

  (4) プレジャーボート等の救助状況
 9年は、要救助船舶となったプレジャーボート等677隻のうち自力入港の74隻を除いた603隻のうち535隻が救助され、救助率(自力入港を除く要救助船舶隻数に対する救助された隻数の割合)は89%(8年88%)であった。
 海上保安庁では、これらの事例に対し巡視船艇延560隻、航空機延88機及び特殊救難隊員延35人を出動させ、プレジャーボート等194隻を救助した。また、海上保安庁が救助した船舶以外の船舶についても、巡視船艇・航空機による捜索、救助手配等を行っており、直接救助した船舶と合わせると411隻のプレジャーボート(要救助船舶であるプレジャーボート等全体の61%(8年65%))に対して救助活動を行った。

 2 海洋レジャーに伴う海浜事故の発生状況と原因及び救助状況

 9年の海洋レジャーに伴う海浜事故の事故者数は、795人(8年760人)で、このうち339人(8年337人)が死亡・行方不明となっており、その主な事故原因としては、気象・海象に対する注意不足、知識・技能の不足、無謀行為等が挙げられる(第2―3―5、6図参照)。

第2−3−5図 海洋レジャーに伴う海浜事故等の原因別発生状況

第2−3−6図 海洋レジャーに伴う海浜事故の推移

 また、海浜事故者795人については、自力救助の76人を除いた719人のうち380人が救助され救助率は53%(8年51%)であった。
 海上保安庁ではこれらの事例に対し、巡視船艇延441隻、航空機延195機及び特殊救難隊員延79人を出動させ事故者83人を救助した。さらに捜索・救助の手配等を行ったものを合わせると458人(全体の58%(8年56%))に対して救助活動を行った。
 レジャー種類別ごとの海浜事故等の発生状況と原因及びその救助の状況は、次の通りである。
  (1) スキューバ・ダイビング
 事故者数は37人(8年52人)で、このうち17人(8年31人)が死亡・行方不明となっている。事故の形態は、潮流等に流されて漂流した事例が多く、その原因は、基本的な潜水技能の不足、気象・海象に対する注意不足が多い。
  (2) ボードセーリング
 事故者数は43人(8年53人)で、このうち3人(8年2人)が死亡・行方不明となっている。事故の形態は、強風等により沖合に流され自力で戻れなくなり漂流した事例が大多数を占めており、その原因は、風向・風速の変化に対応できないといった技能不足、気象・海象に対する無視又は注意不足が多い。
  (3) サーフィン
 事故者数は77人(8年81人)で、このうち8人(8年14人)が死亡・行方不明となっている。事故の形態は、潮流等により沖合に流され自力で戻れなくなり漂流した事例や高波にのまれてボードが流出したために溺れたという事例が多く、その原因は、気象・海象に対する無視又は注意不足、技能・泳力の不足が多い。
  (4) 磯 釣 り
 事故者数は225人(8年180人)で、このうち112人(8年98人)が死亡・行方不明となっている。事故の形態は、岸壁や岩場から釣りをしていたところ、誤って転落・転倒したり、波に引き込まれた事例や瀬渡し船で磯場に渡って磯釣りをしていたところ、天候の急変により戻れなくなって、磯場に孤立したという事例が多い。その原因は、気象・海象に対する注意不足、磯場といった特殊な地形に対する不注意が多い。
  (5) 遊   泳
 事故者数は270人(8年242人)で、このうち159人(8年140人)が死亡・行方不明となっている。事故の形態は、高波にのまれたり、深みにはまり溺れた事例や潮流等により沖合に流され自力で戻れなくなり漂流した事例が多い。その原因は、泳力不足や遊泳禁止海域での遊泳、気象・海象に対する無視又は注意不足、酒を飲んでの遊泳等の無謀行為が多い。

V 海洋レジャーの事故防止及び健全な発展に資する対策の推進

 1 海洋レジャー関係者に対する安全指導等
 急速に国民一般に普及してきた海洋レジャーについては、愛好者自らが安全に対する認識を持ってレジャーを楽しむべきであるが、海難発生の現状から見る限り、海洋レジャーの事故の原因は、初歩的な知識・技能の不足等基本的遵守事項の欠如によるものが多く、海難防止思想の普及がまだ十分であるとは言えない状況にあり、事故防止のためには関係者個々の安全意識の高揚が必要である。
 このため、海上保安庁では、マリーナ等への訪問による安全指導に加え、海難防止強調運動を展開し、愛好者を対象に海難防止思想の普及、高揚を図っている。
 さらに、全国各地において小型船舶の安全に関するビデオ、スライド等の教材を活用した海難防止講習会及び海上安全教室、訓練等を開催し、安全に対する知識技能の向上等を図っている。
 また、海洋レジャー愛好者に対し、気象・海象の的確な把握や知識・技能に応じた活動についての事故防止指導等を常日頃から行っている。このうち、プレジャーボート、水上オートバイ及び遊漁船については、その種類毎に、事故防止のための遵守事項を取りまとめたパンフレットを作成し、9年においては約26,000隻のプレジャーボート等を対象に訪船指導等の際の安全指導に活用した。
 水上オートバイについては、パーソナルウォータークラフト(PW)安全協会と合同の海上安全パトロール等の連携を図り、事故に結びつくおそれのある危険な行為の防止に重点を置いた安全指導を行っている。
 遊漁船については、年末年始やゴールデンウィークにおけるー斉指導や(社)全国遊漁船業協会、遊漁船業団体等が開催する海難防止講習会に海上保安官を派遣するなど、機会あるごとに関係者に対する安全指導を行っている。

