第6章 航行援助システムの拡充に向けて
 船舶の安全運航に必要不可欠な航路標識は、技術革新や社会経済情勢に対応して時代にマッチした航行援助システムとして発達してきている。
 ディファレンシャルGPSに代表されるようにシステムの高度化が図られる中で、自然エネルギーの利用や明治期灯台の保全などが進んできたことは、航路標識に求められる役割がこれまで以上に多様化していることを示している。
 

第1−6−1図 海の道しるべ

岬や島を示す灯台、浅瀬や航路を示す灯浮標、電波により船位が測定できる電波標識、また灯台等から提供される気象情報は船舶にとって正に海の道しるべであり、海上交通の重要なインフラとなっている。
 明るく安全な海を目指して、これらの航行援助施設には常に最新の技術を導入するとともに、地域環境や自然環境などに配慮した整備・運用を行っている。

 1 新たな広域電波航法システムの構築


 我が国の電波航法システムは、30年代から運用を開始したロランAシステム、40年代から運用を開始したデッカシステムにより沿岸域をカバーしてきたが、これに加えて50年代には8送信局で全世界をカバーするオメガシステムが開発され、我が国は長崎県対馬にその1局として455mの鉄塔を有するオメガ局を設置し、システムに参加した。
 しかしながら、海運、漁業等に従事する船舶については、その安全を確保しつつ一層の運航能率の増進を図るため、我が国の周辺海域はもとより、全世界的にも、より良い航行援助システムの構築が重要な課題となってきたことに伴い、既存のシステムに比べ、より精度、信頼性が高いシステムの研究開発が行われ、国際的にも統一された航行援助システムの構築が進められてきている。
 この結果、我が国においては、既存システムより比較的測位精度が高く利用可能範囲が広いロランCシステムが6年に構築されるとともに、米国の衛星航法システムであるGPSの精度をさらに高めるシステムとしてディファレンシャルGPSが9年に運用開始される一方、必要性の低下したロランA及びオメガ各システムは9年までに順次廃止されるに至っている。
  (1) ロランCシステムの構築
 ロランCシステムは従来軍事用として米国により運用されていたが、米国は、GPSの整備完了に伴い、米国以外で運用しているロランC局を廃止する方針を決定した。
 我が国においては、漁船約2万8千隻のほか、商船等約5千隻が同システムを利用しており、漁業団体を中心に継続運用の強い要望がなされたことから、海上保安庁では、我が国で運用されているロランC局を引き継ぎ運用することとし、3年度から整備に着手、5年7月に千葉市にロランCシステムの中枢となる千葉ロランセンターを設置するとともに、段階的に引き継ぎ運用を行い、6年10月には硫黄島局に代わる新たな主局を新島に設置し、新チェーンによる運用を開始した。
 しかしながら、我が国周辺海域におけるロランCは、北海道等一部海域では利用することができなかったことから、この問題の解決と極東海域における有効エリアの拡大及び利便性の向上を図るため、我が国のほか韓国、中国及びロシアの4箇国のロランC局(ロシアではロランCと同様のシステムであるチャイカ局)を互いにリンクさせる国際協力チェーンを構築し、ロシアの国内事情により対応が遅れている一部を除き、8年1月に国際協力チェーンが正式運用を開始した(第1―6―2図参照)。

第1−6−2図 極東海域におけるロランC国際協力チェーン

  (2) ディファレンシャルGPSシステムの導入
 ディファレンシャルGPSシステムは、米国が運用しているGPSの位置測定精度と信頼性をさらに向上させるため、陸上の既知の固定点でGPSを常時観測し、GPSの誤差補正値(ディファレンシャル値)とGPS衛星の異常情報をユーザーに伝送するシステムであり、昼夜を問わず、誤差10m以内の位置測定が可能となるものである。
 海上保安庁では、7年度からその整備を進め、8年5月に、その中枢となるディファレンシャルGPSセンターを本庁に設置、9年3月には東京湾から伊勢湾に至る太平洋沿岸を対象エリアとして、実験局であった剱埼(神奈川県)及び大王埼(三重県)の2局の正式運用を開始するとともに、ディファレンシャルGPSセンターも運用を開始した。
 また、10年4月には宮城県の金華山ほか10局の運用を開始し、瀬戸内海、東日本の太平洋沿岸等にサービスエリアを拡大、さらに10年度中に残る海域における整備を実施したうえ、その有効範囲を小笠原諸島等の一部の遠方離島海域を除く我が国沿岸全域に拡大することとしている(第1―6―3図参照)。

