第5章 国民のニーズに応える海洋情報
 船舶の安全な航行を支援するため、従来から海洋情報は重要な役割を果たしてきたが、特に、近年の国連海洋法条約の発効、地震予知等の充実、地球温暖化への対応さらには海洋レジャー、海洋開発の進展等海洋調査に対するニーズは広がりを見せてきている。また、情報通信技術の発展の中で、海洋情報をユーザーに利用しやすい方法で管理・提供することも必要になってきており、海上保安庁としては、これらへの対応に積極的に取り組んでいる。

第1−5−1図 インターネットを利用したオンラインシステム(J-DOSS)アクセス件数の推移

 日本海洋データセンターでは、海洋データ・情報利用者の利便性の向上を図るため、新しい情報提供手段として、インターネットを利用したオンラインシステム(J―DOSS)を8年1月から運用している。
 近年のインターネットの普及に伴いインターネットによる海洋情報提供は急速に増加している。

 1 国連海洋法条約等に対応した海洋調査

 国連海洋法条約は、6年11月に発効し、また、8年7月我が国についても発効したが、その際、我が国は、接続水域、排他的経済水域を設定し、大陸棚を定め、また9年1月領海の基線として直線基線を採用した。海上保安庁では、これらの正確な位置を確定し、さらに、領海基線から200海里を超える大陸棚の限界を設定するための調査等を鋭意推進している。
  (1) 海洋測地の推進
 領海・排他的経済水域等我が国の管轄海域を確定するためには、領海基線の基準となる島しょ等の正確な位置を決定し、海図に表示することが必要になるが、本土から遠隔地にある島しょは、日本経緯度原点(東京・麻布)に基づいておらず、さらに日本経緯度原点自体も天文観測によって決定されているため、世界測地系(注)との間にずれがある。このため、海上保安庁では、離島を含む日本列島の位置を世界測地系に結合して求め、離島等の基準点の位置を決定する海洋測地を推進している。62年度からは、離島等に可搬式レーザー測距装置を持ち込み、本土基準点との同時観測等を実施する等により、島しょ等の位置を世界測地系で正確に決定して海洋測地網を構築した。
 また、8年度からは、日本外縁部にある父島、石垣島、稚内、南鳥島について、年1箇所ずつ、下里水路観測所を基準として、人工衛星「あじさい」等の同時観測により、地心座標に基づく精密な位置を求め、我が国の周辺でプレート運動を把握し地震予知に貢献するとともに、海洋測地網の維持・向上を図っている。これに合わせ、基準点と験潮所を結合して地球重心に基づく海面の高さを正確に測定することにより、地球温暖化に伴う海面の上昇の把握にも貢献している。

注 世界測地系 GPSなど船舶で用いられている測位装置は、世界測地系に準拠しているものが多く、海図の測地系(日本測地系)と400〜500mの差がある。このため、世界測地系に対応した海図を刊行するとともに、測地系に関するパンフレットを配布するなどして、航行安全のための広報に努めている。


  (2) 管轄海域確定のための海洋調査
 国連海洋法条約の締結に際して8年7月に施行された「領海及び接続水域に関する法律」により、領海の範囲は基線からその外側12海里の線までの海域とし、基線は低潮線、直線基線等と規定された。特に、海岸の低潮線等は、海上保安庁が刊行する大縮尺海図に記載されているところによるとされている。
 海上保安庁では、50年から「沿岸の海の基本図」測量を推進し、我が国の管轄海域の確定に必要となる基線の選択及び判定等に必要な海岸の低潮線等の正確かつ詳細な基礎資料の整備を図っている。
 また、国連海洋法条約では、沿岸国は条約の規定する領海等に関する線を表示した海図等を公表し、これらの写し等を国連事務総長に寄託することが定められていることから、海上保安庁では、直線基線及び領海の限界線を海図上に描画し、公表するための作業を順次進めており、これまでに刊行した海図は下表のとおりとなっている(第1―5―1表参照)。