 2  「ボート天国」の実施及び海上行事への協力

 海洋レジャーの安全を確保することにより、その健全な発展に資するための施策の一環として、ボート天国を63年より実施している。
 これは、一般船舶の航行の少ない休日等に、都市部及びその近郊の港内に一般船舶の航行や停泊を制限する海域を設け、小型ヨット、ボードセーリング、手漕ぎボート等の小型舟艇等が遊走できるよう海域を一時的に開放するものである。
 これにより、気軽に海洋レジャーを楽しんでもらうとともに、水上オートバイや小型ヨット等の体験乗船やレースなどを通じて、安全思想の普及及び高揚と技術・マナーの向上を図るもので、9年度は全国25箇所で延43日開催され、約28万人、約1,600隻が参加した。
 海上保安庁では、今後とも、港湾管理者、地元市町村等と協力して、ボート天国の定着を図ることとしている(第2―3―7図参照)。
 また、海洋レジャー行事が安全かつ円滑に実施されるよう、これらの行事の相談窓口として、63年7月、各海上保安部署に海洋レジャー行事相談室を開設し、10年3月末現在、全国の各海上保安部署等に121箇所設置している。ここでは、訪れた相談者に直接対応するほか、書面や電話でも相談に応じており、年間の相談件数は延9,000件に上っている。
 相談内容は、ボート天国や海上花火大会など行事開催に関すること、海洋レジャーに係る競技会の実施やクルージングに伴う安全対策に関すること、海図の入手に関すること、気象・海象情報に関する問い合わせなど多岐に渡っており、その地域に合ったきめ細やかな指導や助言、情報提供を行っている。

第2−3−7図 9年度ボート天国実施港


 3 関係団体の充実強化

  (1) 小型船安全協会等
 プレジャーボート等の安全を確保するためには、愛好者自らがその安全意識を高めていく必要があるが、初心者をはじめとするすべての愛好者にまで幅広く安全意識を浸透させるためには、自主的に安全活動を行う民間の活動が不可欠である。また、より効果的に安全意識を高められるよう、愛好者の組織化を図っていくことが重要である。
 このような状況にかんがみ、海上保安庁では、プレジャーボート等に係る海難の未然防止、運航マナーの向上等を目的として地域の実情に応じた安全活動を展開する民間ボランティアへの支援や小型船安全協会等との連携を積極的に推進している。
 民間ボランティア活動家である海上安全指導員は、プレジャーボート等に対する安全教育活動等を行っており、9年には海上安全パトロール活動等を通じ約44,000隻のプレジャーボート等を対象に安全指導を行った。
 また、小型船安全協会等は、民間の自主的な活動の組織母体として、愛好者の海難防止に関する知識・技能等の向上を図るため、安全講習会及び実技講習会の開催等地域に密着した安全活動を展開している。
  (2)(財)日本海洋レジャー安全・振興協会
 余暇活動の一環として個人の責任で行われるという海洋レジャーの特性等をふまえた諸施策を推進することにより、我が国における海洋レジャーの健全な発展に寄与することを目的として、(財)日本海洋レジャー安全・振興協会が3年7月に設立された。
 同協会の行う安全・救助事業には、BAN、DANのほか、安全潜水管理者や各種海上安全指導員の養成及び認定登録、安全思想の普及啓蒙活動があり、海上保安庁では、特にこの安全・救助事業について
積極的に支援し、海洋レジャーの安全を確保していくこととしている。
 プレジャーボート救助事業(Boat Assistance Network:略称BAN)とは、プレジャーボート等を対象に会員制度の下、会員艇が機関故障等で航行障害となった場合のえい航又は伴走、乗員が行方不明となった場合の捜索等の救助サービスを24時間体制で実施するものである。会員がこれらのサービスを受けた場合の費用は原則として無料であるが、非会員の場合の費用は自己負担となる。BAN事業は、4年7月から東京湾及び相模湾から伊豆諸島の神津島付近までの海域で運営してきたが、さらに、8年7月からは大阪湾及び播磨灘と紀伊水道北部の海域でも開始した(第2―3―8、9図参照)。
第2−3−8図 BANサービス概念図
第2−3−9図 BANサービス海域図
 7月末現在、会員数は3,086艇であり、事業開始以来476隻に対して救助活動が行われている。
 レジャー・スキューバ・ダイビング事故に係る応急援助事業 (Divers Alert Network of Japan:略称DAN JAPAN)では、会員制度の下、緊急に専門医による治療を必要とする潜水病等の疾病にかかったダイバーのために緊急ホットラインを24時間体制で対応しており、事故現場及び搬送途中における応急措置方法のアドバイスや、潜水病患者の受け入れが可能な再圧治療施設を有する医療機関に関する情報を提供している(第2―3―10図参照)。