第1−6−3図 ディファレンシャルGPSシステムの概念図


 2 船舶気象通報の充実

 航路標識における気象情報の提供は、昭和の初め、無線方位信号所において、無線により船舶からの照会を受け、風向、風速、視界、天候等の気象状況を通報したことに始まり、24年に船舶気象通報として業務を開始した。
 近年、海洋レジャーが盛んになってきたため、海上保安庁では、一般船舶や漁業関係者に加えて、これらの海洋レジャー関係者に対してもサービスを拡大するため、61年からはテレホンサービスを、9年からはFAXによる提供を開始し、10年4月現在、観測箇所55、無線通報箇所29、テレホンサービス箇所33、FAXサービス箇所3となっている。特にテレホンサービスの利用は年々増加し、9年の利用回数は全国24箇所で約427万件に達している。
 こうした状況のもと、引き続き船舶気象通報システムの整備を順次実施している。

 3 光波標識への自然エネルギーの利用促進

 近年、オゾン層の破壊、地球の温暖化等の地球環境問題が世界的にクローズアップされてきているが、その一方で、灯台、灯標、灯浮標といった光波標識の多くは、海上、離島等に設置され、その立地条件から商用電源の利用が非常に困難な状況にあり、これに代わる電源の確保が課題となっていた。
 このため、海上保安庁では、環境への負荷の低減化、省エネルギー化を図りながら、航路標識の電源確保の問題を解決するため、早くから自然エネルギーの利用に着目し、他の分野に先駆けてその実用化を図ってきた。その結果、9年度末までに約5,300基ある光波標識の約27%にあたる1,431基に自然エネルギーを利用しているが、今後とも、さらに航路標識分野において、自然エネルギーの積極的な利用促進に努めることとしている(第1―6―4図参照)。

第1−6−4図 自然エネルギーを利用した航路標識基数の推移

太陽光を利用した灯台(尾上島灯台 長崎県)

無尽蔵の太陽エネルギーを大きな太陽電池パネルで受けて発電し、蓄電池に充電を行い、夜間点灯するための電力をまかなっている。

波力を利用した灯浮標

波の上下運動を利用し、標体中央に装備した波力発電装置のタービンを回転させて発電し、蓄電池に充電を行い、夜間点灯するための電力をまかなっている(第1−6−5図参照)。

第1−6−5図 タービンの仕組み


 4 地域とともに歩む航路標識

 航路標識は、船舶にとっては欠くことのできない海の道しるべであることは言うまでもないが、その一方で、各地の景観と一体となって、訪れるものにロマンや哀愁をも感じさせ、広く国民に親しみを与えるといった面も持っている。
 海上保安庁では、航路標識が持つこのような要素を十分活かしつつ、様々な取組みを行っている。
  (1) 明治期灯台の保全
 灯台、灯標の中には、明治の初期に建設され、今も現役の標識として機能を維持しているものが67基に及んでおり、これらの灯台の多くが歴史的・文化財的な価値を有し、地域社会のシンボルとなっているものが多い。
 海上保安庁では、その中でも特に価値の高いものについて現状を維持しながら今後も運用することとし、改修方法を十分検討のうえ整備を実施している。
 9年度までに、11基について保全のための整備を実施し、10年度は、尻屋埼灯台(青森県)及び鞍埼灯台(宮崎県)の改修方法について検討を行っている。

明治時代に建設された灯台(角島灯台 山口県)

幕末の開国と明治新政府の政策により、全国各地の要衝の地に西洋の技術と外国人技師により灯台の建設が行われた。それは、旧来の灯明台とは比較にならないもので、今なお、文明開化の証として当時と変わらぬ威容で海の安全を守っている。
  (2) 地域に密着した航路標識
   ア デザイン灯台

 近年、各地でウォーターフロントの開発が活発化する中、防波堤等に設置される灯台に地域の特色を表現したデザインを盛り込み、シンボル化を図りたいとの要望が地元自治体等から多く寄せられている。
 海上保安庁では、航路標識としての目的及び機能に支障が生じない範囲で、灯台が地域に親しまれるよう、地方公共団体などと協力し、また、公共工事のコスト縮減にも十分配慮した上で、周囲の環境や景観にマッチした外観の灯台の整備を行っている。

デザイン灯台(岡田港防波堤灯台 伊豆大島)

三原山、椿、あん娘で有名な伊豆大島、その玄関口である岡田港の灯台に大島町が椿をモチーフしたもの。地域振興と海上保安思想の普及に役立っている。
   イ 参観灯台
 灯台の参観事業は、海事思想の普及を目的として明治初期から航路標識職員により行われてきたが、戦後、灯台の参観者の急増から、現在は社団法人「燈光会」が実施している。
 犬吠埼灯台や出雲日御碕灯台に代表される参観灯台は、毎年多くの人が訪れ、貴重な観光資源となっている。9年11月に沖縄県宮古島の平安名埼灯台が新たに参観灯台となり、現在では全国11箇所となっている。

参観灯台の展示資料(出雲日御碕灯台 島根県)

航路標識について広く一般に理解してもらうため、参観灯台に(社)燈光会が灯台の歴史、はたらきなどをパネルや映像で紹介する展示資料室の整備を進めている。