第4章 自然災害・事故災害から人命・財産を守るために
 我が国は、過去幾度となく地震・津波等の自然災害に遭遇し、また、大量の油流出・海上火災等の海上災害を経験してきた。これらの経験から得られた貴重な教訓を生かすとともに、人命、財産の被害を最小限にするための対応体制の整備を着実に進めることが海上保安庁に与えられた責務である。
 海上保安庁では、災害予防から応急対策にわたる幅広い分野において、その実施に当たってきたが、阪神・淡路大震災、ナホトカ号海難・流出油災害等を踏まえ、今後とも、関係行政機関との連携を図りつつ防災対策を推進することとしている。

第1−4−1図 近年の主な自然災害及び油排出事故


 1 自然災害への対応

 我が国は、いくつものプレートが複雑に接する世界でも稀な地域に位置していることから、地震や火山活動が活発であり、また、気象的にも、梅雨前線や秋雨前線の停滞、夏季から秋季にかけて来襲する台風の進路上に位置するなど、自然災害の発生しやすい地理的条件を有している。
 近年の主な自然災害としては、3年6月に発生した雲仙岳噴火による大火砕流、5年7月に発生した北海道南西沖地震災害、同年8月に発生した九州南部豪雨、7年1月に発生した阪神・淡路大震災等が挙げられ、海上保安庁は、これらに対し、巡視船艇・航空機を動員し、行方不明者の捜索救助、緊急物資の輸送等の災害応急対策を講じたところである。
 海上保安庁では、防災業務計画等を作成し、災害発生時には迅速・的確な救助活動等の災害応急対策がとれるよう体制を整備しているが、引き続き巡視船艇・航空機の充実や防災対策のための調査等を進めていく必要がある。
  (1) 自然災害対策
 海上保安庁では、自然災害の発生に備えて24時間の当直体制をとるとともに、巡視船艇・航空機を配備し、災害応急対策に係る体制を確保することとしている。また、58年5月の中央防災会議の決定に基づき、南関東地域に広域的な災害が発生した場合における災害応急対策の拠点として、防災関係機関が立川広域防災基地の整備を実施し、海上保安庁では、6年7月から同基地の運用を開始している。さらに同決定に基づき、東京湾及び関東一円で大規模な海上災害が発生した場合の海上防災活動の拠点として、横浜海上防災基地の整備を実施し、8年4月から本格的な運用を開始している。
 このほか、阪神・淡路大震災等を踏まえ、8年3月、災害発生時にヘリコプターにより被災現場の映像を撮影し、この映像を衛星を中継して総理大臣官邸、海上保安庁本庁等にリアルタイムで伝送するヘリコプター撮影画像伝送システムの整備を行った。また、同月、消火機能、物資輸送機能を強化した大型巡視艇「はまなみ」等6隻の整備を行うとともに、9年9月、災害対策本部の設営や被災者への医療・生活等の援助を行うための設備が装備されている大型巡視船(災害対応型)「いず」の整備を行った。
  (2) 沿岸防災情報図の整備
 災害発生時に陸路が遮断され孤立化するおそれがある地域や離島などについて、火山噴火、地震、津波等の災害が発生した場合における海上からの救難・救助活動に役立てるため、海岸線、水深等の自然情報、公共機関所在地等の社会情報及び災害危険地、避難地等の防災情報等を網羅した「沿岸防災情報図」を整備し、防災関係機関に配布している。
 3年度から関東地方、7年度から九州南部地方、8年度から関西地方、9年度から北海道において同図整備のための調査を開始している(第1―4―2図参照)。

第1−4−2図 沿岸防災情報図

  (3) 地震予知のための調査・観測
   ア 沿岸海域海底活断層調査の実施
 我が国に広く分布する活断層は、陸域においてはかなり調査が進み把握されつつあるが、海域においては、ほとんど調査が進んでいないのが現状である。このような状況の中、活断層が原因であった阪神・淡路大震災が発生し、大惨事となったのは記憶に新しいところである。この震災を契機として海上保安庁では、地震防災に資するため、比較的人口密集度の高い、又は活動度の高い断層が存在すると想定される沿岸海域において、活断層の分布等の調査を実施している。
 7年度に東京湾・伊勢湾・大阪湾において表層・深層の音波探査と海上ボーリングによる堆積物調査を実施したのに続き、8年度には広島湾と福岡湾において表層音波探査を行い、その調査結果を公表した。
 さらに、9年度には友ヶ島水道南方と松山港周辺を実施し、調査結果の解析を鋭意進めており、10年度は宇部南部と函館港周辺の調査を実施することとしている。
   イ 地殻変動監視観測の実施
 我が国は、世界でも有数の地震活動地域であり、地震による被害も絶えないことから、大地の動きを測る地殻変動監視観測は、地震観測の中でも最も重要なものの1つとなっている。
 このため、海上保安庁では第七次地震予知計画に基づき、6年度には南関東海域において、7年度には瀬戸内海東部を挟む関西地域において、GPSを利用した地殻変動監視観測を開始した。さらに、9年度からはディファレンシャルGPS局で取得されるGPS信号を利用して、広域の海域地殻変動の監視観測を実施している(1―4―3図参照)。