第2−3−10図 DAN JAPANホットラインサービス概念図

 また、DAN JAPANでは、ダイビング後の耳の異常など緊急に病院に行く必要はないが、ダイバーが不安を感じる症状に対して医師の対応が容易に受けられるよう、スキューバ・ダイビングに理解のある医師のネットワーク(Divers Doctor Network:略称DDNET)づくりを進めている。
 さらに会員を被保険者として国内外を問わずレジャー・スキューバ・ダイビング中に被る障害等に対する補償を周年担保する保険を整備する等、安全潜水に係る種々のサービスを提供している。
 8月末現在の会員数は10,375名である。
  (3) 各種安全対策協議会
 スキューバ・ダイビングやボードセーリングの事故防止を図るため、これらの活動が活発な地域で、海洋レジャー愛好者、ダイビングショップ等のサービス提供者、医療機関、ホテル等の関係者で構成され、自主的な安全対策の普及・実施及び事故発生時における適正かつ迅速な救助体制の整備を目的とした、地区スキューバ・ダイビング安全対策協議会(10年3月現在45団体)及び地区ボードセーリング安全対策協議会(10年3月現在4団体)が設立されており、海上保安庁ではこれら協議会の活動を積極的に支援している。

W 海洋レジャーに係る救助体制の充実強化

 1 巡視船艇・航空機による救助体制の強化

 海上保安庁は、従来から、海洋レジャーの活動が盛んな海域において迅速な救助活動等を行うため、巡視船艇によるパトロール活動を実施しているが、特に事故発生の可能性の高い沿岸部における人命救助については、海洋レジャー活動の活発化する時期及び海域を慮しながらより効果的に巡視船艇を配備するとともに、ヘリコプターの高速性、捜索能力、つり上げ救助能力等を最大限に活用し、救助体制の強化を図っている。

 2 海難情報の入手体制の整備

 海洋レジャー活動に伴う事故等の情報を迅速かつ的確に収集するため、海洋レジャー用無線機の普及を図るとともに、緊急時に各管区海上保安本部と直接連絡が取れるように、衛星船舶電話や沿岸船舶電話に緊急通報用特番(略称「海の110番」)を設置し、船舶からの遭難情報等を速やかに入手できる体制を確立している。
 さらに、海上における携帯電話の利用普及の状況も踏まえ、63年度から、順次、海上保安部署等の加入電話番号を、覚えやすい「局番―4999」(至・急・救・急)に統一している。
 このほか、迅速・的確な捜索・救助活動の実施等を目的とする、衛星通信技術やデジタル通信技術等を用いた新しい遭難・安全通信システムである「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度」(GMDSS)の導入に伴い、衛星EPIRB(衛星非常用位置指示無線標識)を搭載した小型船舶についても、遭難・緊急時には陸上機関において位置等の特定が可能となっている。

 3 民間救助体制の整備

 沿岸付近における海難の救助には、地元住民等による応急的な救助活動が有効な場合も多いことから、各地における民間の救助活動を充実強化することは大きな意義を有している。
 現在、我が国の沿岸部において海難救助活動を行う民間のボランティア団体として中心的な役割を果たしているものには、(社)日本水難救済会があるが、同会の事業及び組織を活用し、救助能力を有するマリーナ等の民間救助勢力を結集して、我が国の沿岸一帯に空白のない救助拠点を整備する必要がある。
 このため、海上保安庁においては、(社)日本水難救済会等に対して必要な指導を行うなど我が国における民間救助体制の整備に取り組んでいる。

X 海洋レジャーの安全に資する情報の提供

 海上保安庁では、船舶気象通報(第8章V参照)のほか、「海の相談室」にて、プレジャーボート、いそ釣り、潮干狩り、スキューバ・ダイビング等、海洋レジャーの安全に資する海流、潮流、潮汐、水深等の情報を広く一般国民に対して提供しており、来訪による相談をはじめ電話や文書等による問い合わせにも応じている。これと同様の相談窓口を各管区海上保安本部においても開設している。
 さらに、(財)日本水路協会では、海上保安庁の指導の下に発行しているプレジャーボート・小型船用港湾案内等について、記載内容の充実等に配慮して整備を進めることとしている。