第1−5−1表 直線基線及び領海の限界線を表示した海図

  (3) 大陸棚の限界の設定等に係る海洋調査
 国連海洋法条約では、沿岸国は領海基線から原則として200海里までの大陸棚を有するが、大陸棚が200海里を超えて存在する場合等、同条約上の一定の要件を満たせば200海里を超えて大陸棚の限界を設定することができるとされている。ただし、このためには、我が国の場合18年7月までに同条約に基づき設置された「大陸棚の限界に関する委員会」に対し、これを裏付ける科学的及び技術的データと共に、その旨を申し出ることが必要とされている。また、沿岸国は、大陸棚を探査し及びその天然資源を開発するため、大陸棚に対して主権的権利を行使することができると規定されている。
 海上保安庁では、大陸棚の範囲の設定に必要な基礎資料を得るため、58年10月に水路部海洋調査課に大陸棚調査室を設置し、大型測量船「拓洋」による海底地形・地質構造・地磁気・重力等の大陸棚調査を実施している。10年度からは、新鋭の観測機器を搭載した新型測量船「昭洋」を加えた大型測量船2隻体制により、調査の一層の促進を図り、今後、南鳥島周辺海域について、大陸棚の限界の設定に係る調査を進めることとしている。
 また、これまでの調査の結果から、我が国南方海域に、200海里を超えて大陸棚を主張し得る海域が予測されるため、現在、鋭意解析を進めている(第1―5―2図参照)。

第1−5−2図 国連海洋法条約における大陸棚の範囲

(注)国連海洋法条約における大陸棚の範囲
 従来の大陸棚の範囲は、原則として水深200mまでの区域(ただし開発可能ならその地点まで)であったが、新たな大陸棚の範囲では、大陸棚縁辺部(棚、斜面及びコンチネンタルライズから成る)の外側の限界線が領海基線から200海里以内にある場合は200海里まで、200海里を超える場合は次の(a)(b)のいずれかによるが、領海基線から350海里沖合の線又は水深が2,500mの等深線から100海里沖合の線を超えることはできない。
(a)堆積岩の厚さZは一般に大陸から深海底へ向かうに従って次第に薄くなっているが、この厚さZが大陸斜面脚部からの距離Yに対して少なくとも1%である範囲。
(b)大陸傾斜脚部からの距離が60海里の範囲

 2 高度情報化社会に対応した海洋情報の管理・提供

 近年、海運、水産、海洋レジャーはもとより石油及び鉱物等の海洋開発等においても海潮流等の海洋情報の需要が急増したことから、これを迅速に提供するため、海洋データを管理する高度利用システムを整備するとともに、インターネットによる情報提供体制の整備を鋭意推進している。
  (1) 海洋データ高度利用システムの整備
 海上保安庁は、従来から水路測量、海象観測等の海洋調査を実施し、長年にわたり収集・蓄積された多種多様な海洋データをデータベース化し、管理している。
 これらの管理された各種データベースを、同一環境で利用可能な高度な情報処理機能を持たせたシステムとして構築するため、本庁と全管区海上保安本部をコンピューター・ネットワークで結び、各種利用目的に応じてワークステーション(WS)で検索、解析・処理し、ユーザーへ提供する海洋データ高度利用システムの整備を63年度から推進している。
 本システムにより、海洋データの多面的な利用が容易になるとともに、海洋に関する科学的基礎資料、各種海洋情報等を必要とする国、地方公共団体、情報サービス機関等の要請にも迅速・的確に応えることが期待されている。
  (2) インターネットによる船舶交通安全情報の提供
 海上保安庁では、9年1月から、海流等船舶の能率的な運航に必要な情報について、同年9月から、海図や水路誌の最新維持、航路標識の変更、海上における工事・作業等の船舶航行上必要不可欠な情報について、インターネットによる提供を開始した。
 また、10年4月からは、地域的な船舶の交通安全情報として各管区海上保安本部が提供する情報についても同じホームページからリンク可能とした情報提供体制を整備し、全国を網羅した水路通報等の船舶交通安全情報を提供している。
 これらの情報については、従来から広く船舶運航者に利用されてきたが、インターネットによる情報提供によりプレジャーボート関係者等幅広い層で活用されるようになっている。
  (3) 日本海洋データセンターの運営
 海上保安庁水路部に設置されている日本海洋データセンターは、水温・海流・潮汐・水深などの海洋データ、国内海洋調査計画などの海洋情報を一元的に収集管理し、ユーザーへ提供する我が国の総合的海洋データバンクとして運営している。これらのデータをインターネットにより、提供するためのシステムとして「海洋データオンライン提供サービス(J―DOSS)」を7年度末より運用し、多くのユーザーに活用されているが、今後とも取り扱い項目、データ検索機能等の充実に取り組むこととしている(第1―5―3図参照)。

第1−5−3図 日本海洋データセンターホームページ