第1−4−3図 八丈島(東京都)−白浜(静岡県)の距離変化


 2 事故災害への対応

 我が国周辺海域では、原油や液化ガス等が専用船により大量に海上輸送され、さらには貨物船、漁船等様々な船舶がふくそうしている状況にある。このため、船舶の海難等により大量の油流出事故等が発生する蓋然性が高く、ひとたび発生した場合には、重大な被害の発生が懸念される。
 このような状況の中、2年1月の京都府経ヶ岬沖におけるマリタイム・ガーデニア号海難・油流出事故、9年1月の隠岐諸島北北東約50海里におけるナホトカ号海難・流出油災害、同年7月の東京湾におけるダイヤモンドグレース号底触・油流出事故等、近年我が国周辺海域では、大規模な油流出事故が続発している。海上保安庁では、これら事故に対し巡視船艇・航空機を動員し、現場海域の監視警戒、排出油の調査及び防除措置等を実施しているが、今後とも、これらの事故等を踏まえつつ海上防災体制の更なる強化を図っていくこととしている。
  (1) 油流出事故等への対応
 海上保安庁では、油の大量排出等の海上災害が発生した場合、直ちに巡視船艇・航空機等を動員し、人命及び財産の保護並びに海洋環境の保全のための災害応急対策を実施している。
 具体的には、巡視船艇・航空機等により事故船舶や排出油等の情報収集を行うとともに、関係機関と密接な連携をとり、排出油の原因者等が実施する防除活動の指導、海上災害防止センターへの油防除措置実施の指示、油防除に関する専門的知識及び技術を有する主任防除措置官等12名からなる機動防除隊の迅速な投入など的確な海上防災措置の実施に努めている。機動防除隊は、7年4月に編成されて以来、ナホトカ号海難・流出油災害、オーソン号沈没・油流出事故、ダイヤモンドグレース号抵触・油流出事故等、10年6月までに42件の出動実績がある。
 さらに、海上火災等による船舶交通の危険を防止するため、速やかに航行警報や安全通報等により周知を図るとともに、当該海域に巡視船艇を配備し、監視警戒、船舶交通の整理指導を実施するほか、必要に応じて船舶交通の制限又は航行禁止に係る措置を講じている。
 海上保安庁では、これらの対策の一層の充実を図るため油防除資機材の整備、「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」に基づく排出油防除計画の見直し、「1990年の油による汚染に係る準備、対応及び協力に関する国際条約」(OPRC条約)に基づく「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画」の改定を図るとともに、10年4月に横浜機動防除基地を設置したほか、同年5月には「海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律」の改正により、迅速な油防除措置の実施が可能となるよう即応体制の強化等を図っている(第1―4―4図参照)。
 また、海上防災の実施に関する民間の中核機関として、排出油の防除措置、タンカー乗組員等への教育訓練等を行ってきた海上災害防止センターにおいても、実際に油を使用する等実践的内容を盛り込んだ油防除専門訓練コースの新設等、油防除に携わる人材の育成や国際協力の推進に向けた業務内容の充実を図り、国内外の油防除体制の強化に貢献していくこととしている。

第1−4−4図 油防除体制図

  (2) 沿岸海域環境保全情報の整備
 OPRC条約の締結に伴い、7年12月に「油汚染事件への準備及び対応のための国家的な緊急時計画」が閣議決定されたが、この中では、油流出時における情報の整備が求められている。
 このため、海上保安庁では、沿岸域の自然的・社会的情報等をデータベース化し、油の拡散・漂流予測結果とともに、電子画面上に表示する沿岸海域環境保全情報の整備を9年度から開始している(第1―4―5図参照)。

第1−4−5図 沿岸域における情報管理体制

  (3) 漂流予測体制の強化
 9年1月に発生したナホトカ号海難・流出油災害等を踏まえ、同年2月及び3月に「油流出に伴う漂流予測システムの高度化に関する研究」を実施したが、今後も、油の拡散効果を組み込んだプログラムの開発等により漂流予測の一層の高度化を図ることとしている(第1―4―6図参照)。
 また、漂流予測の精度向上を図るため、現場の巡視船等からリアルタイムに海象、風等のデータ収得ができる「船舶観測データ集積・伝送システム」を10年度は巡視船4隻に整備することとしている(第1―4―7図参照)。

第1−4−6図 漂流予測シミュレーション例(東京湾)

事故発生直後 4時間後 8時間後

第1−4−7図 船舶観測データ集積・伝送システム